第三章 おや? 神域の様子が……

第21話

 夢のマイホームを手に入れた直後に土下座をする蜂という世にも珍しいものに対し、何故か土下座し返した日から数日。

 問題の蜂はヨシヤの眷属となり、神域は賑やかになっていた。


 蜂だから『はっちゃん』……なんてことはなく、名前はエイトになった。

 愛しい妻のセンスとはいえ、前回名付け出来なかった分今回のペット……眷属に対してヨシヤも名前を付けてあげたかったのだ。

 

 なんでも、エイトはジャングルの中では大人しい部類の蜂だそうで、ハナに言わせるとミツバチと似たようなものらしい。

 あっちゃんたちとは割と友好関係にある種族だったそうだが、不幸な偶然だがあっちゃんの巣を壊滅に追い込んだ巨大な蜂の群れにエイトの巣も襲われたらしい。


 たまたま散策に出た蟻たちはそこに遭遇したが、すでに時遅く巣は壊滅状態で、ぎりぎり生きていたエイトを連れ帰り、治療を願ったのだという。


 なんとも感動的な話ではないか!!

 というわけで眷属が増えました。やったね。


(とはいえ、気になることがあるんだよなー)


 それから、ヨシヤは日々散策に出ては果物を集めている。

 実際に集めているのは蟻たちなのだがそこはもう誰も突っ込まない。突っ込む人間もいないのだが。


 エイトは眷属になったことで大きさが更に大きくなり、大体ヨシヤの身長の半分くらいになった。

 キラキラとした虹色の羽と、頭には銀色の花冠という女王蜂スタイルである。

 やはりどう見ても巨大な虫なのでヨシヤは真っ青になりつつなんとか卒倒せず踏みとどまるだけで精一杯だった。


(あっちゃんだけじゃなくて、蟻たちが感情を持つってのはわかるんだよ、生き物だし。俺らとはまた違う生き物だとしても、彼らなりの感情とか仲間意識はあるわけだし)


 エイトが巣を作るには木が必要である。それも果樹が望ましい。

 しかし、神域は新居が出来たとはいえ相変わらずの殺風景なほどの草原である。

 

 というわけで、果物を集めて種を取り出し、育てるための準備をしているのだ。


 あっちゃんとエイトはなにか通じるものがあるのか、或いはお互い〝女王〟であるからなのかなにやら仲良しではあるが、家族(?)の多い蟻たちを羨ましそうに見ている姿にヨシヤもハナも心を痛めているので早急に木を育てねばならない。


(でも自分たちからあれこれしたいとか、俺の心配をするとか、エイトを助けてほしいとか……かなり虫なんだけど、虫っぽくないっていうか、いや虫だな?)


 見た目はどう考えても虫だった。

 いや、そうではなく。


 ヨシヤが思うのは、眷属化したことによって行動が人間のようだと思ったのだ。

 とはいえ、前の世界でちょろっと知っている範囲の知識が『蟻や蜂は群れとして一つの社会を築いているものだ』とあったので、ある意味意思疎通が出来たから理解出来るようになっただけなのかもしれないなとヨシヤは割り切ることにした。

 考えてもわからないことに時間を割いても、わからないのだ!

 それならば今は新しい眷属ペットのために努力してあげる方が有益である。


「はー、やれやれ。みんな今日もご苦労さま!」


 そんなこんなで今日もいそいそと果物を集め、種を取り出しては状態を確認する……という作業に入ろうと袋を持ち上げたヨシヤはぎょっとして大声をあげた。


「な、なんじゃこりゃーー!?」


 なにせ、出る前にはなかった川が出来ているのである。

 サラサラと流れる小川は透き通り、日の光を受けてきらめき、この上ない癒し空間が……ってそうじゃない。

 なかったものがいきなりあったら、誰だって驚くのだ。


「あら、おかえりなさい」


「た、たたたただいま! なにこれ!?」


「川だけど」


「いやそれは見たらわかる」


 どうしたのかときょとんとする妻に、ヨシヤはゆるく首を振る。

 そのように何度か瞬きしてから、ハナも理解したらしい。

 ぽんっと手を打ってから笑顔を見せた。


「種が大分集まってきて、植えようと思ったんだけど水がないと育ちにくいかなと思って」


「それじゃあこの草原自体はなんなんだ……」


「まあ初期設定で地面に力があるのよ。そこの所は神々の力としか言い様がないんだけど……それよりもちょっとびっくりなことがあって」


「これ以上に!?」


「ええ、着いてきてくれる?」


 ハナに導かれるままにヨシヤは家の裏手に歩いて行く。

 勿論、ご近所がどうとかそういうものは一切ない空間なので何が起きたのかさっぱり理解出来ないヨシヤは首を傾げるばかりだが、この時ばかりは違った。


 いる。

 それは、そこにいたのだ。


「……牛……?」


「ええ……」


 広がる草原の、ヨシヤたちの家から数十メートルほど先に。

 草原に座り込み、日差しを受けて気持ちよさそうにしている牛が。

 見事なまでの白黒模様に、間違うこともない。有名な乳牛のホルスタイン種だ。


「なんで、なんで牛が……!?」


 ヨシヤの悲鳴に似た声に反応したのか、「ンモーゥ」という鳴き声が神域にこだましたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る