ツンデレ少女の困りごと

りりん

第1話 ツンデレは天然に敵わない

 佐々木さくらは神崎佳奈に一年前の高校の入学式から恋してる。


 理由は入学式で佐々木の落とした鍵を神崎が拾ってくれたから。ただそれだけ。本当にそれだけでの理由で神崎に惚れたのだ。それでも理由をあえて付け加えるなら一目ぼれ。

 神崎は誰もが認める美少女だった。黒髪のボブカットに愛らしい顔立ち、男子の庇護欲をそそるような小柄な体格。けれども、決して幼児体型というわけではなく女性らしい丸みを帯びた体つき。

 そんな彼女にひとたび笑顔を向けられたら、どんな人間だって恋に落ちることだろうと誰もが思う。

 それはたとえ同性でも例外なく。



「うそ、神崎と同じクラスだ。これって私に都合のいい現実じゃないわよね?」


 今日は高校二年目のクラス替え発表。佐々木は玄関に張られたクラス表を見て一人でつぶやく。周りには友達と共にクラス替えに一喜一憂しているクラスメイトが大勢いる。だが、あいにく佐々木にはそんなことを共有する友達はいない。彼女の生来もっているツンデレ気質のせいで、小学校から友達は一人もいたことがないのだ。それを特に気にする性格でもないので問題にはならなかったが。


 佐々木にはそんなことより、これから一年神崎と同じクラスで過ごすことが受け入れられない。

「本当に同じクラスなのかしら?」

 佐々木はクラス表を隅から隅まで見渡す。やっぱり同じクラスであった。

「何度も見ても現実よね。まさか神崎と同じクラスなんて……。」

 なんて幸福なことだろうと。その言葉を佐々木はあやうく口にしかけた。危ない。 

 独り言とはいえ本人や周りに聞かれたら絶対不気味がられる。

 


「佐々木さん、同じクラスだ! これからよろしくね!」

 後ろから突然肩を叩かれ声を掛けられた。天使のように可憐な声の持ち主なんて一人しかいない

「神崎、私のこと覚えていたの?」

 あくまで佐々木は冷静に神崎に問いかける。もちろん、心の中では大パニックだ。


 どうして神崎があの日以来話したこともないのに自分のことを覚えているのとか?

 どうしてそんなに自分に好意的なのとか?

 どうして神崎は天使のように可愛らしいのとか?

 

 最後の疑問を除けば至極当然なものだ。もしかして、神崎が好きすぎて彼女を一目見るたび尾行していたのがバレたのだろうか? 佐々木は考える。その仮説にも不自然な点が残る。だって、尾行しているのがバレていたとしたら、この態度はいくらなんでもおかしい。

 

「入学式で見た時から、友達になりたかったんだよね。佐々木さんと! とっても凛々しくてカッコいいなあと思って。だから、佐々木さんと同じクラスになって、私スゴイ嬉しいよ!」

   

 神崎は満面の笑みを佐々木に向けて、今にもスキンシップができるぐらいの距離まで近づいてきた。神崎からしたらどうということはない行為だ。女友達の距離感からしたら特におかしいものでもない。しかし、その前提は友達同士だから成り立つものである。

 佐々木は神崎にそれ以上の感情を抱いているのだ。その距離感は佐々木にとっては毒そのものであった。

 

「ちょっと、神崎。距離が近すぎ! もう少し離れてもらえる?」

 ツンデレゆえに神崎に冷たい態度しか取れない自分を佐々木は心底呪った。こんな態度ばかりとっていたら神崎に嫌われるのもそう遠い話ではない。


「ご、ごめん。佐々木さん。わたし,よく人から距離が近いって言われてたのを忘れてたよ。ほとんど、初対面のようなものに馴れ馴れしかったね」

 その言葉に 佐々木の心は痛んだ。少しだけでも神崎のことが嫌いではないことが伝わるようにしなければ……。


「別に謝らなくてもいいんだけど。アンタ、私と仲良くなりなんて変わり者にも程があるわ。まあ、どうせ最後には私が嫌いになるに決まってるか。」

 結局、佐々木の口からは氷のように冷たい言葉しか出なかった。もう、佐々木はこれ以上は口を開かないようにした方がいいと思い始めた。そんなことを思っても、無口キャラには今更なれないが。いくら神崎だってこんな面倒な女子には構わないだろう。


「なんで佐々木さんを嫌いになるの?」

  神崎は心底不思議そうに佐々木の顔を覗き込んで聞いてきた。佐々木にとってこの回答は衝撃的過ぎた。神崎はほぼ初対面の相手にあれほど言われても嫌いにならないのか? 神崎は聖女だったのだろうか?


「えっ! だって、私さっきからアンタに嫌なことしか言っていないじゃない?」

「それはそうだけど。なんか孤高の存在みたいでカッコいい! 佐々木さんのそういう冷たいところがこうグッとくるんだよ!」


 佐々木がぼっちなことは神崎にも知られていたようだ。だが、普通ならマイナスな点であるぼっちを神崎はポジティブに捉えていた。そのうえで佐々木の愛想のなさすらいい点として受け止めている。神崎の手にかかればどんな短所もすべて長所に変わるようである。神崎は本当に聖女だったのだ。


「そんなこと生まれてはじめて言われたわ」

「そ、そうだったんだ!なんでだろう?」

「考えるまでもないでしょう。冷たくされたら誰だって嫌でしょうが?」

「そういうものかな?」

「そういうものよ」


 神崎があまりにも天然すぎて話が全然前に進まない。でも、そんな様子も溜まらなくかわいい。神崎が首を傾げているところを写真に収めて、スマホの待ち受けにしたい!


「まっ、なんでもいいか。改めてよろしくね、佐々木さん」

 神崎は佐々木と握手をするために手を差し出した。

「アンタには一生敵わないわね」

 佐々木はなんでもないように神崎の握手に応じる。

「じゃあ、私は教室に行くわ。またね」

「また、あとでね。佐々木さん」

 

 佐々木は神崎より一足先に教室に向かって歩き始めた。周りには佐々木と同様に教室に向かう生徒が多数いる。そんな人込みの中で佐々木は冷静に先ほどのやり取りを思い出す。


 佐々木は初めて神崎と握手をして普通の会話までしていたこと。もちろん一般的には普通の会話ではない。あくまで佐々木にとって普通の会話だ。しかし、これは異常事態だ。思い返すと、あの時は会話をすることに緊張を感じなかった。原因は神崎の天然な回答に毒気を抜かれていたからだろう。佐々木は神崎に緊張を解いてもらっていたのだ。


 そう考えると佐々木はますます神崎のことが気になってきた。もしかしたら、もしかすると神崎とは友達になれるかもしれない。佐々木はそう考えながらウキウキしなして教室に入った。そんな佐々木ではあったが多少の後悔が残っていた。

 

「もう少しだけ神崎の手を握っていればよかったのに……」



 少し時間を戻して、佐々木が教室に向かった直後の話。


「佳奈は相変わらず怖いもの知らずだね。佐々木と友達になろうなんて」

「どうしてそんなこと言うんだよ、陽菜ちゃん。佐々木さんに失礼だよ」


 神崎に親しく声を掛けたのは神崎の幼なじみである橘陽菜。短くカットしたこげ茶色の髪と健康的な小麦肌。外見から分かる通り運動部所属の体育会系女子だ。

 

「だってさあ。ウチ一年の時の隣の席が佐々木だったんだけど、いつも睨まれていて怖かったんだもん。苦手になってもしゃあなくない?」

 もちろん橘は佐々木に嫌われている理由を知っている。単純な話。神崎と一番仲が良い橘を憎んでるのだ。橘はよくクラスでも神崎と遊びに行ったことなどをクラスメイトに話していた。そのことが原因で神崎と橘が親友であることが知られてしまったのだ。

 

「陽菜ちゃんそんなこといってたら佐々木さんと仲良くできないよ」

「ウチ、アイツと仲良くする予定ないから大丈夫」

「えぇ、せっかく。佐々木さんと同じクラスなのに。三人で仲良くできると思ってたんだけどなあ」

「マジか! でも、佳奈とも一緒か! ウチは喜ぶべきか悲しむべきか。分からん」

 橘はクラス表を見つめながらうんうん唸っている。

 


「佐々木さんと同じクラスなのとっても嬉しいなあ。陽菜ちゃんも喜んだらいいのに。照れ屋さんなのかな?」

 


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