第10話

 ヨシヤの覚悟を元に、信者を求めて活動を行う――そう夫婦で話し合った結果、まずはジャングルを抜けるべきだという結論に至った。

 そもそも何故神域を出たらジャングルだったのかと言う問題だが、この世界で神として生まれ落ちたものは基本的に神域から出られない。


 そのため、代行者としての眷属が神には必ず一人与えられるのだが、今回ハナが神々を束ねる大神に頼み込みヨシヤを連れてきた。

 人の多いところでいきなり活動するよりも、この世界についてハナと二人学んでから行動するべきであろう……という親切心の元、人里離れたジャングルへと彼らは送られたのだ。


「え、神域って他の人間が入ってこられないなら別に町の近くでも良かったんじゃないの……?」


「う、ううん……大神様のお考えだから……」


 ヨシヤの素朴な疑問に、ハナはそっと目を逸らすばかりだ。

 大神という存在については、神である彼女もよくわからないらしい。

 ただ言えるのは、この〝世界〟を作り出した神であり、他の神々と違い交代することなく、そして神々を管理している存在のようなもので基本的に干渉はないということだった。


(まるでゲームマスターだな?)


 大神とやらがゲームを円滑に進行するための役目で、神々はプレイヤー、そして眷属は駒。信者をいかに獲得し、領土を増やす……そして領地、あるいは信者を得られなかったプレイヤーは負けとなり退陣する。

 そんなゲームにも思えてヨシヤはぞっとした。


(俺たちはとんでもないことに巻き込まれているんじゃないのか?)


 これはなんとしてでも信者を獲得しなければ、愛する妻の安全を守るためにはそれしか今のところ方法がない。


「それでね、ジャングルを抜ける方法なのだけれど」


「あ、うん」


「……神域の入り口をとりあえずガマグチにしてヨシヤさんに持たせたけれど、正直この世界がファンタジーの世界ならちょっと似つかわしくないわよね……?」


「まあ……そうだよね……?」


 こちらに持ってきたモノをそのまま使ったので、ハナ愛用の小銭入れを神域の出入り口ポータルとして設定したという話なのだが、やはりヨシヤもそこは気になっていた。

 なにせ女神なんて存在が目の前にいて、魔法もあればモンスターが存在する世界だ。


 剣と魔法のファンタジー世界、そう来ればさすがに和柄の可愛らしいガマグチは異彩を放つに違いない。


「でもそれ言い出したらこの作業着とか、ポロシャツとかも変だと思われないかな……」


「そこで! ちょっとだけお願いしてみたら先輩神様方の中で親切な方がいて、現地の服をもらえたのよ! ちゃんとXLサイズ!!」


「うわあ」


 XLサイズとかあるんだ……そう呟いたヨシヤをよそにウキウキした様子でハナが取り出したのは、チュニックにズボン、それから短いマントらしき布にブーツだった。

 そして、革袋が二つ三つ。


「えっとね、これは水を入れる革で出来た水筒で、こっちは薬草とかを入れるような袋、それからこの大きな袋は道具などを入れる袋なんですって。腰に下げたり、革紐で斜めがけしたりして使うのが一般的だそうよ」


 どうやら服と一緒に手紙も入っていたようで、それを見ながら説明するハナにヨシヤは頷いた。

 ヨシヤはハナに言われるままに腰につけたベルトに小さな革袋を二つぶら下げ、少し大きめな袋は紐をつけて斜めにかける。


「うんうん! 似合うわ!!」


「はは、そうかい……そりゃよかった。で、服装はまあどうにかなったわけだけど……肝心のジャングルからはどうするんだい」


「え? それはヨシヤさんがジャングルの中を進まないと……蟻たちに出入り口を持たせても口を開けられないと、到着したかどうかもわからないでしょ? 強い敵に出会わないとも限らないし」


「えっ」


「えっ」


 さも当然と言わんばかりに告げられたその事実に、ヨシヤは驚愕した!


 だが言われてみれば当然だ。

 神域への出入り口を蟻に持たせてジャングルを抜けさせればいいだろうと安易に考えていたものの、途中で強敵に出会ってその蟻がやられてしまう可能性もあれば、ジャングルを抜けたところで人間からしてみれば珍しいモンスターが人里に近づくので警戒対象になってしまう。


 しかもなにもないタイミングならまだしも、そんな緊迫した状況でヨシヤが確認のために外に出れば一発でアウトの予想しか出来ないのだ!

 となれば、当然ヨシヤが出入り口を持って蟻たちと共に行動するというのが現実的な話である。


「う、うう……ううう……」


 正直ジャングルの中を歩くというのは、ヨシヤにとって苦痛であった。


 なぜならば、虫が多いから。

 それに尽きるのである。


 普段の朝散歩(?)も神域から出た後、護衛蟻とその場で待機していただけなので恐ろしい虫の姿は見ていない。だからできた。

 だが彼は知っている。


 初めてジャングルの中に降り立ったその時に、彼の背丈よりも遙かにでかいオオムカデがいたことを。

 蟻を襲った巨大な蜂がいて、それよりもでかいヤツが空を飛んでいて目を逸らしたことだってある。

 蟻たちが持って帰ってきた巨大な芋虫がいて、それも見なかったことにしただってあった。


 要するに、信者獲得の前に人里に行く。

 ただそれだけの話なのだがヨシヤにとってそれは、超難関のクエストになったのだ。


(ど……どうする!?)


「ヨシヤさん」


「うん! なんだ!?」


「ありがとう」


「えっ」


 はにかむように、ハナが笑った。

 それを見て、ヨシヤは顔を引きつらせるが彼女は気づいていないようだ。


 彼女の周りには期待しているかのように蟻たちが待機しており、つぶらな瞳で彼を見つめている。主の命令を待っているのだ。

 その無垢な眼差しに、ヨシヤは引きつりながらもなんとか笑みを浮かべてみせた。


「一緒に来てくれて、今後のことを考えてくれて……いつだってヨシヤさんは私の味方をしてくれるから、救われているわ」


「ハナ……」


「私、まだ女神として未熟で……神域ここでご飯を作って待っていることしかできないけれど」


「十分だよ!」


 ぐっと妻の手を握ってヨシヤは気合いを入れる。

 心の中では恐怖で涙を流しつつ、それでも彼にはもう引き返す道などない。


 なぜなら、いくつになったって男は好いた女の前でカッコつけたい生き物なのだ。

 もう既に情けない姿は数多見られていて、みっともない姿だって知られているとはわかっているが、それでも男にはやらねばならぬ時がある。


 ヨシヤにとって、今がまさにその時なのであった。


「よっしゃ! 目指すぞ人の町!!」


 ぐっと握りしめた拳を天高く突き上げれば、呼応するかのように周りの蟻たちもまた前足を空へと向けるのであった。

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