第四章 正義

 親帝国派閥が反旗を翻してはや二週間が経とうとしていた。武器や防具、食料など軍需品の他雑貨や趣向品など日用品さえも王国に頼っている。こんな状況だと足を向けて寝てられないな。

「クローバ、何か新しい情報はないか?」

「はい、公爵殿。ミーネシア方面も睨み合いが続いてますし、北方方面でもこの寒さです、しばらくは大規模な攻勢は仕掛けてこないでしょう」

 ここミラルシア公国は元々ミラルシア民族が広く生活しており、西方のバーレン帝国や東方のブルラシア王国両方にも影響を受けず、独自の発展を遂げていた。しかし、今から2世紀ほど前。両国がこの地域へ侵攻してきて、ミラルシア民族は二大国の勝手により西をブイノス、東をアドルと二分されてしまった。

 「それにしても、まさかたった十二年しか保たなかったとはな」

 しかしその後、接する国境が大きくなった両国は度々戦争をするようになった。この争いにミラルシア民族からも大勢の人達が徴兵され、多くの税を課せられ、多くの人達が飢餓に苦しんだ。それに耐えられなくなった私達は国境中央部に集まり、決起した。当然両国から鎮圧のため軍が差し向けられたが両国共に協力することが無かったので、各個撃破し、交渉のテーブルに着かせることに成功した。

 私達は完全な独立を望んだが、両国から一つの条件が課せられた。それは両国の王族から貴族の二割を占め、毎年選挙で国の代表者を貴族から選ぶ、というものだ。つまりこの国は両国の傀儡と化すことを意味していたのだが、こちら側の損失も小さくは無かったため、この条件を飲むしか無かった。

 これが今からおよそ十二年前。しかし実際は王国からは民族自決を謳う民族主義者が多く送り込まれたため、選挙でも王国側の王族が毎年圧勝し、事実上の独立を保っていた。

 「そうですね。ですが、やはり国民の四割を王国や帝国両国から集めるというのもなかなか無理があったのではないのですか?」

 「俺の政策が悪かったとでも?」

 「い、いえ」

 いいや、正しかった。戦後この地は荒れ果て、民族だけでの復興はほぼ不可能な状況だった。そして、この状況を見兼ねたジョナサン公爵は両国から国民の誘致政策を推し進め、数の力で復興を成し遂げたのだ。しかし、いいことばかりでも無かった。昔から王国と帝国は仲が悪く、この国は常に二分されていた。そして様々な歪みを経て、今に至る。

 「それにしても、よく十二年も保ちましたね」

 私は少し笑も含めながら言った。

 「フッ……お前俺の話を聞いていたか?」

 すると公爵殿もスッと笑みを浮かべながら返した。

 

「公爵殿! 緊急事態です!」

突如部屋の扉が開き、衛兵が飛び込んできた。

「何事だ!?」

「や、奴らが……」

「……!?」


 「親帝国派閥は我らが義勇兵を用いてミーネシア山地を進撃中。明後日には中央都市ミラルシアの攻略に取り掛かるでしょう」

 「ふむ。良い知らせをありがとう、クーリー。しかし、最早『派閥』呼ばわりは失礼ではないかな?」

 「そうですな、申し訳ありません。インペリアル・マッカートニー女帝陛下」


「クソ……」

 これまでなんとか昇降状態を保っていたものの、山地を越えられたことで防衛が困難となり、ここにきて北方でも圧力が増しつつある。これは……もう長くは保たないかもしれん。

 「ミニッツ・クローバ」

 「なんでしょうか?」

 「今すぐ王都へ赴け、そして援軍を呼んできてほしい」

 「何を言いますか!」

 普段はこれ以上なく忠実な部下であるクローバが、怒声をあげて反発している。

 「私は……私はあなたと共に死にたいのです! 一度救って頂いたこの命、あなたのために使わせてください!」

 「……お前の気持ち、よく分かった」

 「では!?」

 「ああ。お前の命は俺のものだ。だから俺のために、王都へ迎え!」

 「……え」

 「この状況だ、撤退が察知されたら追撃される。だから逃げるに逃げられん。粘るしかないのだ」

 「そ、それなら私が!」

 「クローバ!」

 「クッ……」

 「いいか? お前はこの民族の族長だ。私は他所者だから何とでもなるが、お前はそうはいかない」

 クローバは、唇を噛みながら扉へ向かおうとした。

 あ、そうだ。

 「クローバ」

 私は最期に、あいつの名前を呼ぶ。すると、あの日と同じ顔をして、振り向く。

 「ミナのことを……頼んだぞ」

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