第15話

 ヨシヤはマーサに両手で石を持ってもらい、彼女の前に跪くようにして手を組み、ハナの顔を思い浮かべていた。

 祈ると一口に言っても、どうすればいいのか彼にはさっぱりわからなかったのだ。

 ヨシヤは神を信じる人々を否定しないが、彼自身は特になにかを信じているわけでもない。

 心霊番組があれば見て慄くし、年末年始や折りに触れては神社仏閣を拝みに行くし、おみくじを引いて一喜一憂だってする。

 クリスマスだって楽しむし、イースターやハロウィンだって楽しむ派だ。

 だがこれといって決まった宗派があるわけでもなく、葬式の時はどう振る舞えばいいのかいつも戸惑う側だろう。

 まあ四十歳にもなれば、無難な対応も身についているのだがさすがに自分の妻を神とした宗派で祈り方を問われると、気持ち的にも複雑なものがあるのだ。


(いかん、集中集中……)


 マーサとお腹の子供を救いたい、その気持ちを込めて。

 ヨシヤはそっと目を閉じた。

 

 するとどうしたことだろうか。


 目を閉じているはずなのに、ヨシヤには色々なものが見え始めたのだ。

 そのことに思わずハッとして勢いよく顔を上げ、マーサの腹部に視線をやれば夫妻も急にそんな動きを見せた彼にびくっとした。


「ど、どうかなさいました……?」


「あ、いえ」


 ヨシヤはなんでもないと言いつつ、じっとマーサを……彼女の膨らんだ腹部に視線が釘付けになっているのを自分でも理解していた。

 彼には、見えたのだ。

 彼女の胎内で二人の子供達が苦しんでいる姿が。


(なんだっけ、あの逆さまになる……逆子さかごだっけ。それに、あれがへその緒……? あれがなんだか、変な感じだ)


 ヨシヤは自分に子供がいないため、エコー写真などはテレビで見た範囲でくらいしか知らない。だがそんな知識の乏しい彼でも様子がおかしい、そう思うようなビジョンが頭の中に飛び込み今も焼き付いている。


『ヨシヤさん』


「えっ、イテッ!?」


 どうしたらいいのかわからず固まるヨシヤの脳内に声が響いて声を上げかけたが、チクリと首元で痛みを感じてそちらに思わず意識がいった。


「ど、どうしました!?」


「あ、す、すみません。どうやら蟻に首を噛まれたみたいで」


「それは大変だわ、大丈夫ですか?」


「いえ……あの、大したことはないですから」


 慌てて首元に手をやった彼の掌には、小さな……普通サイズの蟻だ。

 どこにでもいるような、だけれど彼にはその違いがわかる。

 それは彼の眷属だから。


(ち、ちちちち小さくなったね!?)


 それはそれで本来の虫過ぎてヨシヤにとってはパニックの元なのであるが。


 蟻は小首を傾げるような動きを見せたかと思うと、ちょろちょろとヨシヤの袖の方へと行ってしまった。


『ヨシヤさん、その蟻は私の声を伝えてくれているのよ』


 どうやら伝令の役目を担う蟻らしい。

 一体全体、何がどうなっているのかヨシヤにはわからないがこれこそまさに神がなせる業というものなのだろうか。


『ヨシヤさんが祈りを捧げたことで、私にも彼女の様子が見えました。いい? 適当によさげな祈りの言葉を唱えながら彼女の手に触れて。本当は他の女の人に触っちゃったりするのはちょっぴり嫌だけど、まだ私とヨシヤさんは弱すぎる存在だから接触がないと救いを与えられないの』


「……」


「ヨシヤさん?」


 黙り込んだヨシヤに、リチャードが心配そうに声をかける。

 その顔をじっと見つめて、ヨシヤは彼の手を掴んだ。


「どうか、俺に、力を貸してください!」


「えっ、え……?」


「今、今お告げがあったんです!」


「えっ」


 お告げ、そう言ったヨシヤにリチャードとマーサは顔を見合わせる。

 ぶっちゃけ胡散臭いことになったと思っているのが表情を見れば一発でわかる。

 それでもヨシヤはそこで引くわけにはいかなかった。


「マーサさん、貴女のおなかには、双子のお子さんがいらっしゃいます」


「ええっ!?」


「他の妊婦さんに比べるとお腹が大きいとは言われましたが……本当に?」


「はい、そしてその双子の一人が逆子で、へその緒がなんだか……ええと……とにかく、良くない状況らしいんです。女神様は仰いました。そのご神体に触れ、祈りを捧げよと」


 リチャードとマーサは顔を見合わせ、だが意を決したように頷いた。

 夫妻からすればかなり奇妙な行商人といったところだろうが、受け入れてくれた様子にヨシヤはほっとして思わず涙がにじむ。


 マーサが意を決したように石を両手で抱えるように持ち、ヨシヤがその手に重ねるように手を添えた。

 そして視線でその上からリチャードに手を重ねるように訴え、リチャードもそれに従う。


「お二人の気持ちを、女神様に伝えます……!!」

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