第2話ツンデレはお弁当を食べさせたい
「やったー佐々木さんの前の席だ。しかも、陽菜ちゃんも隣だ」
「ウチは素直に喜べないわ」
「……」
始業式が終わった後に席をくじ引きで決めることになった。その結果、窓側の後ろ席から二番目に神崎と橘、神崎の後ろの席に佐々木となった。ちなみに佐々木の隣には誰もいない。クラスの人数が四十一人だったために佐々木が一人余ったのだ。
佐々木は席替えですらぼっちになったのだ。いつもならその方が気楽ではあった。隣の席の奴と仲良くできるとは到底思わなかったからだ。だが今回だけは違う。クラスには神崎がいるのだ。できれば神崎の隣になりたかった。
さらに憎むべきことに神崎の隣の席はあの橘だ。神崎と仲が良くて羨ましいアイツだ。佐々木は斜め後ろから橘を親の仇のように睨みつけた。
「佐々木の目が怖い。」
「陽菜ちゃん、あの鋭い目つきこそチャームポイントだよ。」
「佐々木に甘すぎるよ、佳奈は」
次の日の昼休み。当然のように神崎は一緒に昼食をとろうと橘と佐々木を誘ってきた。
「せっかく、この三人で近くの席になったんだから一緒に食べようよ」
神崎は二人に向けて最大限の笑顔を向けて声を掛ける。
しかし、それがうまくいくわけもなく。
「いやよ、絶対に嫌。なんで橘なんかと仲良くご飯食べなきゃいけないのよ」
「ウチだってアンタとメシなんか食ったら飯がまずくなる」
「驚いた。まさか、運動馬鹿にご飯のおいしさが分かる舌があるとは思わなかった
わ」
「アンタこそ年中ぼっちで友達と食べるメシのおいしさなんか分かんないでしょうが」
二人の相性はまさに最悪だった。片方は根暗毒舌、もう片方は快活毒舌。二人とも相手に配慮するということを今までしてこなかった人生を送っている。ここで矛を収めるという選択肢はどちらも考えてない。属性は正反対だけれども性根は同じの似た者同士である。
「喧嘩売ってなら買うわよ」
「ウチのことあんま舐めてるとそっちこそ痛い目見るぞ」
二人は互いの距離を鼻が当たるところまで近づけて脅しあいをしている。これでは完全にヤンキー同士の言い争いだ。それを証拠に他の生徒たちもビビッて動けなくなっている。
そして、この事態を引き起こした張本人はというと。
「わあ、ヤンキーみたいだあ」
他人事のスタンスでスマホで写真撮ろうとしていた。罪悪感や責任感は彼女の中には存在しないようである。
「残念だったね。陽菜ちゃん、陸上部の人たちとご飯食べることになって。二人が仲良くできるいい機会だったと思ったのに」
「まあ、橘とご飯食べなくて良くなったから私は嬉しかったけどね」
結果的に神崎と佐々木は二人の席をくっつけて弁当を食べることになった。
橘はあの後、陸上部の同級生に呼び出されて食堂で食べることになった。なんでも、部のメンバーの結束を強めるために今年から全学年が食堂で一緒に食べることなったらしい。
体育会系の部活の考えることは佐々木には理解できない。しかし、それのおかげで神崎と二人きりでご飯を食べることができた。そのことは陸上部の連中に感謝である。
「陽菜ちゃんと佐々木さんは喧嘩友達ってやつだね」
「何でそうなるのか」
佐々木は神崎の考えに呆れながら、弁当に入っていた卵焼きを食べる。佐々木の弁当は母親が作ってくれている。専業主婦でもないのによくこれだけ毎日凝って作るなと佐々木は感心する。弁当の中身は可愛らしくデコレーションされたおにぎりに、ポテトサラダ、小松菜のおひたし、から揚げ、ウサギ型のリンゴだ。作ってくれる母親には感謝しかない。
「佐々木さんのお弁当可愛いね」
「そ、そうかしら」
そういう神崎はというと焼きそばパンに噛り付いている。佐々木のイメージとは違い、いつもお弁当は持ってきていないようだ。
「佐々木さんが作ってるの?」
「違う。母親が」
「そうなんだ」
神崎はそう言って焼きそばパンの最後の一口を食べた。
「わ、わがままなお願いしてもいいかな?」
神崎は突然手をモジモジし始めた。若干顔色も赤い。そんな恥じらう様子を至近距離で見られる日が来るとは。これ以上の至福がこの世にあるのか。
佐々木は内心の興奮が表に出ないように努めて冷静に聞き返す。
「話によるわね。どんな内容なの?」
「卵焼き一口貰ってもいいかな? 嫌だったら無理しなくてもいいよ。でも、もし食べてもいいならもらいたいなあと思って。すごくおいしそうだし」
神崎は遠慮しているそぶりを見せつつも食べたい欲求が抑えらていない。愛らしい口から少しよだれが出ている。
「た、卵焼きを食べたいの! 私の弁当の」
好きな相手に自分の弁当の具材を渡すなんて恋人のする奴では。えっ、そんなことするの。頭を冷やせ。違うか。友達でもすることだ。落ち着け。佐々木は必死に脳内の妄想を押しとどめる。
「い、嫌だったよね。忘れてください」
神崎は佐々木の反応から嫌がられてること推測したようだ。神崎はションボリして下を向いた。
佐々木がかなり声を荒げたのだからそう思われるのも無理もない。
「私、嫌とは言ってないわよ」
それを聞いて神崎がパッと顔を上げた。
「じゃあ、食べてもいいってことですか」
「まあ、食べたないなら分けてあげないこともなくはない」
言い方が大変ぎこちないが佐々木にしてはこれでも素直な方だ。
「ありがとう!」
神崎が佐々木の両手を握ってきた。
「うっ」
二回も手を握られた。もしかして、神崎も自分のことが好きなのではとぼっち特有の早とちりをする。しかし、こんなことにいちいち興奮していたら神崎と友達にはなれない。佐々木はスキンシップに過剰反応するのは辞めることを決意した。
「どうやって、神崎に卵焼きをあげたらいいの?」
神崎はお弁当を持ってきていないので当然箸も持ってきていない。
「どうって、そのまま佐々木さん食べさせてもらうのかと思ってけど、違うのかな?」
「いわゆる恋人がやるやつのこと?」
「別に陽菜ちゃんにもしてもらったことあるしなあ。友達でもやるよ」
それは長年ぼっちであった佐々木には衝撃的な発言であった。友達というのは自分が思っていてよりもはるかに親密な関係のことを言うらしい。なぜ、橘は友達というだけで佐々木にあーんする権利を持っているのだ。悔しい。
「どうしたの、佐々木さん。とつぜん黙りこんで何かあったの?」
「いや、無性に橘がムカついてきただけ」
「佐々木さん、もしかして陽菜ちゃんに嫉妬してるの?」
「してない」
「嘘だあ。してるよ」
「してない」
「してる」
「ちょっとはしてる」
「やっぱりだあ」
神崎は佐々木が嫉妬してることを認めるとなぜか満足そうに笑みを浮かべた。ずるい。そういう顔をされると多少なりとも自分に好意があるのではと錯覚してしまう。
「じゃあ、佐々木さん私にたまごやき食べさせてくださいな」
神崎は口をあんぐり開けて食べさせてもらう気満々だ。
「本当にやるわよ」
佐々木はお弁当箱の中から慎重にお箸でたまごやきを取りだした。お箸が緊張で震えている。神崎の口はすぐ目の前まで来た。思い切って神崎の口に放り込む。神崎は放り込まれた卵焼きをゆっくり咀嚼した。そうっと佐々木はお箸を神崎の口から取り出した。
「美味しかった」
神崎はたまごやきを食べ終えて幸せそうに呟いた。
それを見た佐々木は神崎に本当に自分が食べさせたのだと実感した。この自分こそがやったのだ。橘になんかには負けないぞと誓う。それと同時にあることに気づく。神崎に食べさせたお箸をこれから自分が使うのかと。
「佐々木さん、お弁当食べないの? おなか痛いの?」
神崎の心配を完全に無視して佐々木は食べかけの弁当箱を閉じた。
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