第22話

「え、え? ホルスタイン? 牛がなんで……!?」


「落ち着いてヨシヤさん。あの牛は牛であって牛ではないの。確かにホルスタインなのは間違いないんだけど、ただの牛じゃないのよ」


「そりゃ異世界に来て神域って言われてる不思議空間に突如として現れたんだから普通の牛でないことはわかるね!?」


 この異常事態にヨシヤは困惑しっぱなしだ。

 とはいえ、この神域において主であるハナの様子と、あっちゃん率いる蟻たちが警戒の気配を見せていないことは理解出来ている。

 ということは、敵ではないのだろうとヨシヤもわかっていた。


「あの牛さんはね、私と同類っていうか……厳密には違うんだけど、異界の神っていうか……神ともまた少し違う存在なの」


「えっ、それってどういう」


「うーん。元の世界があるでしょ? で、こっちの世界に私たちは異世界転移してきた。あの牛さんは〝アーピス様〟って呼ばれていて、元いた世界の牛だったらしいんだけど……ほら、まあなんていうか、別次元の人たちが実験で連れて行って知能アップした上で異世界生活送っちゃったら姿そのままに悟りを開いたらしくてね……?」


「えっ、それなんてキャトルミューティレーション」


「しーっ!」


 ハナが唇の前で人差し指を立てる仕草をするのを見て、ヨシヤも思わず口を塞いだ。

 そしてゆっくりと視線を牛――アーピスに戻す。


 どこから、どう見ても、牛だ。

 白黒模様が可愛らしい、牛である。


「なんていうか、異世界から異世界を渡り歩くだけで害はないっていうか、悟りを開いている分とても強い力を有しているとは聞いているのだけど……どうもうちの神域がお気に召したみたいで、しばらく逗留したいんですって」


「とうりゅう」


「滞在って言った方が良かった?」


「いや、うん、どっちでもいい」


 まあ害がないなら別に……とヨシヤも改めて思う。

 なんせ、牛である。

 よくわからないが悟りを開いたと言うことで、スゴイ納涼をもっているらしいがぱっと見穏やかに牧草地で寛いでいる牛なのだ。


「ご、ご挨拶はした方がいいのかな……?」


「ええ、そうしましょう。普通に話しかければ良いわ、アーピス様はこちらの言葉は理解しているけど、牛だから会話はできないけど」


「つまりあっちゃんたちと同じようにフィーリング勝負」


 何がどうしてそういう結論になったかと問われると、ヨシヤも大分ここでの生活に順応しているということである。

 とりあえず彼はそーっとアーピス様を驚かせないように近寄り、顔を向けられたことにビクッとしつつその場で軽くお辞儀をしてみた。


 そして歩み寄ってみると、ますます牛だなと思う。


「ええと……この神域の主、ハナの夫で、ヨシヤです。しばらく滞在なさるということで、何かあったらお互い助け合いましょう。よろしくお願いします」


「んもー」


「……あの、もし良かったらですが」


 ヨシヤは少しだけドキドキしながら切り出した。

 そう、間近に見たアーピス様に、どうしても衝動が抑えられなかったのである。


「もぉう?」


「撫でても!?」


「……。んもー」


 一瞬、考える素振りを見せたアーピスだが、了承してくれたらしい。

 そうっとそうっと撫でるヨシヤのその手つきに気持ちよさそうである。

 一方、申し出たら彼の方も久方ぶりの(?)動物との触れ合いに喜びを隠しきれずにいた。


「はー……楽しかった……もふもふ……って、うわ!?」


「……」

「あ、あっちゃん……?」


 しかし、そうして満足しきったヨシヤが戻って見たものは、ジェラシー全開の、あっちゃんによる撫でろという圧と、それに続く蟻たちの行列なのであった。


 ▼じゅうにんが ふえたよ ! やったね !!(テテレッテレー)

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