第一編 転生、そして。

第一章 僕の国

第一章 僕の国

 コンクリートの壁にじっくりと押し潰されていく痛みを忘れ、重たい瞼を開く。するとそこには、多数の光のサークルが出来上がっていた。


 暗闇を照らす天の一筋の光が窓辺から差し込む。もうしばらくすれば、水平線の向こうから神々しき日の出を見えることが出来よう。

 その一筋の光と、部屋を薄暗くも照らす一本の蝋燭が我ら二人を照らしている。

 「ついに生まれたか」

 「はい。とても元気な男の子だそうで」

 「そうか。なら突然の病死に見せかけるのは無理があるか」

 「そうですね。どういたしましょうか?」

 「案ずるな。策はある」

 この国は、私のものだ。


 「チカッ」

 3歳になった、ある日のこと。

 深く眠りについていると、視界の奥の方でとても、とっても大切なモノが一瞬。写った気がした。


 「ブルース! 早く起きなさいよ!」

 「……んん」

 十五歳。成長するにつれ、色々なことを経験して、いろいろなことを忘れていった。だけど何故か、その現象だけはいつまでも忘れず、たまに夢に見る。

そして今日も、この世界での母、ビィットリアの声で目が覚めた。

 「お父……さんは?」

 「お父さんはもう準備万端ですよ。さ、ブルースも早く着替えて」

 僕はベッドから起き上がり、床に足をつく。そして左に九十度曲がり、三歩前進。目の前のクローゼットの一番上の扉を開いた。

 「たく、王子様ったら」

 「……え?」

 声を発したのは僕直属のメイド、クミンだ。

 「私がおりますのに、ご自分でお着替えをなさらなくても」

 「いいや、クミン。僕ももう15歳だ、下着くらいは自分で着させてくれ。それよりも、今日のコーディネートを頼む」

「かしこまりました」

 この世界に来て十五年、分かったことはいくつかある。まずこの世界について。この世界は僕が元々いた世界でいう中世から近世辺りの科学技術・社会制度で、このような異世界にはもはやテンプレと言える『魔法技術』なるものはおそらく存在しない。その点、リアル世界とほぼ同じ未来をこの世界も歩むことになるだろう。

 そして僕の身の回り、身近な環境について。家族構成は僕とお母さん、そしてお父さん。一人っ子の核家族というところは前世となんら変わらない。だけど、一つだけとんでもなく大きな相違点がある。

 それは、僕がこの国の次期国王なのだということだ。


 少し荒い下地の赤いスーツ、そして金色のボタンと白いナフキンで装飾された上着に真っ黒のズボン。原稿も全て頭の中、準備は万端だ。俺は、民衆の前に出た。

 「ビィリーズ・オブ・ブルース殿下のおなーりー!」

 執事長スケイルの一声を合図に一歩、また一歩と民衆の前に垣間見る。すると、民衆から黄色い声援が飛び交う。

 「皆の者、今日は我が息子、ブルースの15歳の誕生日だ。未だ未熟なこやつのために、よくぞ集まってくれた。とても嬉しく思うぞ!」

 民衆の歓声をよそに、僕は今のこの国の外交情勢を頭の中で整理する。

 まず前提条件として、科学技術や社会制度は近世ヨーロッパそのものだ。しかし、国際法についてはやけに近代的なものとなっている。具体的には戦争や民族問題などがそうだ。戦争について言うと宣戦布告や停戦・休戦、そして講和などの制度がしっかり整っている。少なくとも元の世界では宣戦布告などの制度が出来上がったのは第一次世界大戦期くらい、かつての母国でさえも日露戦争を宣戦布告無しで行い国際社会もそれを黙認していた。

 さらに目を見張るべき点は他にもある。なんとこの世界では、無血で民族主義に則って国境線が引き直されたことが何度もあるのだ。まるで、あの惨状をこの世界の誰かが知っているかのように。

 「ブルース、皆に一言」

 「はい、お父様」

 僕はもう一歩、父さんの前に出た。

 「みんな、よくぞ僕の誕生日に集まってくれた。ビィリーズ・オブ・ブルースだ!」

 観衆から「ワー!!!」と歓声が上がる。その歓声に応えるように、僕は確信を語る。

 「いいかみんな。今、この国は激動の時代を迎えつつある。つい先程、隣国ミラルシア公国にて親バーレン帝国派のクーデターが発生したとの報告が入った。これに対し我が国は親ブルラシア王国派に対し武器やその他戦備品の支援を行う。勿論、『軍を派遣すればいいのでは?』と考える者もいるかも知れない。現状としては、バーレン帝国は義勇軍などの派兵は行っていない。そのため、こちらが先に派兵したら向こうから宣戦布告と捉えられてしまう可能性が高い。なので、諸君の手で作り上げた工業製品を支援のために使わせて欲しい」

 民衆から『うおおー!!!!!』という大歓声が巻き起こった。さて、この歓声に答えられるだけの成果が得られるのだろうか。


 いつの日かの、賑やかな教室。修学旅行で向かう場所が遂に伝えられるとかで大変賑やかな様。

 「なあ、今年はどこに行くんだろうな」

 腐れ縁で小学校からの8年間、ずっとクラスが一緒の瀬戸口修哉が話しかけてきた。

 「さあな。確か今年は……沖縄?」

 その問いに、俺は少し頭を捻らせながら答える。

 「来年は……東京らしいぞ?」

 「は!?」

 「は!?」

 中学時代の親友、浅田雄大の突然の発言に驚きを隠せず、俺たち二人は声をあげる。

 「それ……本当なのか?」

 「んなわけ」

 とその時、教室の教壇側の扉が「ガタッ」と開き、中肉中背中年三点セットの男性教師が入ってきた。

 「おーい、みんな席に座れー」

 全員、一斉に席に座る。そして一息ついた頃、修哉が大きな声をあげる。

 「先生! 修学旅行はどこに行くんですか?」

 「修哉、うるさいぞ。その前に挨拶を」

 「おはようございます!」

 修哉のグループが一斉に大声で挨拶をした。

 「……はあ。分かった。それでは、今年の修学力の行き先を発表する」

 教室の皆、全員。静かに息を呑む。まるで、これまでの人生全てをこれに賭けているように。

 「来年の修学旅行の行き先。それは」

 教師の無意味なタメに少しイラつきながらも、次の一声を待つ。


 「広島です」

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