第二章 背負うモノ
目が覚めると、そこは清潔かつ上質な、医務室のベッドの上だった。
包帯でぐるぐる巻きにされた手を、そっと上げて、起き上がって辺りを見回すことさえままならない目に入れる。
開けて、閉じる。
確かに、私の手だ。
私の勝利だ。
そして、あいつの、手だ。
「クソ、あれからどれくらい経つ」
「はい、もう一週間経過しております。しかも敵は友軍を殲滅するどころかこちら側に布陣しております」
「何、こちらに? 奴らこちらの主力を誘き寄せるためにこんなことを……」
「はい、恐らく。しかも時間的猶予も最早無に等しいので、そろそろ」
「クソ……仕方があるまい。敵の術中にはまってやるぞ」
「分かりました。敵方は名将ゴリウム・ミリーとのことですので、お気をつけて」
「ほー、あいつか。一度やつの父親と会い見えたことがある。剣の腕も凄かったが、軍略も長けていた、各員に準備を怠らないように伝達してくれ」
中央都市に住まう人々は食料調達のために度々、山の恵みを得るためこの山に来ているのだと言う。しかし、現状親王国派の彼らは迫り来る帝国軍を跳ね除けるべく前線へ人々を総動員させているため、こちらより運搬される物資に依存していたのだ。だがそれも、帝国軍に遮断されている今は叶うまい。
「総員、傾注せよ! 残虐非道なる帝国軍はミラルシア公国への運搬路を断ち、彼らを餓死させようとしている。我々はなんとしてもこの横暴を止めなければならない。しかしこちらの搬入記録に依れば彼らの物資はあと8日しか保たない。つまり最高速で、迅速に敵陣地を突破しなければならないということだ。諸君、我らの前にあるのは何たるか。それは正義のみだ! 諸君、その正義を手にするために。突き進め!」
我らは一気に森林地帯を駆け抜け、山岳地帯へと続く高原に出た。こうなれば逃げられまい、あるのは全身あるのみ!
重装歩兵隊で敵の正面を押さえ込み、並走していた騎兵隊で両翼を一気に突く。そして一三歩兵隊と騎兵隊の間撃に軽装歩兵隊で突撃させ、突貫。長期籠城を機としていた敵軍には大量の物資を要する騎兵がいなかったため、難なく敵両翼を包囲・殲滅する。しかし、やはりさすがだ。隠密しながらもこれだけの軍を行軍させ、養うとは。さすがは名将の謂れだ。敵両翼を殲滅させしも、まだ中央が厚い。敵陣を攻め入るために殲滅させておきたかったが、どうやらいくらか取り逃してしまいそうだ。
「ケリュー大臣!」
「なんだ、ミンサ。あと戦場では呼び捨てで構わないと言っているだろう」
「ああ、悪かった。敵中央側面を監視している斥候からの連絡だが、どうやら敵は順に撤退を始めたらしい」
「なんだと! ……なるほど、我らから見えているのは殿という訳か。騎兵隊へ敵中央の包囲を急ぐよう指示を出せ!」
「分かった! だが、最早殲滅は難しい。次の策を考えておいてくれ」
「クッ……分かった。だができる限り殲滅するように」
これは思ったより苦戦しそうだ。
「おい、各部隊長に被害状況を報告するよう指示を出せ。まさか両翼を一気にもっていかれるとはな」
「はい。それとこの戦略、敵方は軍部大臣であるブレイガー・ケリューの可能性が高いと。両翼だけでなく中央にも少なくない損害を被っておりますので」
「何、一国の大臣がわざわざ前線に出てきているだと? 奴らそれほどこの国を好いておるのか。しかし好都合、そいつを取れば我が部下達の無念も晴れようぞ!」
「ま、まさか一騎討ちを為されるおつもりで!?」
「ああ、そうだ。これ以上兵に損害を出すのは芳しく無いのでな。止めるでないぞ?」
「……はい、分かりました。いくら止めてもいかれるのでしょう? ご検討をお祈り致します」
「よし、そうと決まれば早速使者を出せ。丁重にこの旨をお伝えするように」
帝国方より一騎討ちの申し出上がったのはほんの30分前。先方はわざわざ、よく調べられた両刃の剣を贈与してきた。今持っている剣よりは良いため、有り難く使わせて貰うことにしよう。
使者を送り遣わせたのはつい30分前……のはずなのだがもう私の目の前に現れて来やがった。しかも公正の証に送った剣を使って大木をぶった斬ってやがる。歳を喰うているはずなのに父より聞いていた馬鹿力は健在、それどころか技が鍛えられ威力を増している。そして先の戦といいこの判断の早さといい、さすが一国の軍を預かるだけはある。
「それで、一騎打ちをしたいと申されたのはどなたですか?」
「ああ、俺だ。お噂は予々、ブルラシア王国軍部大臣。ブレイガー・ケリュー殿」
私の名前、顔。そして立場まで知っているとは。やはり我が国の諜報部は世界一か。
「そこまで知られているとは。いやいや、演技の手間が省ける。元々敬語は好かんのでな、帝国軍名将。ゴリウム・ミリー殿」
「敬称は必要ない、ミリーでいい。その代わり、こちらもケリューと呼んでいいだろうか」
「ああ、私としてもその方がやりやすい。ミリー」
なんだ、この軍人に似つかわしくない雰囲気は。しかもこいつは軍部大臣だ、こうも幼い陽気を漂わせることが出来るのか。まさか、こいつ……人を殺すことを楽しんでいる?
「これは申し訳ない、殺気が漂っていましたかな?」
「……いいや、問題ない。そろそろ始めようか、そちらも急がないといけないのだろう?」
「はい、お気遣い有難う御座います。ではお言葉に甘えさせて頂いて……あなたを殺させて頂きます」
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