第8話

 それからは案外平和な日々だった。


「……平和だなあ……」


「ヨシオさーん、パンケーキ焼けたからあっちゃんたちにお裾分けしてくれるー?」


「おー」


 テント暮らしは変わらない。

 というか、異世界に来てまだ体感ではあるが一週間ほどである。


「あっちゃーん? うーん、もう深くなったから聞こえないかなあ……?」


 神域も随分と変化した。

  

 まず、蟻の巣が出来たのだ。

 始まりはあっちゃんが作り上げたのは簡単な洞穴というか、草を編んだテントのようなものであり、そこに卵を置いてせっせと世話をしていたのだ。


 気がつけば卵は一個だったものがその日のうちに十個になっており、夫婦揃って良かったねとあっちゃんに言いつつ持ってきた食料の一部を差し入れすれば、喜ばれたようだった。

 ヨシヤとしてもハナとしても、卵をあっちゃん越しに見て『これが一斉に孵るのか……』と思うと若干の不安を覚えたりもした。

 虫の子育てについて彼らはまるで無知であったから。


 だが神様の加護というのが良かったのか、それともあっちゃんが元々モンスターであったことが良かったのか、なんと卵は翌日に孵ったかと思うとその夜にはもう蟻らしい姿になり、あっちゃんよりは一回り小さいもののしっかりとヨシヤに対して敬礼してきたのだ。


 そう、蟻が敬礼してきたのだ。十匹も。


 差し入れのカンパンと桃缶を落とすかと思った出来事であった。


 そしてそこから生活環境がぐっと改善した。

 なぜならば、まずあっちゃんたちの巣穴を地下へと広げる蟻が六匹。そして外に探索へ行く蟻が四匹と分かれたのだ。

 勿論、ヨシヤに許可を求めるような行動をしたので彼も同行した。帰って来られないとあっちゃんが泣いてしまうかもしれないので。

 そもそも蟻が泣くかどうかは知らないが。


 ヨシオは何もしなかった。

 そう、本当に何もしなかったのだ。なんなら外に出てから一歩だって動いていない。

 四匹の蟻たちは一匹がヨシヤの護衛に残り、三匹が三方向へと散った。

 そして目を丸くしている彼が行動するよりも前に、蟻たちはそれぞれに戦果を挙げて戻ってきたのである。


 まず一匹目は、ちょっとどうやって狩ったのか怖くて聞けないほどビッグサイズの蛇を。

 そして次の二匹目は、なにやら綺麗な石を咥えていた。

 三匹目はどうやったのか未だに謎であるが、巨大な葉っぱに色とりどりの木の実を包んで持って帰ってきたのだ。


 そして呆然とするヨシヤに帰ろう帰ろうと急かすようなジェスチャーを見せる蟻たちに押されるようにして戻ったのだ。


 蟻たちはそれから日々順調に数を増やしているようだった。

 あっちゃんは定期的に顔を出してヨシヤとハナに挨拶をしてきては撫でてもらおうとすり寄ってくる。

 どう見たって蟻だが、意思疎通が出来て懐いてくれていることにヨシヤは大分愛着が湧いていた。


 子蟻たち(?)もヨシヤの体力都合もあるので日々、時間を決めてではあるが探索に行ってはあれこれと拾ってきたり狩ってきたりしてくれるので、食材には困らない。

 ちなみに時折拾ってくる綺麗な石は鉱石だった。使い道は今のところないので、一カ所に集めてある。


「……多分、あれ、綺麗だから私たちが喜ぶと思っているのよね……?」


「だと思うんだけどなあ……」


 パンケーキのお裾分けを巣穴から顔を覗かせた働き蟻が敬礼しながら受け取ってくれた。

 もう見慣れてなにも思わなくなったが、器用だなあとヨシヤは毎回思う。


 蟻たちは成果を一旦巣に持ち帰り、そして夫婦のテントまで磨いてから献上してくるのだ。その方法はわからないし、知らない方がいいこともあると思う。

 ちなみに初日の探索で得た蛇肉は美味しそうな部位をくれたので、多分気を遣ってくれているものと思われる。

 果物は全部ハナあてだったようだ。


 そして日々のお散歩という名の蟻部隊による探索のおかげなのか、彼らの契約者であるヨシヤのレベルは爆上がりであった。

 ハナによればあくまでステータスやレベルというものはヨシヤにわかりやすくしただけであって、上限というものはないらしい。

 人間ならばあったかもしれないが、今のヨシヤは神の眷属であるので。


(……今でも実感ないんだよなあ)


 レベルが上がって魔力も増えて、あれこれとどうやら魔法らしきものも覚えた。

 どうやら体力も増したらしいし、確かに走る速度も上がった気がする。


 しかし。


(……体重は、減ってくれないんだ……?)


 力の数値が増したなら筋肉が増えているのだろうかと思ったが、どうも違うらしい。

 中年太りの悲しい腹回りをそっと摘まんで、ヨシヤはこっそりとため息を吐くのだった。

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