『人形使い』の『人形』1

 「僕の『人形』が、行方不明になりました」

 アリスとエリオットを居間に呼び出すと、ロイは面倒臭そうに打ち明けた。

 「それは、大変なことになったな……」

 エリオットが年長者らしく生真面目に腕を組んで考え込み始めた一方で、アリスは「くくくっ」と悪戯っぽく薄ら笑みを浮かべて言った。

 「部屋を探せばぁ? すぐ見つかるよ。アンタの部屋、なんも無いんだからさぁ?」

 「アリス、そういうことじゃないだろ? 真面目に考えろって」

 エリオットに注意されても、アリスは楽しそうに「へへへっ」と笑って悪びれる様子はない。

 アリスの発言を間に受けることなく、ロイは続けた。

「先月の定期連絡の際は連絡が取れていたのですが、今は僕の呼びかけにも応じません。調べたところ、ここ数週間の間で行方をくらませていました」

 自分の『人形』が行方不明になったにも関わらず、説明を始めたロイの態度は、行方不明になった他人の家のペットについて語っているかのように、どこか他人事めいている。

 同様に、アリスは事の重大さを無視した様子で無邪気に笑い転げた。

 「あはははっ! そっぽ向かれたのぉ? お人形ちゃんも、『ロイ人形くん』に愛想尽かしちゃったんじゃないのぉ? かわいそ、かわいそ〜。あはははは〜!」

 「ちなみにその『人形』は、だよ」

 ロイが何気ない様子で淡々と呟いた途端、アリスの顔から笑いが消えた。

 「げぇっ! マジかよっ」

 砂糖菓子のような可愛らしい声が、カエルのようながなり声に変わった。

 そしてまた、「気持ちわるっ」という声が聞こそうなほど、アリスの顔はみるみる歪んでいく。

 「『人形』は『人形』だし、僕からすれば、生物学的な性別なんて無いも同然だけど」

 アリスの厭そうな反応を見ながらも、ロイはどうでも良さそうに付け足した。

 「二人とも、そんな悠長なこと言ってる場合じゃ無いだろ。話を戻すと、ロイの協力者が消えた、と。まさか、そいつがロイを裏切って逃げたとか……」

 その『人形』を通して、ロイの存在が帝国側に知られでもしたら?

 そう悪い想像をしてしまったエリオットは、不安そうに語尾を濁して言った。

 「それは心配ありません。『人形』たちは、僕の身分も、僕が彼らに要求する『おねがい』の意味も理解していません。自分が何のために動いているのか、想像もつかないでしょう。よって、僕を裏切ったり、帝国側に差し出すなどという発想には至らないはずです」

 「へっ! お人形たちは完全に駒扱いってわけね。人形に使われる『人形』とか、さすがのわたしも同情しちゃあう」

 アリスは悲劇のヒロインの如く、わざとらしい物憂げは顔で呟いた。

 「そうか。それはひとまず一安心なのかもしれないが、となると、事故や事件に巻き込まれたか、何者かの介入がある、ってことか?」

 「僕の調べでは、不慮の事故に巻き込まれた線はなさそうです。ただ、何者かに襲撃された可能性はあります。元々人に恨まれているような奴なので、自業自得ですね。

 ただ、もしそうだとしても、そう簡単にダメにされると虫唾が走ります。あの人形は、僕が一応苦労して手に入れたものなんです。このまま、何の成果もなく黙って取り上げられるのは、僕としても不愉快です」

 ロイは冷徹な口調ながらも、初夏の山麓の冷気のような爽やかさでつらつらと語った。

 「……本当にお人形が大好きなんだね」

 アリスも目をパチクリさせながら、驚きを通り越して呆れた様子で冷たく言い放った。

 「とにかく、早く探し出して、安否だけでも確かめないと。大切な『人形』なんだろう? どこに行ったかとか、何か心当たりは無いのか?」

 「さあ、ありませんね」

 ロイの他人事のような即答に、二人は思わず顔を見合わせて当惑した。

 あっけなく望みを失ったアリスとエリオットは、「君の『人形』だろ?」と、心の中でツッコまずにはいられなかった。

 「はぁ? じゃあどうすんの? つんでるじゃない」

 アリスの言う通り、『人形』の持ち主にも分からなければ、アリスやエリオットにも分かりようがない。手の施しようもない。

 どう探し出せばいいのか?

 エリオットが「そうかぁ……」と頭を抱えて頭を働かせ始めるのとほぼ同時に、ロイはおぞましい内容をぽつりとつぶやいた。

 「ただ、可能性があるとすれば、今頃どこかで拷問を受けているかもしれないですね」

 「え?」

 「拷問?」

 まるで、前日の食事内容を説明するかのようにあっけらかんとしている。

 二人は耳を疑った。

 「拷問」などという、スパイにとっては恐ろしい単語を、ロイがいとも簡単に口に出したというだけではない。

 『泣く子も黙る』帝国秘密警察による敵国のスパイに対する拷問が、単なる都市伝説ではなく『帝国名物』として実在するのは知っていたが、その苛烈な拷問が、スパイではない一般人にも課されるとでも言うのか?

 アリスもエリオットも、ロイの『人形』と「拷問」がどう繋がっているのか、理解しかねた。 

 「はっ! 今の時代に拷問すんの? 誰が? 秘密警察ならまだわかるけど。お人形くんはそういうのと関係ないんでしょ?」

 「そうだな。帝国の法律では、心身に苦痛を与える尋問や拷問は禁止されているはずだ。少なくとも、自国民に対しては」

 帝国国民の基本的な権利として、みだりに拷問を受けたり苦痛を伴う尋問を受けることが無いことは保証されている。法律上は、もしそのようなことが国によって行われれば、立派な犯罪行為である。スパイなどという国家反逆罪でもない限り、事実上国民は拷問から守られている。

 「そうですね。国家による国民の拷問は法律、もとい憲法違反になります。ただし、個人の拷問は外部にバレなければ問題無い、という理屈なんでしょうね……」

 ロイは、意味深な様子でエメラルドグリーンの瞳を瞬かせ、二人を見比べた。

 「どういうことだ? そういうことをやるにしても、裏社会の人間か、犯罪組織ってことになりそうだが」

 「意味わかんない」

 アリスの視線は、ロイのもったいぶったような口調に苛立っているせいか、ロイに冷たく突き刺さっている。

 「いい線行ってます、エリオット。さっき、『彼は人に恨まれている』という話をしましたが、彼は裏稼業として拷問屋の仲介役をしていました」

 「拷問屋の仲介って……?」

 エリオットは不思議そうな顔を浮かべた。

 「彼曰く、この国には、私的な怨恨を晴らすための拷問屋が存在します。上流階級の人間や、国の上層部はもちろん、皇帝一族さえも顧客に抱えているとか。とにかく、金さえ払えば、基本的には誰でも拷問してくれるそうです」

 過激な内容を滑らかに説明し終えると、ロイは正面に座る二人を見据えた。

 アリスもエリオットも、おもちゃのように目をパチクリさせている。

 「拷問業で帝室も抱え込むって、そんな連中がいるのか? 聞いたことないぞ」

 「うそぉ……、そいつ、そんなことまでペラペラしゃべったの? ありえないんだけどぉ。マジでどうやったの? まさか、あんたこそそいつのこと拷問でもしたんじゃないのぉ?」

 驚きながらも、ヘラヘラとふざけ半分で尋ねたアリスだったが、それを聞いたロイは、ガラス細工のように無機質な瞳を微かに見開かせ、意味深にゆっくりと瞬いた。

 「それもできなくもないけど、僕はしてないよ。そこまでしなくても、口を割らせる方法はある。『人形』って、優しく聞いたら答えてくれるものだからね。そんなに知りたいなら、詳しく教えてあげてもいいけど」

 普段のロイらしからぬ不気味な好奇心を感じたエリオットは、思わずあっけに取られて言葉を呑んだ。

 アリスはと言うと、ぽかんと数秒間ロイと見つめ合った後、珍しくロイの発言の意図を汲み取ったかのように、次第に苦虫を噛み潰したような表情に顔面をひきつらせていった。

 「ああ……やっぱそうなのぉ? いいよ! 言わなくてぇ! うえぇ〜……マジかよぉ。おんなじ『人形』だからって、そこまでするかぁ?」

 ブツブツとぼやきながら、厭な想像を振り払うかように、アリスはリボンで結んだミルクティー色のツインテールの髪をブンブンと横に揺らした。

 エリオットも、笑顔を取り繕いながらも、壊れた機械のようなぎこちない手の動きでロイを制止した。

 「ロイ、いいんだ。それ以上話さなくて……」

 エリオットからすれば、「話さなくていい」というより、むしろ「話さないで欲しい」というのが本音だった。

 「そう?」と半ば残念そうな口調でロイは答えたが、その口元にはわざとらしい微笑みが浮かんでいる。

 エリオットは、不覚にも動揺してしまった気持ちを直すように軽く深呼吸すると、冷静をさ取り戻して元の話を続けた。

 「……それで、そいつは、その拷問屋とやらに拷問対象となる人間を引き渡していたってことか?」

 「はい。拷問の仕事は完全な紹介制で、拷問屋に認められた一部の人間を通すことでしか、拷問を依頼することはできないそうです。彼は、その依頼人と拷問屋をつなぐ役割を担っていました。そのおかげで、金回りだけは良かったみたいです。

 ところが今度は、それを行っていた彼が何者かによって逆に拷問屋に引き渡されてしまったのではないか、というのが僕の予想です」

 「まさに、『ミイラ取りがミイラになった』ってことか……」

 「つくづく可哀想な子ぉっ〜」

 「ってことは、その拷問屋にたどり着ければ、そいつも見つけられるかもしれないな」

 「そうです。ただ、危険と言えば危険です。この国の上層部とも繋がりを持つ拷問一族なので、無闇に接近するのは。それこそ、僕らも『ミイラ』にされるかもしれない」

 「ちょっと待て! 『一族』……だって?!」

 「血の繋がった家族ぐるみっ?! きっしょくわるうぅ!」

 「ああ、そうです。言い忘れていました。本家も分家も含めて、一族全員が拷問師だそうです。男性も女性も、大人も子どもも、全員」


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