第20話
こうして信者を二人獲得して神域に戻ったヨシヤが目にしたもの。
それは……巨大な蟻とお茶をする妻の姿だった。
「え、あ、あっちゃん?」
最近は巣穴に籠もってなかなか出てこないヨシヤの眷属である女王蟻の〝あっちゃん〟がテントの外で椅子を出して座るハナの横にまるで忠犬かのようにちょこんと伏せているのだ。
思わず二度見してしまったがそれも致し方ない。
あっちゃんはあっちゃんの方でヨシヤの姿を見て嬉しそうにその鋭いアゴをぎちぎちならしているが、正直ヨシヤからするとちょっぴり怖い。
だがそう、彼は律儀な男である。
「や、やああっちゃん、久しぶりだね。元気だったかい?」
一度飼うと決めたペットからは決して目を逸らさない。それが彼のポリシーである。
眷属とペットは違うのだというツッコミはここには存在しないのであった。
「あ、像ありがとね」
「あれはあっちゃんが用意してくれたのよ。ほんとなんでも出来る子ねえ!」
「えっ、そうなの?」
あっちゃんが褒めてと言わんばかりに前足を挙げる。
ヨシヤはその様子に若干引け腰になりつつも、そっと頭を撫でてやった。
そうすると嬉しそうにギチギチ音を鳴らしていたのでやっぱりヨシヤとしては怖くもあったが、精一杯引きつりながらも笑顔を浮かべて見せる。
ハナはそんな夫の様子に心の中で応援しながらも、立ち上がる。
「ヨシヤさんが尽力してくれたおかげで、信者が二人出来たわ。そして、私の神としてのランクがまた上がったの!」
「えっ、もう!? この間上がったばかりじゃないか」
慌ててヨシヤがステータスを確認してみると、成る程『眷属レベル』が上がっている。
そんな夫の様子に、ハナは満面の笑みで歩み寄ると彼の手を取った。
「家を建てましょう!」
「……は?」
それは唐突な発言のようにヨシヤには思えた。
家を建てる。
事もなげにそんなことを言い出す妻にヨシヤはなんと返したら良いのかわからず、目を瞬かせるばかりだ。
「ここに着いた時に言ったでしょう? 女神としてのランクが上がれば、聖域は私の土地だから自由に出来るんだって。ようやく家を建てられるだけの神力が得られたの! どうせだったらヨシヤさんと間取りとか話し合いたいなって思って待ってたのよ」
にこにこと笑いながらフリーペーパーの住宅情報雑誌を握りしめているハナに、ヨシヤはふつふつとこみ上げてくる喜びを噛みしめていた。
いつかは夢の一戸建て。
庭があって、ちょっとした家庭菜園なんて作って、可愛いペットを飼って……そんな夢を語った日々が、今目の前にあるのだ!
庭というかただただ広がる草原に、可愛いペット(?)の蟻たちはすでに手にしているのだから、あとはマイホームなのである。
それが! とうとう! 叶うのだ!!
「書斎! 書斎がほしい! なんなら秘密の小部屋付きで!」
「うふふ、できるわよー」
きゃっきゃと話し合う二人の横で、あっちゃんが『秘密の小部屋って二人でバラしてたら秘密じゃないんじゃない?』って感じで小首を傾げていたが、夫婦は気がつかなかった。
あれこれと話し合い、さすがに電化製品は無理かなあと零したヨシヤにそれも神力が補うから大丈夫だと太鼓判を押したハナに「神様パワーすげえ!!」と驚いたり、まあ楽しげである。
結果として夫婦の寝室があったり、よその神様が来た際におもてなしするため大きくとったリビングダイニングと客間があったり、ヨシヤの理想だった書斎(別に読書好きなわけではない)と秘密の小部屋があったり、ハナがやってみたかった大きな浴槽だったりを詰め込んだものを住宅情報誌のイメージに載せて、ついに彼らの城を手に入れたのであった!
「この調子で頑張ろうね、ヨシヤさん!」
「おう、こうやって夢が叶うのっていいな!」
「じゃあ次はなにかしら、やっぱり畑?」
「そうだなー、でも俺、虫がダメだからなあ」
「大丈夫よ、神域に虫はいないもの。作物も良く育つわよ?」
「えっ、そ、そう……?」
どういう理屈だとヨシヤは疑問が浮かんだが、深くは考えないことにした。
割り切ることは必要なことである。
「大丈夫よ、あっちゃんたちも手伝ってくれるんだから!」
「そ、そうかな……? あっちゃんたちに畑仕事出来るのか……?」
作物をちょん切りそうだけど。
そう言いかけて、ヨシヤは気がついた。
蟻だけに、地面を掘るのは得意なのでは……そう考えれば、とても彼らは有能ではないか。
「あ、そういえば言い忘れてたんだけど」
「うん?」
「ヨシヤさんが出かけている間に散策に行きたいって蟻さんたちを外に出してあげたらお土産に死にかけの蜂さん連れてきて眷属にしてあげてほしいってお願いされたんだけれど、どうする?」
「そういうのは早く言おうね!?」
傷の手当ては済んでるわよ、と夢のマイホームを出てテントに行った先でヨシヤは確かに見た。
大体三十センチくらいの、包帯を巻かれた蜂が土下座をするという、珍しい光景に何度か目をこすって……どうしていいかわからなかったヨシヤもまた、深々とお辞儀を返すのであった。
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