第3話
蟲使い。
それがヨシヤに授けられた職。
だが能力的に最適だとしても、生理的に無理!
彼にしてみれば、そこに尽きるのである!!
妻のハナもそれは重々承知しているため、この状況に頬を引きつらせているではないか。
極小サイズの蜘蛛やハエでさえ必死の形相でうちわを仰ぎ、なんとか外に追い出そうとするヨシヤの姿を何度目にしては代わりにハナが退治し、片付けてきたことか。
そんなヨシヤの最適職が『蟲使い』というのはこれ以上無い皮肉なのであった。
「い、今から変えられない……?」
さすがの現実にイイトシをしたおっさんも涙目である。
妻のために頑張ろうと思っているのは本当だ、だが虫問題は別である。
克服困難なのだ。今までだって頑張らなかったわけではない!
だが足が六本だったりうねうねしたり、なんだったらこっちに向かって飛んでくるとかあり得ない。
中には毒を持っているヤツだっているし、できれば関わり合いになりたくない。
結論からいえば、克服できずにこの年齢まで来たのだ。もうどうしようもなかった。
「ヨシヤさん……」
ハナが申し訳なさそうに俯いた。
その様子で、無理なのだと察したヨシヤも俯いた。
二人の落ちた視線の先には、それぞれのコーヒーカップ。
もう、すっかりコーヒーは冷めていた。
「これは……これはそうよ、試練だわ!」
「は?」
二人の間に起きた沈黙を、吹き飛ばすかのようにハナが立ち上がる。
その拳は握りしめられ、気合いの入った様子で彼女は鞄を漁ったかと思うとタッパーに入った冷やご飯をラップでくるみ、唐突におにぎりを作成していた。
「は?」
それに理解が追いつかないのが、ヨシヤであった。
当然だろう。
これからこの世界で生きるに当たって、どうやら妻の代理に色々活動すべき『眷属』とやらになったことは理解した。
彼女の発言を整理して考えれば、信者がいないと神は存在できないことになる。
そうなると夫婦の将来を考えれば、信者獲得のための布教活動が必要。
布教活動に神自身が行動するとは考えにくいので、そうなると『眷属』とやらが布教活動をするのが妥当なのだろう。
(つまり、営業で売り込みにいけば良いんだよな?)
そのために活用すべきが『職種』からの特殊能力だったというのに、それがまあ皮肉にも苦手なものだったんだからしょうがない。
じゃあどうするか、だったのだが……まさかそこで妻がとった行動が『おにぎりを作る』だとは想定外すぎた。
「え、ハナさん? なにしてんの?」
「はい! ヨシヤさん、食べてちょうだい!!」
「いや、なんでおにぎり? ありがとう?」
「中身はちゃんとヨシヤさんの好きな肉そぼろだからね!」
差し出されたのは、白いおにぎりだった。つやつやして美味しそうだ。
冷やご飯とはいえ、愛する妻が作ってくれたものを受け取らないという選択肢はヨシヤにはなかった。彼は愛妻家なのだ。
「いやうん、ありがとう。好みを考えてくれるのは嬉しい。でも、なんでこの場面でおにぎり? あとあるなら海苔もほしいかな……」
「ごめんなさい、海苔は持ってきてないの。それでね、私も考えたのだけれど……職種を変えることはできないわ。ごめんなさい、私の神としての力が弱いばかりに……」
しょんぼりする妻に、ヨシヤも何故か一緒に肩を落とす。
そもそも自分が虫嫌いでなければこんな事にならなかったのになあと自己嫌悪に陥ったのだ。
だが、そんな彼をよそにハナがきっと何かを決意したように顔を上げ、おにぎりを持ったヨシヤの手をそっと包んだ。
「でも、あなた昔から生き物のお世話をすると愛着を持っちゃうタイプだったでしょう?」
二人が以前暮らしていたアパートは、ペット不可だった。
彼らが暮らす地域ではまだまだペット可の物件は値段が高く、いつか定年を迎えた時に豪勢な旅行をするために節約をしていたためそこは仕方がないと諦めていたのである。
だがヨシヤもハナも動物好きだった。
そのためよく動物園に足も運んだし、ご近所のペットも可愛がったし、地域猫の面倒だって率先してやっていた。
ヨシヤがダニに慄きながらも野良猫たちを捕まえて、定期的に動物病院に連れて行く姿をハナも微笑ましく見守ったものだ。
「だから、いっそのこと一匹捕まえましょう」
「いっぴきつかまえる」
「虫を一匹捕まえて契約して、それを私のところまで連れてくればあなたの眷属化も行えるわ。そうすれば虫の姿も変わって、ヨシヤさんが怖くない姿になってくれるかも……いえ、きっとそうよ! ワンチャン賭けましょう!!」
「わんちゃん」
おにぎりには女神としての神力が加えられていて、ちょっとした守りの効果が得られるのだとハナは説明してくれた。
回らない頭でおにぎりを
異世界生活って、ハードなんだなあ……と。
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