【本編】カレン編

拷問室の天使

 誰も知らない場所の地下室で、男は目を覚ました。

 薄暗く、ジメジメしていて吐き気がする。

 身体も、首も動かない。動かせない。

 うっすら開けた目の前に見えるのは、なぜか真っ黒の喪服を着ている女のシルエット。

 しかも、まだ若そうだ。

 顔は黒いレースに隠れて見えないが、きっと美人に違いない。

 妙な確信を胸に、男は内心舌なめずりをした。

(女か)

 年端もいかないこの若い女の顔は、さぞ怯えた子犬のように震えているに違いない。

 男は、そう高を括った。

 だが、その女が手にしている『それ』を見た途端、悍ましい記憶が蘇った。

 ああ、そうだ……。

 そういえば、足の爪が無くなっているんだった……。

 ぼやけたような痛みの輪郭が、みるみる明確になり、忘れていた恐怖を思い出していく。

 「いくらであいつらに雇われた?! 私がその三倍、いや十倍の額をお前に出す! それでも足りないなら、私の召使として雇ってやる。住む場所にも、金にも困らない。だからやめろ! 今すぐ私を解放しろ!」

 痛めつけられてもなお残っているそのずる賢さをもって、傲慢に命令しようとしたが、声が出ない。

 気がつくと、喉にが数本、刺ささっていた。

 「いっひゃあああああああああ!!」

 声も出せずに悲鳴を上げると、半信半疑だった噂を思い出した。

 『一族全員が拷問師』

 この女も、その一味……。

 女は、清らかな声で何かを告げていた。

 それはまるで、この地獄のような空間に顕現した天使のようだった。

 だがもはや、男にはその内容をいちいち理解する余裕はない。

 男は、生まれて初めて神に祈り、助けを乞うた。

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