兄妹
大戦終結から四年後の、1900年。
石造りの歴史的建造物が立ち並ぶ、オルニア帝国の首都リースは、世界有数の金融と工業の街でありながら、文化の中心地としても名高い。
覇権国家としての自信にまみれ、明るい国の未来を疑わない人々の活気で溢れていた。
馬車や最先端の自動車が道を行き交い、週末になれば、中心地の繁華街は大勢の人々でにぎわう。
そんな人々の日常の暮らしがあるその裏で、首都リースでは、各国の諜報機関が暗躍する水面下の戦争が続いていた。
首都郊外の伝統的な高級住宅地の一角に、その『家』はあった。
群れから離れた鳥のようにポツンと佇むその邸宅に、まさか外国由来の人間が住んでいるなどとは、誰も夢にも思わないだろう。
主人不在の夜、主人の秘書のエリオットは、夕食の配膳を待つ間、
「お前たちが担当した亡命案件だけど、あの研究者、娘と一緒に無事
「ふ~ん」
「よかったですね」
二人の反応は薄かった。
エリオットは、思わず眉を顰めた。
「もう少し喜んでもいいんじゃないか? ロイもアリスも、無事に帰れたわけだし」
「そうですか? 僕としては、無事
ロイと呼ばれたその少年は、真顔のままつまらなそうに答えた。
栗色の柔らかい髪の下からは、色白くも、青白くも見える繊細な顔が覗き、その目元には、硝子細工のように精巧で無機質なエメラルドの瞳が埋め込まれている。
そう形容しても良いほど、一見してその佇まいは、上品な高級人形さながらである。
ところが、その目には人を寄せ付けない冷淡さが浮かんでいて、おいそれと「可愛らしい」などとは言わせてくれない。
お手本のような正しい姿勢で腰掛けているロイに対し、アリスはだらしなく片肘をつき、自慢のミルクティー色のツインテールの片方をくるくると指に巻き付けて自己陶酔気味に語り出した。
「こいつの肩を持つわけじゃないけどぉ、わたしも興味な~い。だって、他の人がどうなろうが関係ないし。わたしが世界でいちばんかわいいってことがいちばん大事だもん。
それに、あんなのうまく行って当たり前って感じでしょ? 最近の仕事はチマチマして、『あー、やり切ったー』って感じがしないんだよねぇ」
「だからって、毎回派手なことをやるわけにはいかないだろう? あくまで地道にやっていかないと。
一筋縄ではいかない現実を見つめるように、エリオットは賢そうな鳶色の瞳を細めて言った。
「いやだ、いやだ、いやだぁ! 地道とか地味なんていやだぁ! エリはそういうの得意かもしれないけど、わたしはムリっ!」
わがままな子供が駄々をこねるように、アリスはツインテールを大きく横に振って、たたでさえ甘ったるい声を上擦らせた。
「そういう地味なのはコイツの仕事だよ? ねぇ、ロイく〜ん? お人形のふりして黙ってるのとか、大の得意だもんねぇ?」
ロイは、無機質な瞬きをパチパチと二、三度ゆっくりと繰り返した。
嫌味っぽく薄ら笑いを浮かべるアリスに対して、顔を怒りに歪めることなく、淡々とアリスを見据えている。
「僕も同意見だよ。どうしてこの世界では、わざわざ口を開いてまで他人と会話をすることが要求されるのか、僕にはわからない。この仕事さえしていなければ、一生口を開かないでいられる自信がある」
不気味なほど堂々と、ロイはそう豪語した。
その態度を見たアリスは、悪寒を感じて身震いしたかのように両腕を抱き抱え、あからさまに厭そうに顔を歪めた。
そして、そのかわいらしい見た目からは想像もできないほど乱暴な口調で、甘ったるい声を荒げて言った。
「はぁあ?! 気色わるぅっ! お人形ぶるのも程々にしろよぉ!!」
「心配するなよ。アリスだって、お人形みたいに綺麗でかわいいよ」
アリスを褒めている割には、ロイは皮肉を込めた冷ややかな口調で言った。
「あぁっ?! そんなの当たり前だろ!?」
食事前ということを忘れているように嫌味を浴びせあう二人に、エリオットは呆れ顔で割って入った。
「お前ら、こんな時に喧嘩するなよ! やるなら後でやりなさい。って、……そうじゃなくて、どうしていつもこうなるんだ? もっと仲良くできないのか?!」
「喧嘩なんてしてないですよ」
「喧嘩じゃないもん!」
二人は、息ぴったりの双子のように声を被せた。
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