第二章 企

 「なあ、ケリュー」

 「どうした?」

 「これ……本当に大丈夫なのか?」

 軍部大臣を務める私、ブレイガー・ケリューの副官にして唯一無二の親友、バリス・ミンサが私に不安げに問う。

 「ああ。何回も言っているだろう? もし失敗しても、お前のことは周囲に漏れない」

 「ああそうさ。何回も聞いている。だが……」

 「分かっているなら何故問う? 諜報部のビリス・ケインにもお前のことは伏せている。万が一のことがあったとしても、あとはお前がやり遂げればいい」

 「だが……しかしだな!」

 ミンサは声を荒げる。まるで、俺の企みを全て知っているかのように。俺はふと時計を見る、そして約束の時間を思い出す。

 「分かった。お前の言いたいことはな。だがもう時間だ、話はまた今度な」

 「……ああ、分かった。せいぜい裏をかかれないようにな」

 俺は執務室を出て、約束の場所に向かった。


 ブロードソード。通常利き手、俺の場合左手に持って、もう片方の手にバックラーと呼ばれる盾を持つ。話では聞いていたものの、まさかこれほど攻守のバランスが良いとは。そろそろ動かない的相手には飽きてきた。

 「申し訳ありません、少々遅れました」

 練兵場の一室。少々薄汚れたこの場所に呼び出した張本人が、姿を現した。

 「遅いぞ、スケイル」

 「申し訳ありません、ブルース王太子殿下」

 スケイルは王室の執事長をしており、護衛も兼ねているため武芸に長けている。確か、先日の誕生日以来だったか。

 「それじゃ、今回もまずは復習からか?」

 「はい。ですが今回は、人をお待たせしておりますので」

 「わっ!?」

 スケイルはいきなり鞘に収めたレイピアで突いてきた。俺は咄嗟にバックラーを胸の前に出し、バックラーにレイピアが接触する瞬間後ろに飛んで、衝撃を逃がす。するとスケイルは俺の回避行動に瞬時に反応し、レイピアを右側にそらす。彼は堅実で、非効率的なことはしない。つまり、何かしらの理由で真正面からレイピアをバックラーにぶつけることを避けなければならなかった。それは何故か。レイピアとは本来敵を貫くために先が鋭利になっている。つまり、レイピアは先を細く仕上げる必要があり、耐久性に弱い。つまり。

 「これは……真剣!?」

 「……!? まさかそこまで察するとは」

 勢い任せに前進していたスケイルは、俺と距離を取るために右から左へレイピアを振る。レイピアはブロードソード相手に戦う際、その刀身からなるリーチを活かすことで有利に進めることが出来る。しかもこちらはバックラー持ち、近距離だと手も足も出ないため、その重要度は増す。しかし、そうはさせない。その攻撃を予め予測していた俺は、瞬時にバックラーで耐える。

 「なに!?」

 スケイルの叫び声が聞こえたのと同時に、首根っこ。頸動脈目掛けてブロードソードを振り下ろす。そして、ブロードソードが皮膚を掠めた、その瞬間。

 「待て!」

 何処かで聞き覚えのある声を聞いて、瞬時に手を止める。彼の首元から、血が少し滲む。

 「助かりました、ケリュー軍部大臣」

 「ケリュー!?」

 ブレイガー・ケリュー。かつて父から聞いたことがある。

 それは今からおよそ二十年前。いつもの帝国との小競り合いをしていた時の話だ。諜報部が国境付近に帝国大部隊を察知、それに対応するためその他の兵も守備に置いたとき南方の島国、クールー諸島連邦国が南方海岸へ強襲上陸を仕掛けてきたのだ。敵は小規模ながら、こちらも最低限の戦力しか配置しておらず撃滅、海岸付近の都市へ進撃してきた。

 そして敵勢力が海岸都市ミルズに差し掛かった、その時。当時ミルズ守備隊長を任されていたブレイガー・スケイルは少ない憲兵を引き連れ陣を構え、20倍もの勢力をもろともせずに、敵軍が都市に入る前に撃滅したのだ。

 「この度の模擬戦、お見事でした。王太子殿下。つい声を荒げてしましいました、御無礼を働き申し訳ありません」

 ケリューは俺に近付くと、跪いた。

 「気にするな。お前が声を荒げなければ、私は忠実な師を一人失ってしまうところだった。感謝するぞ」

 ケリューはそのままの体勢のまま、頭を上げてこう発した。

 「お褒めに預かり、光栄であります」

 「それで、軍部大臣であろうお前が何故こんなところへ?」

 ケリューはゆっくり立ち上がりながら続ける。

 「それは殿下も同じことでしょう。……と、失礼致しました。実は我が弟子から剣の腕は相当なものだろうと聞かされておりましてね、それなら同時並行で戦略の訓練も同時並行で進めても問題ないであろうと思いまして」

 「ふむ。まさか奇策の天才ともあろう大臣から教わることが出来るとはな」

 「いえいえ、私も最早単なる老ぼれになりつつあります。そろそろ後継者を育てるのもよろしいかと思いましてね」

 「ほう、つまりお前の弟子から剣術を、お前自身から戦略を……。お前の全てを我が手中に収めることになるのか。本当によろしいのかな?」

 「は、はい。そのように解釈して頂いて構いません」

 俺はケリューとスケイルに連れられて大臣の執務室に向かった。


 「これは……想像以上だな」

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