毒殺
「よっしゃあぁっ!! エリどいて!!」
興奮した子どものようなバタバタとした足取りで、アリスはエリオットを押し除け、床に倒れたロイの側に膝をつき、慣れた手つきで脈を取る。
その様子を見て、エリオットは確信した。
これは『事故』などではなく、『故意』によるものだ。
「ああ……またかよ……」
床にうずくまるように転がったロイの身体が、いつもよりも小さく見える。
色白の顔からは血の気が消えている一方で、微かに開いた口元からは真っ赤な血が流れ出ていて、見ているだけでも痛々しい。
感情表現が豊かではないロイとは言え、感じているであろう苦痛は、決してロイが自称している『人形』が味わえるものなどではない。
おそらく、もう手の施しようはない。もうすぐロイは死ぬ……。
そして案の定、まだ残っていたロイの微かな呼吸と小さな呻き声が、消えた。
「あ、死んだ」
そう呟くアリスは、動物実験を淡々とこなす科学者さながらである。
「あぁ〜……」
エリオットは、処理が追いつかない状況を理解するための頭の回転を止め、諦めたように天を仰いだ。
「よ〜し! これで『戻ら』なかったら、わたしたちのお仕事が一つ完了だよ? その時には、みんなでパーティーしよう?!」
アリスは天使のような無邪気さで、天真爛漫に笑った。
対してエリオットは、気難しい顔でアリスに向き直る。
「『戻らなかったら』って、今まで散々試してきたんだろ? それでもロイが毎回ちゃんと戻ってくるから、『これ以上方法がない』って行き詰まっている最中なのに、まだやるのか?」
「だって、まだ試したことない毒をゲットできたんだもん?!」
「だとしたって、もう毒が効かないって分かってるだろ!」
「チッチッチだよ、エリぃ? 『〇〇が無い』ってことを証明するのは難しいの。数学と同じ。『ロイをぶっ殺す方法が無い』っていう証明のために『背理法』が使えるならばそれでも良いけど、そういうわけでもないじゃない? だから、片っ端から試すしか無いってこと」
アリスは「ふんっ」と鼻を小さく鳴らして自信満々に答えた。
これほど合理的にものを考え、それを冷徹に実行に移してしまう人間を、エリオットはあまり多くは知らない。しかも、自分より一回りも年下のその年齢で。
「わかった。わかったよ……お前の熱意は。でもせめて、食事くらいは安心して食べさせてやってもいいんじゃないか? こう何度もやられるんじゃ、ロイがかわいそうだ」
「だって、食べ物に混ぜないと毒盛れないし。なんのために一緒に住んでると思ってるの? 方法がわからないからって、こいつの側にいながら何もしないなんて嫌! わたしがやらなきゃいけないの!! だって、こいつの変な身体の存在がバレて、死なない人間兵器が量産されでもしたらどうなると思う?! そのせいで、また戦争が始まりでもしたら嫌だもん!」
アリスは、小動物が威嚇するかの如く、キンキンとまくし立てた。
まだ遠い昔のことではない戦争の記憶を、エリオットはもちろん、開戦当時はまだ幼かったアリスも持っていた。
そのトラウマによる平和な世界への強烈な執着が、『ロイの抹殺』に対するアリスの狂気的な熱意を駆り立てていたのだ。
「……ああ、それは俺も嫌だよ」
それを理解していたエリオットは、頭に血が上ったアリスの肩を優しく抱き寄せて、悲しげに呟いた。
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