第5話 ホムンクルスの目覚め

……はあ、しょうがないか……。


 ホムンクルスを魔核に戻す事も考えたが、止めた。

真っ更に戻すにはそれなりの労力と時間がかかる

そもそも一度情報を書き込んだ後で再度別の人物のコピーが可能かどうかまで検証はしていない。

そもそもアデリナの髪を手に入れる絶好の機会はもう無い。

成人の年だから大々的な誕生祭が開かれた訳で来年も同じチャンスが得られるかは微妙だ。

18歳のアデリナは既に公務についている。

それに伴って講師陣も入れ替わって俺の教師としての役割も既に終わっていた。


 魔力槽から目覚めの刺激を与えて俺はエリーザ王女の複製をゆっくり持ち上げる。

18歳の時の非力な体だが少女の体はそれよりも幼く小さいので何とか持ち上がった。

少女は持ち上げられた感覚で気が付いたのか目を覚ました。

そして俺の首にゆっくり手を掛けて抱き着いてきた。


「わ、ちょっと!」

「ご主人様?」


 いいのかな? 何でこんなに警戒心が無いのかな? などとは思わない。

それがホムンクルスだからだ。

「人体のかけら」からその人物の情報を読み取り、コピーする。

その過程においては肉体以外の情報も同様に複製される。

記憶・経験全てだ。

このホムンクルスもオリジナルと全て同じ情報が詰まっている。

当然エリーザ王女の記憶も持っている。

違うのは、情報を付け加えている部分だけだ。


 まず第一に自分自身が複製されたホムンクルスであると理解している事。

そして第二に俺を創造主と認識して服従する事の二点である。

培養器に俺の望む様に記憶暗示する魔方式が書かれていた。

研究の成果である。


「う、うん。そうだけど。」

「初めまして、ご主人様。いえ、初めてじゃないですね。先日王宮でお会いしました。」


 もちろんそれは本物のエリーザ第二王女の記憶である。

殆ど話した記憶は無いのに向こうが覚えているのは意外だった。

俺はアデリナ王女の家庭教師ではあったがエリーザ王女とはほとんど絡みは無かったからな。


「覚えてるのかい?」

「はい、覚えてますよ。だって周りをきょろきょろしていかにも不慣れって感じなんだもの。」

「そ、そうか。」

「結構目立ってましたよ? 少なくとも私には。」

「はは……ちょっと緊張してたからね。」


 意外と鋭く観察していた事に驚く。

それにしてもあの時の俺はちょっと挙動不信だったか。

王女の髪を一本拝借する事ばかり考えていたからな。


「ところでマスター?」

「うん?」

「何で私を複製したんですか?」


 いきなりズバッと来たな。さて、どう答えたものか。

まさか、君の姉を複製しようとしたけど間違って君を複製したよなどとは言えない。

ホムンクルスでも感情はあるし傷つくだろう。

本物の人間との違いは体内に『魔核を持つ事・成長しない事・基本命令を植え付けている事』だけだ。

それ以外は本物と変わらない。

限りなく人間に近い存在なのだ。


「それは……。」


 間違えたんだよとは言えなかった。

代わりに口をついた言葉は、


「まあ、可愛かったんで。つい。」


 嘘ではない。実際これほどの美少女は早々お目にはかかれない。

すっぴんとは思えない程、整った顔をしている。

だが言った内容に後悔した。

なんて言いぐさだ。これじゃ幼女趣味のヤバい奴だ。

尤も実年齢は94歳なんだから、たとえアデリナの場合でもそうなのだが。


 だが俺にはそのケは無かった筈だ。

どちらかと言えば肉感的な女性の方が好きだし。

しかし、俺の言葉を聞いた途端エリーザ王女の複製は極上の笑顔を見せた。


「嬉しいです! そんなに思ってもらえて。」


 え? いいの?

いくら何でも年が違い過ぎるし、普通変態と思われるんじゃないの?

主人バイアスが余分に掛かっているのかな?


「ところで、マスター。」

「あ、ああ、何かな?」

「私の名前、変える必要があるんじゃないですか? 同じ顔の人が居たと分かったら大変だし。」

「そうだな。……じゃあ、君の名前は、う~ん……エリザでどうかな。」

「エリザ、ですか? 何かそのままですが。」

「だ、駄目かな?」

「いえ、マスターがくれた名前ですし。でも後々の事を考えるともう少し違う方が……。」

「じゃあエリカは?」


 どうもあまりしゃれた名前が思いつかない。

結局似た名前を口にする。


「わかりました、使い慣れた名前の方に似ていた方がいいかもしれませんしね。」


 エリカはそう言ってまた笑顔を見せた。

結局ひねりも何もない名前になった。

そんな事より、これからどうなるんだろう。


はあ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る