第9話
しかしながら、いつまでも蟻たちの協力を得てジャングルの恵みで暮らす生活ばかりはしていられない。
ヨシヤはハナと共に考えなければならない時期に差し迫っていた。
というのも、大体体感で言えば正直なところまで一ヶ月も経っていないのだろうが、夫婦二人きりの生活に不満があるわけでもない。
蟻たちの数は正直もうわからないが、ヨシヤに気を遣っているのかあまり大勢が巣穴から出てくる様子もないこの生活は意外と穏やかで好ましい。
特に時間に急かされることなく夜になったら眠り、目が覚めたら蟻を連れて外に行き、彼らが持って帰ってきたものを分けてもらい、妻とのんびり食事をし、夜になれば寄り添って星空を見上げ、温かいお茶を飲みながら就寝まで語らう……まさしく夢に描いたようなスローライフ生活ではなかろうか。
これで畑があれば自分で育てた野菜も食べられるし、川があれば魚だって釣れるかもしれない。
(まあ、どっちにしろ虫に触れない俺にできるのかって言われたら無理だからいいのか)
とはいえ、いつまでもテント暮らしは正直そろそろ脱したいところではある。
あっちゃんに手伝ってもらえば草を編んで家のようなものは作れるかもしれないが、いかんせあっちゃんにとっての家とはつまり巣穴なので、そこは期待できない。
じゃあ自分たちでとも思ってはみたものの、正直ヨシヤは大工ではないのでぶっちゃけ無理である。
電機会社に勤めていただけあって、エアコンの設置だとかブレーカーの修理だとかそういうのは得意だったが、じゃあ一から作れるのかと問われると異世界でどうしたらいいのかっていうくらいだろうか。
正直な話、今のヨシヤでは異世界の知識云々は全く関係がない状態だ。
今は妻で女神であるハナの神域で、眷属となったあっちゃんの子供達……つまり働き蟻たちに養ってもらっているような状態であった。
それはそれでまあ、贅沢を言わなければ十分な暮らしが出来ている。
外に出ればジャングルなお陰で食料に困ることはないし、水だって手に入る。
屈強なモンスターたちも女神の加護を受けた蟻たちが群れをなしていれば、そう襲ってくることもなかったので採集もし放題。
「でもなあー……」
問題は、その暮らしを続けるためにはハナのレベルを上げないといけないということであった。
ヨシヤはいい。
蟻と一緒に行動していれば経験値をおこぼれでもらってレベルアップしているのだから。
だがハナはそうもいかないのだ。
「信者……信者の獲得ねえ……」
「あら、どうしたのヨシヤさん。頭なんて抱えちゃって」
「ハナ、洗濯物終わったの?」
「ええ、あっちに干してきたわ」
「そうか、ありがとう」
女神になったというハナは、ヨシヤが元いた世界にいる時と何ら変わらない。
洗濯をし、美味しいご飯を作ってくれ、出かけるヨシヤを『いってらっしゃい』と笑顔で送り出してくれ、戻れば『お帰りなさい』笑顔で出迎えてくれる。
会社勤めであった頃に比べれば一緒にいる時間は新婚の時以上に長くなり、二人っきりで過ごしても今なお幸せである。
「この幸せを、どうやって守ろうかなと思って」
「え?」
「ハナと一緒にいられてとても嬉しいんだけどさ、ちょっと予定よりも早く退職をしたと思えばいいんだし……でも、ハナも言ってただろう? 信者がいないと神としてなりたたないって」
「……ええ、そうね」
元々の目的は信者獲得のために動くヨシヤのために眷属であるあっちゃんが存在するのである。
生活補助のためではない。決して。
ただ、蟻さん達が有能なものだからあれもこれもと手伝ってくれて、加護のおかげなのかしっかり知能マシマシな彼らは最近では洗濯ものを干すことを手伝ったりなんだったら洗濯もしてくれる有能さを見せてくれているので若干ヨシヤは自分が役に立っていないのではと不安になるのだ。
もしや、信者獲得も蟻さんがいればなんとかなるのでは……?
そのレベルで今、ヨシヤたちの生活は蟻たちによってサポートされているのだ。
「本来は俺が外に出て現地の人と接触して、ハナの……妊婦の神様に助けを求める人を見つけて信者を増やすってことだよなあ」
「そうね、単純に言えばそう」
「そんでもって、信者が増えないとハナは神様として一旦リタイア。となると、俺も一緒」
「ええ」
「……そうなったら、一緒ってわけにはいかないんだろうなあ」
ヨシヤは自分で言って落胆する。
今二人でいられて、慌ただしいけれど新鮮な――それこそ、新婚の頃のような二人だけの日々を送れていて幸せであるからこそ感じた落胆だ。
「そうだよな。俺はハナと幸せになるって決めて結婚して、離れ離れになりたくないから一緒に異世界にも来たんだ」
「ヨシヤさん?」
「決めたよハナ! 俺は、人を探しに行こうと思うんだ……!!」
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