1-8 才能
◆
僕がトキオにやってきて二週間目の夜、歓迎会が開かれた。
と言ってもハンの行きつけという小さな居酒屋で、ハンと詩歌、もう一人の所員の神崎市郎太という人物、そして僕の四人だけだった。僕は二十歳になっていないので本来的にはこの店には入れないらしいけど、店主の男性は全く気にした様子もない。
神崎市郎太、という人物は、ハンや詩歌とはまた違った不思議な人物だった。
背が低く、猫背なのでものすごく小柄に見える。服装はいつも作業着のような繋ぎで、帽子も古びたキャップを屋内でもかぶっていて脱ぐことがない。イメージとしては引越し業者を連想させる。
しかしこの人物はヴァーミリオン事務所では詩歌に続いて現場に出ている。
全く喋らないわけではないけど、口数は少ない。口を開くと愚痴や文句が多く、しかし憎めないのはいつも困惑して、怯えているようなところが表情、顔の作りにあるせいだろう。
僕に対してはあまり言葉を向けないので、最初は歓迎されていないのだろうと思っていた。
大人三人は和酒で乾杯し、仕事の話はせず、それぞれの趣味について話し始めた。ハンの趣味は和酒の収集で、各地の酒蔵から集めているという。詩歌の趣味は読書で、紙の書籍の値段高騰に怒りを持っているようだ。市郎太は球技のジパン国代表の国際試合について、悲観的な感想を口にした。
「で、あんたは何が好きなわけ?」
小さな杯を傾けながら、詩歌がこちらを見る。
「僕ですか?」
話を向けられた時、僕は焼き魚をつついていたところだった。
「そうですね、あまり趣味はないんですけど、アイドルです」
ヒューっとハンが口笛を吹いた以外、反応はなかった。
間違ったかな、どうも……。
「別に魔法使いになってもアイドルとお近づきにはなれないよ」
からかうようなハンの言葉に、「わかってます」と真面目に答えておく。
「何のために魔法使いになろうと思ったのか、まったく気にならないが、会話の練習をさせてやろうか」
市郎太の言葉に「意地が悪いな」とハンが笑う。
ぐっと杯を空にして、市郎太が酌をしてくるのを横目にしてから詩歌がこちらを見た。
「で、なんで魔法使いになろうとしたの?」
「祖父が魔法使いでした」
「へぇ。有名人、ってわけじゃないよね」
「乙種三類って言っていましたね」
ハンがまた口笛を吹く。
魔法使いには階級があり、ジパン国独自の階級は、まず甲種と乙種に分けられる。甲種は魔法を使って生産活動などを行う魔法技師を指す。乙種が実践魔法使いである。
甲種と乙種にそれぞれの力量により、三類から一類が設定され、数字が若いほど高位である。
「警備員に憧れるとは、殊勝なこと」
辛辣と言っていい詩歌の言葉に、でも僕のうちでは怒りは沸かなかった。
「祖父自身、そう言っていましたよ。自分は出来損ないの魔法使いで、半端者だって。それはもう、何度も、何度も言ってました」
「じゃあなんで、あなたは魔法使いになろうと思ったわけ? 半端者の孫が、それなりの使い手になれるって願望はどこからくるの?」
「祖父が一度、僕に魔法刀剣を見せてくれました」
「それで?」
「僕にそれを握らせて、急に血相を変えたんです。そして僕を両親の元へ連れて行って、魔法を学ばせてみないか、と言ったんですよ」
詩歌がちらっとハンの方を見る。ハンは赤身の刺身の上にわさびを乗せるのに真剣になっているようだった。市郎太はゆっくりとイカの塩辛を噛んでいる。
僕は話を続ける。
「でも、両親はそれを拒否しました。父は特に、祖父の魔法使いとしての生活に不満があったようです。だから僕にはまともな、普通の生活を送って欲しいと思ったんじゃないか、と、そういう想像をしています」
「じゃあ、あなたは両親を無視して、お祖父さんの直感か何かを優先した、ってわけ?」
「祖父は、その、僕の憧れでもありますから」
美談だね、とハンがやっと顔を上げた。薄い色の眼鏡のレンズの奥で、目が細まる。
「魔法使いは、国際機関の魔法管理機構が認定したランクを誰もが持っているのは知っているだろう? これは甲種だの乙種だのという紛らわしさはなくて、ただの三つのランクだ。上からA級、B級、C級。それだけ。乙種三類がどこに当たるか、知っているね?」
「C級、ですよね」
「そうだ。つまり国家の認定した甲種の魔法使いなんて、魔法管理機構という視点から見れば、認定する必要のない、平凡な存在、ただの人間と同等ということだ。乙種三類が当たり前さ。で、義照くん、今のきみはやはりC級にも属さない、一般人ということになる」
大儀そうに刺身を口に運び、眉間にしわを寄せるハン。わさびが辛いらしい。
「詩歌ちゃんがA級間近のB級、そして市朗太くんが認定の上ではB級だ。それがトキオにおける個人事務所に最低限求められる能力なのさ。C級以下の魔法使い見習いを雇う、ついでに生活の面倒を見るのは異例と言っていい」
「ご迷惑をおかけします。すみません」
「別にいい。市郎太くんはともかく、詩歌ちゃんも僕も、きみにはなんというか、不気味なものを感じている。もっとも格闘技が未経験どころか運動経験がほとんどなく、基礎体力が存在しないのはだいぶ出遅れている。ついでに魔法に関する知識の不足と、実践経験の不足もやはり大きな遅れだよ。十八歳といえば、詩歌ちゃんはどの程度だったかな」
ムッとした顔で「B級に上がるかどうか、でしたよ」と詩歌が答える。苛立ったように杯を干す彼女へ、さりげなく市郎太が酒を注ぎ直す。
しかし、十八歳でB級……?
「まぁ、詩歌ちゃんはある種の天才だからね」
僕への当てつけですか、と市郎太が呟くが、ハンは無視した。
「とにかく義照くん、稽古を重ねることだ。詩歌ちゃんを追い抜くことは不可能でも、才能と努力がかみ合えば、あるいは何年後かには形だけでも並び立てるかもしれない。もしくは背中を守る程度のことはできるかもしれないね。そうでなければ事務所の事務を受け持つくらいはできるだろう」
……どんどん後退しているような。
「ともかく、頑張りたまえ」
どういう意味か、杯を掲げてハンがそれを飲み干す。
頑張るしかないのは、わかっている。
僕が出来ることは、努力だけだった。
あるいは、努力を続けること、だろう。
(続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます