第八章 戦端

 「ねえ、お父様」

 「なんだい、ミーナ」

 「私がここに来ることは、もう無いのかしら」

 「そうだね。もう半年もすれば、約束の日を迎えるから」

 「そうなの……。ねえ、お父様」

 「なんだい?」

 「本当に……綺麗な国ね」


 「よし、ここまでくれば敵陣までもうすぐだな」

 「斥候の報告によりますと、敵は既に山頂付近に陣を構えているということです」

 「何、陣を? ……それは少し面倒になりそうだな。皆、決して油断しないように」

 敵は味方主力を包囲撃滅するため密かに味方の後方を取った。しかし前線では敵部隊の主力が騎兵のためこの地形での進撃に難航し、圧力はそれほどかかっていないとも聞く。……敵はかなりやり手のようだ。下手をすれば何かしらトラップを仕掛けているかも知れない、警戒しながら行軍せねば。

 「ただいま斥候が戻りました。やはり敵は自然の防壁を築き味方後方にて立て篭もるつもりのようです」

 この報により、私はとんでもないことに気付かされた。

 「クソ、兵糧攻めか!」

 この辺りは山脈に降った雨で豊かな土壌が形成され、多種多様な植物が自生している。しかし全ての植物が食べられるというわけでもなく、中には有毒植物も存在する。ここコルラシア山脈一帯はまさに自然界の宝庫であり、それと同時に未だ我々人類にとってはとても厳しい環境にあるのだ。

 しかも事実上王国の傀儡と化していたミラルシア公国では帝国国境付近に聳え立つミーネシア山地を防衛戦とした戦争計画しか練られておらず、中央都市占領の際は兵站に限らず生活必需品や水食料までも王国に頼るしか無かった。これまでもコルラシア山脈を越えての輸送は決して楽なものでは無かったが、なんとか相当分の輸送は出来ていた。

 だがこのままでは完全に……寸断される。

 「おい、現地物資はどれほど保つ」

 「はい。直近の輸送が二日前ですので、あと十二日は保つかと」

 「十二日か……」

 本国からの輸送は一週間おきに騎士団の護衛の下成されていたが、最早少数の兵では敵いそうではない。しかも時間的余裕もそれほど無いと来た。

 「いいか、野郎共。正直に言おう。この地形のため、前方は極めて不明瞭だ。しかしこの環境こそ、今の我々にとって好都合なのでは無いだろうか。敵は山頂付近に砦を築き友軍はおろかミラルシア市民でさえも飢え死にさせようとしている。我らはこの暴挙を、正義の名の下に止めなければならない。前方不明瞭は敵も同じことだ、一気に突くぞ!」

 我らは一斉に森を駆け走った。


 「なかなか来ないな」

 「はい」

 こちらが本国の軍を出しているのは既に向こうにも知られているため、後々出張ってくるであろう王国正規軍を予め叩いておこうと思っていたのだが……。

 「おい、物資はどれくらい保つ」

 「はい、一ヶ月は保つでしょう」

 「お前馬鹿か? ミラルシアの物資だ」

 私は直属の部下に睨みを効かせる。

 「は、はい……大体十日ほどかと」

 十日……か。向こうがこの防衛戦を突破したとして、ここから中央都市へ向かうのに一週間は要する。それにこちらもそう簡単にやられてやるつもりも無い。そろそろ来ないと、餓死者が出るぞ。

 「いいか? 今は敵同士でも、我らが勝てば同じ王を頂く仲間だ。相手が我々にいくら刃を向けようとも、我々と同じ人間なのだということは変わらない。剣を持たない民なら尚更だ。我らは祖国へ忠義を示しているに過ぎない、個々の憎悪は抱かないように」

 「はっ! 了解致しました」

 その時、森林地帯より駆けてくる一団を目にした。

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