第2話 突然

 私の部屋には、久しぶりに自然の光が差し込んだ。多分、今は明け方だろう。暗かった空が、少しずつ光を取り戻していた。私の部屋は光に照らされ、小さなほこりさえ、輝きまぶしく感じられた。

そんな悠長なことを考えてしまいたくなるくらい、今私はありえない光景を目にしている。窓の前に毛並みの綺麗な黒猫が行儀よく座っている。黒猫の目は本物のアクアマリンのように綺麗で、吸い込まれてしまうように感じて目を離すことが出来なかった。しかし、それ以上に目を離すことが出来ないことがあった。黒猫の斜め左上に半透明の水色の煙をまとった石が浮いていたのだ。

私の見間違いなのかと思い何度も目をこすったが、その石は消えることはなかった。私はその光景に恐怖を感じた。きっとこの場面に遭遇した人間のほとんどは同じことを感じるだろう。しかし、それ以上に私は自分の中の好奇心がうずうずしているのを感じた。中二病を経験したことのある人間なら、共感してくれるだろう。自分が魔法を使えるようになって、この世界を救うそんな妄想を数えきれないほどした私にとってはようやく自分にもチャンスがまわってきたのかと心が躍っていた。私は、窓にそっと手を伸ばした。ここで、猫に逃げられたら終わってしまう。家庭科の授業で針の穴に糸を通す時のように窓を丁寧にゆっくりと開けた。その時の緊張ぶりと言ったら、好きな人に告白する5秒前みたいだった。もちろん、したことはないけれど。

黒猫は窓を開けたと同時に部屋に入ってきた。すると、石がコンクリートに落ちた音がした。私の部屋は一階だから、人に当たることはまずないだろう。黒猫はベッドの上に一度着地した後、椅子にとびのり、机の上で行儀よくまた座っていた。しかし、私はそんな黒猫をよそに黒猫とともに入ってきた、自然の風、自然の匂いに圧倒されていた。今の季節は秋ごろ、少し肌寒い気もするが、涼しい風が私の肌に触れた。ごく普通の秋の風。でも私にとっては、一年ぶりの風。一年という年月は私にとってはとても長かった。この一年は私にとっては十年近くに感じるほどだ。

「ゴホン……久しぶりの外に感動しているところ、悪いけど私の話を聞いてもらえないかな。」

「……猫がしゃ、しゃべった!!」

と私は渾身の演技を披露した。さすがにわざとらしかったのか。黒猫の表情があきれ顔になっている気がする。でも、こういう展開といえば、これを言っておかないと始まらない。これが醍醐味と言ってもいいくらいだ。

「はぁ、まぁいいや。ちなみに言うけど、君に魔法少女になってとか言うつもりないから。」

と、黒猫はあきれた声で言った。この黒猫にとっては魔法で人の心を読むのも簡単ってわけか。ってか、この黒猫態度悪くないか。勝手に人の家に入ってきたくせに、立派な不法侵入だぞ。どうせ、警察に言っても私がやばいやつだって思われるだけだろうけど。

「もう用事は済んだから、帰るね。」

そう言い残し、黒猫はそそくさと窓から帰っていった。

「一体、あの黒猫は何をしに来たのか。」

私は、さっきまで黒猫が座っていた机を見た。机の上にはパソコンとメモ帳とシャーペンがいつものように置いてあるだけだった。ちょうど日が昇り机にも光が差し込んだ。そのおかげで、机の上がよく見える。メモ帳をよく見ると何か書いてあるのがわかる。


『君のスマホは預かった。返してほしければ、今日の夕方六時にカフェに来い。』


「用事って、私のスマホを盗む事かよ!」

私は、驚きのあまり鋭いツッコミをしてしまった。黒猫のわけの分からない行動に困惑しながらも、私は驚くことに冷静に今の状況を理解することが出来ていた。一年も外に出ていない私には外に出ることはハードルが高いが、それでも、スマホには大事なデータがある。行く以外の選択肢は私には残されていないだろう。

、何故あの黒猫はここを知っているのか。たまたまなのか……」

私は、メモ帳に書いてある魔法の小屋という文字をなぞりながら、つぶやいた。魔法の小屋とは、昔祖父が営んでいたカフェだ。祖父はもう何年も前にこの世を去ってしまった。今は、お父さんの弟が後を継いでいる。祖父が病気になってから、私は祖父の弱くなっていく姿を見るのが怖くなって、行かなくなってしまった。あとから、とても後悔したがあの頃の小さな私は誰かが死ぬのを想像するだけで夜も眠れないほど心の弱い子だった。それは、今も変わっていない。むしろ昔よりも弱くなってしまった気がする。

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