第6話 困惑
カフェの前まで行くともうすでに桂が待っていた。
「ごめん。待たせちゃった。」
「僕も今来たところだから、気にしないで。とりあえず、中に入ろっか。」
桂はカフェを開けて私が中に入るまでドアを手で押さえてくれた。カフェの店内では、すでに加湿器がついていた。桂があらかじめつけてくれたのだろ。
「適当に座ってていいよ。何か飲みたいものとかある?」
私はカウンター席に座り、桂は上着を椅子に掛けて、袖をまくってキッチンの中に入った。
「水でいいよ。今、お金そんなに持ってないから払えないし。」
「お金は気にしなくていいよ。僕のおごりだから。それに月樹に僕がいれたコーヒー飲んでほしいんだ。」
「じゃあ、お言葉に甘えてもらおうかな。」
つい見栄を張ってコーヒーを飲むといってしまったが、私がコーヒーを飲めるはずもない。でも、今更そんな事を言えるような性格でもないからここは頑張って飲むことにした。
「そうだ。最近ラテアートの練習してるんだけど、作ってみてもいい?」
「えっ。桂、ラテアート出来るの?すごいじゃん!見てみたい!」
桂は嬉しそうな顔をしながら、手慣れた手つきでハートを作ってくれた。そして私の前にそっと置いてくれた。
「まだ、初心者だから簡単なものしか出来ないけど、これでも上手くなった方なんだよ。」
桂は照れ臭そうに言った。作ってくれたハートはSNSでよく見るラテアートのように綺麗だった。
「すごくきれいだよ。ありがとう。」
私は、桂が作ってくれたラテアートを眺めた後、コーヒーカップを両手でつつみ、そっと口に運んだ。
「どう?おいしい?」
桂は心配そうに私をのぞきながら聞いた。
「すごくおいしいよ。」
桂はほっとした表情を浮かべ、キッチンからカウンター席に移動して私の横に座った。それからの私達はカフェラテを飲み終わるまで他愛のない話をした。
カフェラテを飲み終わると、桂が後片付けをしてくれた。至れり尽くせりなのが申し訳ないが、手伝うとすると桂が「月樹はゆっくりしてて」と止められる。
「そういえば、僕に聞きたいことがあるって言ってたよね?」
そう言われてようやく私はここに来た本当の目的を思い出した。
「2階に来てもらってもいい?」
私は桂と2階にある和室部屋に来た。本当に南京錠のかかった箱があるか不安に思いながら、スマホのライトを使って私は押し入れの中を探した。奥の方に小さな箱が隠されるように置いてあった。
本当にあった……私は黒猫が嘘をついているのではないかとまだ疑っていたため、本当にあったことに驚きが隠せず固まってしまった。
「月樹、大丈夫?」
「うん、大丈夫。」
私は小さな箱を片手に持ち、押し入れの扉を閉めた。手に持っていた小さな箱を近くにあったちゃぶ台の上に置いた。
「この箱についた南京錠の番号を知ってたら、教えてほしいんだけど、知ってるわけないよね?」
私は黒猫の言っていたことがまだ信じられず、冗談めかして桂に聞いた。
「……知ってるよ。」
「だよね、知ってるわけ。って、え!知ってるの?」
私は驚きすぎて、ついノリツッコミをしてしまった。
「なんで、知ってるの?」
「小学生の頃に一度開けちゃったことがあって、その時に間違えて違う番号にしちゃたんだよね。それをそのままにしてたの今の今まで忘れてたよ。…でもよく分かったね。僕なら分かるって。」
「……たまたまだよ。」
まさか、本当に桂が知っているなんて、あの黒猫はどうしてそこまで知っているんだ。聞いたところで教えてはくれないだろうけど。
「それで、4桁の番号って何?」
「0313だよ。」
私は南京錠の番号を0313にした。錆びていて開けずらかったがなんとか開けることが出来た。そういえば、0313ってどこかで聞いた事がある数字だけど何の数字なんだろう。
「桂、0313って……」
その時、ちょうど桂のスマホが軽快な音楽を鳴らした。電話がかかってきたようだった。
「ごめん。月樹電話出てくるね。」
「あっ、うん。」
そのまま桂はスマホを片手に下に降りて行った。
「開けないのか。」
横から急に声がすると思ったら隣には箱をのぞく黒猫がいた。
「びっくりした。急に現れないでよ。」
「だいぶ前からいたぞ。気づかなかった君らが悪い。」
相変わらず黒猫は遠慮のない口調だ。私はそんな黒猫にせかされ、箱を開けた。箱の中には小さな水色の宝石がついた指輪と4つ折りにされている紙が入っていた。黒猫は指輪を魔法で取り、机の上に置いて眺めていた。黒猫の奇怪な言動は今に始まった事ではないので気にせず、私は中に入っていた紙を取り出した。そこにはこう書かれていた。
『願いを叶える指輪』
願いを叶える指輪。なんとも嘘くさい文言だが、黒猫があそこまで執着するということは本当に叶えてくれる指輪なのかもしれない。
「裏にも何か書いてある?」
私は紙を裏返した。
「……なにこれ?黒猫、これどういうこと。何か知ってるなら教えて。」
私は黒猫に鋭い声で静かに問い詰めるように聞いた。黒猫はいつもとは違う私に少し怯えながら私に近づいた。
「……何のこと?」
黒猫は私が持っていた紙をのぞき込んだ。そこには
『雨夜月樹の寿命残り184日』
と書かれていた。私の苗字は雨夜と書いてあまやというものだ。つまりここに書かれているのは私の寿命ということだ。
「……どういうこと。紙をよく見せて。」
黒猫は私から紙を奪い、紙の隅々まで見た。そして黒猫は固まった。
「ねぇ、とりあえず事情は後で聞くからその紙に書かれていることが本当なのかどうかだけ教えて。」
私は黒猫の方を見て淡々と聞いた。
「……本当のことだと思う。」
黒猫は下を向いたままで声は、はっきりせずだんだん小さくなっていった。その声は現実を受け止められていないように感じた。黒猫自身も困惑してるようだった。
「……わかった。」
その後少しの沈黙が続いた後、階段を上がる音が聞こえてきた。桂が電話を終えて階段を上がっている音だった。
「月樹、ごめん。この後用事が出来て、帰らないといけないんだけど、月樹はまだここにいる?」
「…うんうん。私も帰るよ。」
私は思っていたよりさっきと変わらないテンションで返事が出来た。何故か私は黒猫ほど困惑していなかった。現実離れしすぎてまだ信じられていないからかもしれない。
「じゃあ、送っていくよ。準備するから少し待ってて。」
「うん。ありがとう。」
桂は急いで下に降りて行った。
「黒猫は先に私の部屋に戻ってて、どっかにいなくなったりしないでよ。」
私は桂と話していた口調と打って変わって冷たい口調で言った。
「……分かってる。」
黒猫は小さくつぶやいた後、窓からいなくなった。
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