第三章 騎士道

 「税込二九一円じゃ」

 「えー、少しくらい負けてくれてもいいじゃんかよ」

 「なんでじゃい?」

 「ええ……ケチ」

 「なんか言ったかの?」

 「い、いえ!」

 「九円のお釣りじゃ」

 学校の帰り。腐れ縁のこいつを含めた、イツメン3人で駄菓子屋に寄り道していた時のこと。

 「おい、修哉。またおばさんに値引きを強請ってたんじゃないよな?」

 「そ、そんなんじゃないって」

 一足遅く駄菓子屋から出てきた此奴への説教を始める。

 「まーたそんな話か。司もそろそろ諦めたら?」

 「諦めてたまるか。大体、この不景気の最中いちいち値引きを強請る修哉が悪い。この乞食が」

 「なんだと!?」

 修哉が憤怒し、俺の胸ぐらを掴んで来る。

 「あーもー、やめろよ」

 雄大がやる気の無さそうにしながらも、俺と修哉を引き離そうとする。

 「……そういやなんでお前、修学旅行の行き先知ってたんだよ」

 唐突に頭を冷やした修哉が、雄大に問う。

 「ああ、二個上の先輩が言ってたんだ。修学旅行の行き先はいつもローテーションなんだと」

 「そうなんだ」

 俺たち三人は、真夏の太陽を眺めながら駄菓子屋の側のベンチに腰掛け、ひたすらに棒付きアイスを舐めたくる。

 「んで、この後どこ行く?」

 口を冷やし終えた修哉が涼しげに言う。

 「ワリーけど俺はこの後レッスンだ」

 「ほー、この金モン野郎今度は何の習い事だ? トランペットか? ギターか?」

 「フェンシングだよ」

 「ほー、今度はスポーツ系か」

 雄大が横槍を刺す。

 「まーた続かないんじゃねーの?」

 「今度は続けるよ」

 「確かお爺ちゃんがオリンピック選手だったんだってね」

 「そうなのか!?」

 修哉がいらないことを言う。

 「ああ……そうだよ。準優勝まではしたんだけど、その直後交通事故で引退を余儀なくされてね」

 「なるほど、つまり祖父に出来なかったことを成し遂げるってわけか」

 「だけど、いきなりすぎやしないか? 俺がお前からこの話を聞いたの、確か小学4年の二学期の終業式だったぞ」

 「……お前よくそんなの覚えてるな」

 「そうなのか!? ……確かにそれは気になるな」

 始めは何も言いたくなかったが、俺は二人の押しに堪えられず、ことの発端を話すことにした。


 「まず一九三一年、日本は関東軍の暴走で満州事変を起こし、中国の東北部を事実上の支配下に置いた。これに対し当時石油など燃料資源の主な供給源であった米国が禁輸措置を取ったことで壊滅的な資源不足に陥る。しばらく昇降状態を保っていたが、関東軍の暴走により盧溝橋事件が勃発し日中戦争が開戦。しかし援蒋ルートを通って欧米各国が中国を援助したこともあり泥沼化、我が国の資源不足は更に悪化した。それに対し海軍はの南進論、マレー半島などのゴムや石油資源の獲得を目指して米国の真珠湾、英国のマレー半島に攻撃をしかけ太平洋戦争が始まった。開戦当初は日本の有利に進んだ、その中でも瑠璃海海戦や東洋の電撃戦と呼ばれるマレー半島強襲は有名だな。しかし一九四二年六月二五日のミッドウエー海戦で空母三隻など甚大な被害を受け、これより先は連合国の有利に進んでいき一九四五年三月二六日より始まる沖縄戦、八月六日に広島、八月九日に長崎への原子爆弾投下を経て八月一四日、有名な玉音放送はこの翌日だがこの日ポツダム宣言を受諾し我が国は降伏した」

 「はい」

 「なんだ? 司」

 「我が国のしてきたことは、正しかったのでしょうか」

 「ふむ。司はどう思うんだ?」

 「はい。当時東アジアは一部地域を除いて欧州各国の支配下にありました。特に眠れる獅子と呼ばれていた中国を日清戦争にて我が国が破った衝撃は想像を絶するものだと思います。勿論、それを考えれば我が国の自業自得とも言えなくはないですが、やはり正しかったのではないだろうかと思います」

 「ふむ、つまり司は明治維新が起こった時点から太平洋戦争は避けられない状況だった、と言いたいのかな?」

 「いいえ、しかし原因の一つになったのは確かだと思います。そもそも明治維新は江戸末期に薩英戦争、長英戦争を経て攘夷論が台頭したのがそもそもの始まりだと考えます。つまり、明治維新の根底には欧州各国と戦争する……までは暴論だとしても各国と同等以上の力を得ることが前提条件として存在した。そして甲午農民戦争や日本による台湾併合など様々な歪みから日清戦争が勃発、我が国が勝利することで当時アジアの強国、眠れる獅子と謳われていた中国の弱体化を世界に示してしまった。これにより、東アジアの植民地化はさらに加速することになりニューヨークが発端の世界恐慌、英国が始めたブロック経済政策などにより我が国は危機的状況に陥った。このような状況に陥れば、どの国も同じことをしないでしょうか」

 「ふむ、なるほどな。実に興味深い意見だ。しかし、今の見解は……教科書を見てみるといい」

 「……!?」

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