早暁と血
早朝、まだ太陽も出ていない時間に、使用人の青年レオンはロイの部屋を訪れた。
まだ薄暗い廊下で立ち止まり、いざ扉をノックしようと手をかざした瞬間、ドアがひとりでに音をたて、開いた。
あまりにも完璧なタイミング。
まるで、ドアが生きているようだった。
薄暗さと相まって、『ただのドア』であるはずのドアが異様な雰囲気を醸し出している。
そして、半開きのドアの隙間から、ただでさえ怖がりなレオンに追い打ちをかけるように、無言のロイが青白い顔を覗かせた。
レオンの背筋を、ゾッと寒気が襲う。
悲鳴を上げないだけでも、レオンにしては上出来だった。
「お、おはようございますぅ! ロイさんっ」
できる限り調子を取り繕ったレオンだったが、声が上擦ってしまった。
『もはやこの人にノックは必要ない』
ロイの、不気味なほど優れたその聴力を目の当たりにして、レオンはそう改めて確信した。
足音を忍ばせていたつもりでも、ロイには筒抜けだった。
この調子なら、この家のどこにいても自分の行動は逐一把握されてしまうのではないだろうか?
持ち前の妄想力で不気味な妄想を膨らませてみたりもしたが、終いにはもう何も考えないことにした。
「あれぇ? もしかして、ロイさんも朝から貧血っすかぁ? へへへっ、実はオレもなんです〜。昨日は調子よかったのに、なんでかなぁ?」
「あはは」と明るい作り笑いを浮かべるレオンの顔は、生来の貧血に加えて、すっかり血の気が引いてしまったことによって、色白のロイにも劣らず真っ白だ。
目元には、まだ寝癖が直りきっていない黒髪と同じくらいの黒ずんだクマが浮かんでいる。
「レオン、どうしたんですか? こんな朝早くに」
随分前に起きていたのか、ロイはきちんと着替えている上、何か作業をしているようだった。
ところが、レオンと同様に寝癖が直りきっておらず、細かい髪の毛がちらほら跳ねている。
その様子は、普段のきちんとしたロイと比べると、どこかチグハグである。
クスッと笑いそうになるのを堪えて、用件を伝えた。
「エリオットさんから伝言です。『人形が死んだ』って。オレには何のことかわかりませんけど、そう言ってました。きっと悪い知らせっすよねぇ? あのエリオットさんがショック受けてたみたいだし……」
レオンが言いづらそうに伝えると、ロイは何も言わずにレオンをそっと押しのけ、フラフラした足取りで廊下に出ていってしまった。
「ロイさん?! どこ行くんすか?」
「……アリスを起こします」
「えぇ?!」
レオンは思わず、すっとんきょうに叫んだ。
まだアリスの起床時刻よりも随分早い。
アリスの寝起きも、朝の機嫌も悪いことは周知の事実であるのに、今起こしたら二、三発(それで済めばいいが)は確実に殴られる。
「ちょ、ちょっと待ってっ!! ダメ! ダメですぅう! こっ、殺されちゃいまっすよぉ!!」
ロイの前に立ちはだかり、子どものように両手をブンブン振って通せんぼした。
「僕はどうせ死ねません」
「いや……そういう問題じゃないでしょお……!」
最近もアリスに『暗殺』されたばかりだというのに、レオンの忠告を気にも留めない様子である。
レオンは、頼りない細腕で懸命にロイの腕を掴んでもみたが、レオンと同じくらい細いのになぜかびくともしないロイに「通してください」とあしらわれてしまい、結局そのまま、その背中を見送るしかなかった。
「もうっ! どうなっても知らないですからねぇ?!」
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