第弐弐話 神路三姉妹はカルトなのか

永井虎将の姿とアジトを特定し、人身売買が行われる日時も知ることができた。

 明日は研究所へ報告しよう思ってた矢先、電話が鳴った。

 

「もしもし、今、お電話いいかしら」

 

 スマートフォンの画面からは『神路姫子』の表示が目に入った。

 

「こんにちは、姫子さん、大丈夫ですよ」

「絢さんから聞いたんだけど、外国人女性の人身売買の情報収集してるんですよね、進捗状況はどうです」

 

 姫子が聞いて来た。睦基にとって姫子から電話が来るのは初めてのことで、少しばかり緊張したが、女性が被害を受けていることに興味があるのだろうとしか思わなかった。

 

「はい、それに関わってる半グレ集団のトップとアジト、人身売買が行われる場所と日時が分かりました、明日にでも益田さんに報告しようと思ってますけど」

「流石、睦基君ね、半グレ集団は、もしかして、永虎が頭のロンタイかしら」

「はい、そうです、姫子さん、永虎たちの存在、ご存知だったんですね、他にも、色んな犯罪行為してるみたいですよ」

 

 姫子たち姉妹も永虎が関わった事件を調査してるのかと思い、答えた。

 

「やっぱりそうなんだ、先月、恐喝事件の調査してたら、その集団の名前がでてたの、手広くアングラを仕切ってるみたいね、それで、人身売買の現場と日時は」

 

 姫子の質問はさりげなかった。

 

「はい、再来週の火曜日に南港の五番倉庫前で二三時からです、ここまでは分かりました、姫子さん、明日は研究所に居ますか、妹さんたちも、その現場を押えるのは警察に任せて、僕たちは後方支援に回った方がいいと思ってて。益田さんや加藤も交えて、プラン立てた方がいいと思うんですよ」

 

 睦基たちはなんの疑いを持たず話を進めた。

 

「分かった、美里とサキも連れてくわ睦基君たちは夕方よね、研究所に来るのは、加藤君に連絡しとくわ」

 

 姫子は積極性を伺わせた。

 

「ありがとうございます、助かります、はい、明日は一八時頃には行けると思いますので、宜しくお願いします」

 

 睦基は姫子の協力心に感心を抱いた。

 

 翌日、防犯研究所に着いたのは、一八時一五分前だった。益田をはじめ、加藤、神路三姉妹は既に会議の準備をしてた。

 

「お疲れさん、睦基、姫子から聞いた、情報収集お疲れ様でした」

 

 絢子が真っ先に労った。加藤は右手でグータッチ。サキは抱きついてきた。姫子は笑顔を見せた。美里はサキの腕を引っ張って睦基から離れるよう仕向けていた。

 

「先ずは、永井虎将を見て下さい」

 

 会議用テーブルにノートパソコンを置き、みんなが椅子に腰掛け、レイが撮った永虎の写真をディスプレイに拡大して見せた。

 

「怖いぃ、この顔。私、嫌〜い」

 

 第一声はサキだった。

 

「何だか、海の中から出て来そうだな、デカイ、手足も太い、そんなに腹は突き出てない、きっと普段から筋トレやってるぞ」

 

 加藤は虎将の容姿から詮索し始めた。

 

 虎将は、身長一八〇センチ以上はあり、体重が一〇〇キロを超えていそうな、ラガーマンやヘビー級の総合格闘技の選手ような体格をしていた。

 スキンヘッドで、顔は眉毛を短くカットしてて、目と口が大きく、鼻は団子鼻。右の小鼻にダイヤのピアスが刺さっている。左右の耳にもダイヤのピアス。鼻ピアスの三倍くらいの大きさはありそうだ。この写真では、眉間に皺を寄せてて、厳つい表情で写っていた。

 

「強そうね」

 

 腕を組んでる姫子は呟いた。

 

「悪そうな顔つきだこと、力でねじ伏せてきたのね」

 

 絢子は怪訝な表情を見せた。美里は、我、関せずといった表情だった。

 

 次に、アジトの写真と、自宅で作った外観だけの簡単な見取図を見せた。そして、金網フェンスが老朽化していること。日没に合わせて一人の男がフェンスと建物の出入り口を開けて、メンバーが集まり、最後にピカピカのキャデラックで虎将が現れること等、偵察に行った日のことを話した。勿論、口を破らせたバイクの男のことも話した。

 

「取引まで、まだ時間があるから、このアジトから襲撃していいかも」

 

 睦基からレイに代わった。

 

「真正面からでもイケるぜ」

 

 丈に代わった。

 

「拳銃とか機関銃とかあるとヤバイんじゃない」

 

 絢子の怪訝そうな表情は変わらない。

 

「大丈夫、俺も居るから」

 

 今度は佐助に代わった。

 

「僕らが、警察と同時に突入することになった場合、神路姉妹と加藤には、僕らの後方支援して欲しいんだ、僕らが、正面から乗り込んで、それに気を取られている間に四人が後ろのフェンスを破って、左右のドアを開けて、側面の引き戸を開けて欲しい。中がどうなってるか分からないけど、四つの逃げ道があれば、僕らも身を守れるよ相手も逃げるかも知れないから五メートル幅くらいで撒き菱を撒いてくれれば、恐らく逃げ出す人間は少ないと思う。二、三〇人なら倒せるよ」

 

 一文字が代わって神路三姉妹と加藤に提案した。

 

「もっと良いのがあるよ、ドローン、ミサイルが発射出来るやつ、足下狙えば、足だけは吹っ飛ぶけど」

 姫子がいい、美里に目配せした。

 

「四機飛ばすなら、私と姫子で操縦できるよ、命を奪わないって保証は一〇〇パーセントはいえないけどね」

 

 美里は今日初めて喋った。

 

「じゃあ、俺とサキちゃんで四つの出入り口は開けようか」

 

 加藤は姫子と美里の提案を受け入れられず、無視して、睦基を見てそう答え、サキに目を合わせた。

 

「美里それ、本当にいけるならそれで良いと思うわ、ドローンでいきましょう、取引にロンタイが参加しないのなら、当日は幾分、手間が省けるわ」

 

 絢子は若干、不安が伺えるまま、そういった。

「絢子さん、大丈夫よ、私たちで上手く行けるから、アジトへの襲撃は、せいぜい二日前がいいじゃない、あまり早過ぎると、情報が漏れて取引が中止にならない、そうなると、後二つの組織と外国人組織も摘発できないし、取引が延期になって場所が変わると、人身売買は終わらないわよ」

 

 歌音に代わった。

 

「そうね、でもみんなの命に拘らない方法が良い、相手が相手だけに、誰一人、無事にこの案件を終わらせたいの、失敗したって構わない、とにかく、命を奪われたくないの」

 

 予測がつかないことが多過ぎることが、益田にとっての不安だった。

 だが、結果が伴わなくても構わないと腹を括った。

 

「絢子さん、大丈夫、できるから、虎将自身から聞き出せると思う、他の組織のことは、でも、現場を押えるのが確実」

 

 レイは絢子の気遣いにひとこと添えた。

 

「よし、五日前にしよう。今日を入れて六日後。ドローンでアジトを襲撃して、レイたちは確実に、外国人組織も含めて、情報を得ること。そして、女の子達を運ぶ船の情報も得ること。そうすれば、その船は洋上で、海上保安庁と警察庁が合同でガサ入れできるわ、私と定さんでかけ合えば大丈夫、そうしましょう」

 

 結局、ドローンを使った襲撃にみんなは了解して睦基たちの報告会は終了した。

 

「美里、サキ、半グレども、皆殺しにするよ、ミサイルからマシンガンに替えることできるよね」

 

 姫子が研究所から自宅へ帰る、サキが運転する一九九一年式のターボエンジンを載せ換えしたイエローのミニクーパーの中で話し始めた。

 

「できるよ。姫子、私もそう考えてたの、あんな半グレ、生きててもしょうがないからね」

 

 美里は、姫子と同じ考えをしていた。

 

「二人ともそう考えてたのね、私もよ、あの糞虎の首、ナイフで掻き切りたいわ」

 

 三姉妹は、皆殺しを決意した。

 

「サキ、ナイフは五、六本持ってた方がいいわよ、直ぐ斬れ味悪くなるはずだから」

「徹底してるね、姫子は、新しく買わなきゃ、美里、ネットで、私ってバレないように買えるでしょ、お願いしていい」

「分かった、家に着いたら、どのナイフか教えてね」

 

 三姉妹は容赦しない考えでまとまった。

 

 自宅に着くと、早速、美里はドローンに装着する百連発式マシンガンを一〇丁とサキが指定した全長二〇センチのタガーナイフを一〇本購入した。二日後には納品出来る事になった。この三姉妹、最早、殺人カルト集団の趣きを漂わせた。

 

 一方、睦基は、久し振りに絢子と食事に行くことになった。翔子も誘った。というのも、とても美味しい料理だか、例えば、煮込みや焼き鳥、揚げもの、刺身にしても、その店の一人前は、通常の三人前程あるからで、特に、煮込みは牛すじと根菜類、糸蒟蒻が具材であるが大量に作ってて、濃厚だが後味がスッキリしている。焼き鳥は通常の三倍の大きさのモモ、ムネが揃っていて、とてもジューシー。刺身に関しては、マグロの赤みは分厚く、トロやブリ、脂の載ったものは、それの半分。鯛やヒラメの白身は赤みの三分の一程の厚さで出てくる。とても、味が良く食べ応えがある。

 だから、絢子はこの店、『めにぃでりしゃす』に行く時は誰かを誘うのだった。

 

「絢子さん、翔子は後三〇分くらいで着くみたいだ、翔子が来たら、気にせず色んな料理注文できるよ、なんせ、大食い女王だったからね」

 

 絢子は仕事中の笑顔よりも可愛いらしい表情を睦基に向けた。

 ビールが運ばれて来た。この店には中ジョッキがない。大ジョッキである。枝豆も五人前程。

 睦基は、食べながらも、テーブルに常備されてる取り皿に房から豆を出していた。

 

「睦基、豆だけ集めてどうするの」

 

 絢子は笑いだした。

 

「うん、翔子は豆にマヨネーズをかけて、ちょろっと醤油を垂らして、一味をかけて食べるのが好きなんだ、うちら二人はこの三分の一あれば、枝豆充分でしょ」

 

「翔子ちゃんのためにしてるの、ほんとに好きなのね、私も男欲しいわ」

 

 大ジョッキの三分の二くらいビールを飲んだ絢子は、思わず本音がでた。

 

「定さんが居るじゃないですか、あっ、加藤がいいのかな」

 

 睦基は冗談半分で返した。

 

「おい、定さんはおじいさん、加藤はサキちゃんにメロメロなの、たまには私の相手になってぇ、何いわすのよ、もう」

 

 そんな会話をしていると、翔子がきた。

 

「こんばんは、絢子さんお久し振りです、先日は、お世話になりました、あっ、私も生下さい」

  

 翔子が絢子に挨拶すると、店員が近づいて来て翔子は直ぐに注文した。そして、大ジョッキが来ると、その店員に焼き鳥のモモ三人前、ムネ三人前、厚切りタン元を五人前注文した。

 

 「お疲れ様です、遅れてすみませんでした、カンパーイ」

 

 翔子は大ジョッキのビールを三分の二まで呑み干した。

 

「一気呑みしちゃうと思ったわ、翔子ちゃん」

「少し、遠慮しちゃいました、テヘ」

「可愛いね、翔子ちゃん、えっと、先に牡蠣フライと鶏唐は二人前注文したけど大丈夫、食べれるの」

 

 絢子は不安げそうだった。

 

「はい、私がさっき注文したのは、一人でぺろっといけますので」

 

 翔子は当たり前かのような笑顔だった。

 

「益田さん、大丈夫、大丈夫、大食い動画見るみたいに楽しんで下さい」

 

 睦基は楽しそうにした。

 

「翔子ちゃん、『ゆりもり』さんだっけ、何度か一緒に出てたもんね」

「今も、たまにLINEきますよ、でも、私が時間合わせられないから、なかなか会えないんですけど、助産師してるの知ってるから、でも、赤ちゃんの写真送ってくれって、子供好きなんですよ、彼女」

 

 翔子は余裕な表情だった。

 

 注文した焼き鳥と分厚いタン元が運ばれて来た。翔子は睦基や絢子にも焼き鳥を取り分けていた。そして、大きく口を開けて、通常よりも三倍もある大きな肉を口に入れた。頬を大きく膨らませて、しっかり咀嚼して飲み込んだ。

 タン元が二枚に減った時、鳥モモとムネ肉を二人前、ハラミを五人前、追加注文した。

 

「翔子ちゃん、早いし、沢山食べれるし、でも、太らない。良いわね。幸せな身体よねぇ」

 

 絢子は日本酒に替えて、ちびりちびり、エイヒレを齧りながら頬を赤らめていた。

 睦基はハイボールに唐揚げで結構ハイペースで呑んでいた。

 そうやって、絢子が翔子の食べっぷりを楽しみ、力を抜き、心もスッキリしたところで宴を終えた。

 

 睦基は、神路姉妹を気にしてたが、絢子にその話しをするきっかけをみつけきれなかったことを後悔していた。

 翔子のマンションへ手を繋ぎ向かい、その都度、翔子が話してくることに相槌を打つだけでいた。

 この日の夜は、しっとり二人で過ごす予定が、佐助が一変させた。

 結果的には悪くはなかった。翔子はストレス発散ができたようだった。

 

 とうとう、虎将たちのアジトを襲撃する日がやってきた。絢子は、睦基に一八時に現地集合と電話で伝えていた。

 それよりも一時間前に、神路三姉妹は動いた。まだ誰もいないアジトに着いていた。

 既に前日、六六〇〇ボルトの電圧を発揮できるディーゼルエンジンの発電機をレンタルして、迷彩柄のシートを被せ、敷地の後側にある草叢に設置していた。電流が一〇アンペア流れるように調整した。

 それからアジトの金網フェンスへ電線を繋げた。そして、ドローンを五機スタンバイした。

 睦基がいってたように、セドリックに乗った男が正面のフェンスを開けた。一六時二〇分だった。次いで、バイクが六台、車が二台入ってきた。最後に白のキャデラック。

 美里が発電機に向かい、姫子はドローンの操縦機にスタンバイした。サキは、アジトへ正面から入っていった。建物の三メートル前で止まった。姫子が見える場所だ。

 

「どうしたお姉さん、なんか用かい」

 

 中堅くらいに感じれる男が近づいてきた。サキは笑顔で仁王立ちしていた。

 

「兄さんどうしたんですか」

 

 若い手下もきた。

 

「ここは、ロンタイのアジトなの、キャデラックで来たスキンヘッドが虎さん」

 

 サキは馴れ馴れしく話しかけた。

 

「姉ちゃん、失礼じゃないか、虎将さんの事そんな言い方すんじゃねぇよ」

 

 手下が凄みをだした。

 

「おい、待て、お姉さん、虎将さんに会いたいのか、急に来られてもなぁ」

 

 中堅は警戒していた。

 

「そうよ、会ってみたくて、強そうなんだもん」

 

 ミーハーな感じを見せるサキだった。

 

「そんな理由で会える訳ないですよ、奥にいらっしゃるけど、お帰り下さい」

 

 中堅は冷静にあしらった。

 

「ええぇ、そんなこといわないでよお兄さん」

 

 そういいながら二歩近づいて右手を腰に回し、タガーナイフを取り、中堅の喉を切りつけた。外頸動脈を切り裂き、鮮やかに真っ赤な血が吹きだした。

 すると、発電機のエンジンを美里がかけて、姫子の側に戻って行った。時刻は一七時一〇分になっていた。

 

「おいっ、なんだテメーはっ」

 

 手下が大声をだすと、サキはその男の喉も斬りつけた。一◯秒経たないうちに二人を仕留めた。

 同時にドローンが建物に入って行き銃声と悲鳴が響いた。後の左右のドアから男たちがでてきた。控えてたドローンはその男たちを蜂の巣にした。建物の中は地獄絵図、次々と輩たちは血塗れで倒れていった。

 

 パーテーションの中には、拳銃を保管してる棚があるも、誰一人手がつけられない。五分で、虎将と側近と思われる男二人、三人だけが生き残った。電流フェンスは意味を成さなかった。

 

 虎将と二人の男は、両手を上げて、サキに近づいた。

 

「殺さないでくれ、降参だ、もうやめてくれ」

 

 美里は発電機のエンジンを切り、それを撤収させるためレンタル会社に連絡して、ミニクーパーでフェンスの中に入ってきた。

 虎将は声も身体も震わせていた。勿論、二人の男達も同様で青白い顔になっていた。

 ドローンの操縦を美里がミニクーパーの中で一人で始めると、ワルサーPPKを虎将たちに向けて姫子が歩いていった。

 

「三人とも頭の後ろに腕を組みなさい」

 

 三人は震えながら腕を組んだ。

 

「こっち向いて、三歩前に出て、腹這いになりなさい」

 

 姫子は三人の背後に回り銃口を向けたままだった。

 三人が腹這いになると、サキが虎将の両腕を腰に回し、結束バンドで縛った。次いで、両足首も結束バンドで縛り、そのバンドの上のアキレス腱をタガーナイフで突き刺した。左右のアキレス腱を切断したのだ。

 虎将の右側の男が逃げようとしたため、姫子は引き金を引き、その男に威嚇射撃を放った。

 

「早死にしたいの」


 その男は驚き、動きが止まった。その男も腹這いになると、股下に水溜りを作った。

 サキは、それを避けながら、結束バンドで縛りあげ、アキレス腱を切断した。悲鳴を気にせずに。左側のもう一人の男も同様に。

 

「こいつらから、取引に関わってる後二つの組織と外国船の情報聞いてて」

 

 サキに指示し、姫子は建物の中に入って行った。

 パーテーションの内側に回ると、ソファー二つにセンターテーブル、テレビと冷蔵庫、金庫と二段構えの棚があった。

 その棚の上段はガラスが入っていて、拳銃五丁とマシンガン二丁が並んでた。鍵がかかってたが、二つの針金を使って簡単に開けた。下の段の鍵も開け、扉を開けた。

 ここには三斤袋に入った白い粉が三〇袋入っていた。その武器類、麻薬と思われる白い粉をセンターテーブルに並べた。

 

「虎将君、棚の下の白い粉は何かしら」

 

 姫子は虎将たちに聞こえるように声を張った。しかし、虎将は黙っていた。それを見ているサキがタガーナイフで頬を軽く叩いた。

 

「シャブだよ、シャブ」

 

 虎将の声は震えてた。

 

「素直になりなさい」

 

 姫子は言った。

 

「あら、痛い思いをしないと素直になれないのかしら」

 

 サキはいうと、虎将の左隣りの男の背中、左右の僧帽筋に沿って菱形になるラインをタガーナイフでなぞり切った。

 

「うわぁー止めてくれぇ、ぎゃあー。いう、分かった何でもいうから、何でもいうから」

 

 その男は喚き散らした。

 

「じゃあ、話してくれるかな、人身売買の後二つの組織はどこ」

「き、き、北九州のスネークポイズンってグループだ、俺のスマホに連絡先がある、スネポの田中ってのが連絡係だ」

 サキは、この男のお尻のポケットからスマホを取り出し、スネポの連絡先を自分のスマホで写真を撮った。

 

「こんなに出血しちゃって、警察がきたら、救急車呼んでくれるよ、きっと、日本の警察は優しいからね」

 

 サキはその男を揶揄った。

 

「私も日本人だから優しいのよ、右の男、もう一つの組織は」

 

 ドスを効かせた低い声を出した。

 

「へい、北海道のすすきのを縄張りにしてるホワイトフォックスってグループです」

 

 右の男は声を震わせ、素直に答えた。この男からもスマホを奪い、連絡先をカメラに収めた。

 

「取引の時は、何人づつくるんだ、それと、外国の女の子は今度、何人」

 

 サキは表情を硬くした。

 

「お、俺ら三つのグループからは三人づつでます、女は一〇人予定してます」

 

 虎将は苦しそうな声で素直にいった。

 

 サキは、怒りが込み上げていた。

 

「お前ら悪党は許せないわ」

 

 思わず呟いた。

 

「船名は」

「ピンクキャメル号だ」

 

 虎将は何もかも諦めた声色になった。

 

「分かったわよ」

 

 姫子に聞こえるようにサキは大声をだした。

 その時姫子は、金庫を開錠してた。金庫破りを楽しんでいた。

 

 ドローンからの映像を見ていた美里は、絢子に連絡を入れ、ロンタイと北九州のスネークポイズン、北海道のホワイトフォックスの三つの組織が人身売買に関わっていることと、取引には三人づつ参加すること、外国船がピンクキャメル号であるのを伝えた。

 丁度、その頃、加藤と睦基がやってきた。時刻は一七時五〇分になっていた。

「地獄絵図じゃないか、なんで」

 

 加藤は驚きを隠せなかった。

 

「ご苦労様、我慢できずに先にね」

 

 サキが笑顔で二人を迎えた。

 

「戻ろうか」

 

 睦基は絶句した。

 

 姫子は、金庫から一億近くある一〇〇万円毎に束ねられた札束とこれまで買い取った女性の名前、年齢、出身地が記された名簿をセンターテーブルに並べて戻ってきた。

 

「あら、お二人さん、お疲れ様、この奥に拳銃やら麻薬、現金があったわ、全部デーブルーに並べてる」

 

 そういうとワルサーPPKで、三人の頭を撃ち抜いた。

 

「姫子、お前」

 

 歌音に代わって、姫子が右手で持つワルサーPPKを手首を捻り奪い取り、弾丸を抜いて返した。

 

「研究所で話し合いしようよ、この地獄絵図、大問題、信じられない」

 

 歌音は呆気に取られていたが、懸命に冷静さを保っていた。

 

 睦基と加藤、神路三姉妹が研究所に着くと、絢子は笑顔で迎えた。

 

「姫子、睦基と加藤を待ってなかったの、無理しないでいいのに、でも、警察庁と海上保安庁に連絡して、ピンクキャメル号を洋上で抑える手配ができたわ、それと、今頃虎将たちのアジトに捜査員が向かったはずよ、福岡県警と北海道警にも連絡が行くのも根回ししたわ」

 

 絢子は安心した面持ちで、姫子たちに説明した。

 

「それなんだけど、みんなで話し合わないと。奥に行こう」

 

 睦基は表情が暗かった。加藤も困った表情を絢子に見せた。

 

「どうしたの、睦基、何かあったの」

 

 絢子はただならぬ表情に変わっていた。

 

「姫子さんたちが皆殺しにしたんだよ、虎将たちを、アジトは血の海で地獄絵図だよ、あんな無残な光景、見たことないよ」

 

 睦基はショックを隠しきれないでいた。

 

「あれは酷かった、夢にでそうだよ」

 

 加藤は誰とも目を合わすことができなかった。

 

「あんな半グレ集団、生きてても無駄よ」

 

 姫子は冷血だった。

 

「世のため人のためよ」

 

 サキは珍しく真剣な眼差しを絢子に向けた。

 

「えっ、皆殺しにしたの、どうして、そこまでやらなくても、しょうがない、かしらね」

 

 絢子は、神路三姉妹を攻めようとはしなかった。

 

「いや、人殺しは止めたほうがいい、どんな人間であっても殺したら駄目だ」

 

 丈にが代わって怒りを見せた。

 

「よく言えたもんねぇ、丈君、あなた自分の両親を殺したんでしょ」

 

 姫子は目を大きく見開いて丈を睨んだ。

 

「それも、九歳の時に、衝動に駆られてやったんじゃないの」

 

 サキはほくそ笑んだ。

 

「あなた達、私の金庫探ったわね」

 

 絢子は怒りのない驚きだった。

 

「えぇ、私達は両親と兄が殺されたから、身近な存在に、あまり、人を信用できないのよ、ここへ入社したのは、絢子さんは唯一信用が持てた人、それでも、何もかも信用しては無かったの、だから、正田睦基と加藤志水はしっかり身辺調査したのよ」

 

 美里は冷静に表情変えることはなかった。

 

「確かに、俺は睦基の両親を殺した、睦基を助けるためにな、俺は、正義の味方が大好きだった、仮面ライダーにウルトラマン、宇宙刑事シャバンとかよ、だから、睦基を助けてやれたと思って、スーパーヒーロー気分だったさ、酔いしれたよ、ドーパミンが大脳皮質を包んださ、今でもあの快感は忘れられない、忘れてはいけないんだ、それで、歌音と一文字さんに諭された、人を殺して、人を助けられたかも知れない、だが、殺された人の周りにも人が居るんだと、その周りの人は傷つく、中には、その悲しみで人格が崩れてボロボロになって生きたしかばねで、文化を持った人間の生活ができなくなる、一人殺す事で多くの人の人生を歪めてしまう、それと、殺した側も同様だ、幸い、睦基は、児童養護施設に入れた、奇跡だよ、世間的に育ての父親は、人殺しの子の親なんて後ろ指指されなかったけど、酒に溺れた、種違いの兄貴はヤクザになった、身体に障がいを負わせたけどな、俺たちが、死んでなくなるよりは、その障がいで兄貴は悪さする事はない、その反面、その兄貴と接する人の中には、同情し親切心が目覚める人が生まれる、少なくても一人以上は、介護産業が潤うなんて事じゃないぞ、罪を犯した罰として、不自由な身体になるんだ、そんな人間を世話しないといけない立場の人が生まれる、その人達は全うな人たちさ、その全うさが、広がり、時には引き継がれる、俺らの社会で、そんな思想が広がるのが平和や幸福に結びつくんじゃないかな、そう思うんだ、だから、姫子たち、よく考えて欲しい、そして、人を殺す恐ろしさを気づいて欲しい、人間の優劣なんて、大した差はないだろ」

 

 丈は珍しく、長々と力説した。

 

「少し、綺麗事に聞こえるねぇ、丈君」

 

 姫子は納得できない表情だった。

 

「あのな、俺は睦基が九歳の時に人を殺した、俺は、歌音と一文字さん、レイたちと、もう人殺しをしないと誓った、でもな、中学、高校の時、睦基は異性を意識する心が芽生えたんだ、俺は嬉しかったよ、睦基が人間らしく成長したからだ、でも、俺は睦基よりも性欲が強かった、それを満たそうと、同級生の女子を殺してまでって衝動に駆られたよ、恐ろしかった自分自身が、辛かった、とても苦しんだ、そしたら、俺から佐助が分離したんだ、佐助が生まれたのは俺からなんだよ、みんな佐助を認めてくれた、特に、レイは佐助が暴走しないように指導してくれた、そして、大学に入ると、翔子と出会って、佐助は優しく愛する心が確立した、歌音は、佐助はいずれ、睦基に統合するといったが、今の今まで、佐助が存在するのは、睦基の思いやりなんだ、佐助は性欲が強い反面、足が速くて身のこなしが軽い、そんな佐助が必要だ、そうやって、役に立ちたい佐助の思い、生きる目的を睦基は認めたんだ、翔子ちゃんもな、君らに理解は難しいだろうけど、俺ら六人格、一つの身体を助け合って使って、アイデンティティーを築いたんだ」

 

 今度は涙を流し力説した。

 

「恐らく、三人は気が付いてないと思う、人を殺した快感を得るとね、大脳辺縁系と前頭連合野で構築したニューロンネットがその快感を増幅させるんだ、それを続けてると、そのニューロンネットに関わる神経細胞体や軸索突起も太くなって、数も増えるんだ、シナプス間の伝達物質もカテコールアミンしか放出できなくなる、それしか受容しなくなるんだ、抑制できなくなるんだ、すると、辺縁系と前頭連合野の間のネットワークは殺しの快感を求めるようになる、人殺しを定期的に実行しないと苦しくなる、落ち着かなくなるんだよ、それでもいいの」

 

 睦基は声を強めた。

 

「なるほどね、簡潔に言い換えれば、殺人依存症ね、そうなると人間やめなきゃいけないね」

 

 美里はさらっと理解した。

 

「姫子、サキ、私達危ないところだったわ、ただの殺人マシーンになってたところよ」

 

 美里は、姫子とサキを諭した。

 

「切り裂きジャックやテレビの特番で出てくる殺人鬼になっちゃうの、それは嫌だ」

 

 サキは顔を青白くした。

 

「みなさん、ほんとにすみません、私、そんな兆候を全く気づけませんでした、お詫びします」

 涙を流し、姫子は謝罪した。

 

「姫子、少し休むと良いわ。美味しいのを食べて、美味しいお酒を呑んで、身体もこころも力を抜いて、ね」

 

 歌音は優しい声をだした。

 

「私もまだまだね、今日で、勉強になったわ防犯研究所所長として、今回の件は、何かあったら全力でみんなを守るから、絶対に」

 

 絢子も一筋だけ左目から涙を流した。

 

「みんな、俺だって道を間違える時があると思うから、その時は遠慮なくお願いします」

 

 加藤は深々と一礼した。

 

 そんな加藤を見た姫子は、両手を出して加藤と握手した。加藤の手に涙が数滴落ちた。

 当然である。加藤は日本を代表する空手家であった訳で、姫子は把握してた。そんな男が、素直に頭を下げるのだ。姫子は、自分自身が調子に乗りすぎたのを実感し、自己否定せざるを得なかった。

 

「今日は解散、いつ、何があるかわからないので、自宅待機お願いします、失敗は成功の元、私は、みんながことある毎に議論するのが大好きです、頼もしいです、素晴らしいことです、どうか、心穏やかに待機してて下さい」

 

 絢子は一生懸命、みんなを慰めようと意識して話しを収めた。しかしながら、張り詰めた空気は和らがなかった。シーンと無音が鳴り響いてた。

 二日後、睦基と加藤に姫子からメールが届いた。『私の家で食事しませんか』と。

 加藤は喜んだ。暗く、膜を貼ったような自分の心から這い出るきっかけが欲しかった。

 一方、睦基は丈が人殺し呼ばわりされたのがショックだった。まだ、蟠りがあった。これを解消するために、翔子も誘った。

 

「よっ、睦基、翔子ちゃんも久し振り、まだたらふく食べてるのか、今日は楽しくやろうぜ。睦基、買い込んで来たの、翔子ちゃん、一つ持ってあげるよ」

 

 神路三姉妹の自宅前で睦基らと加藤はばったり出会した。

 そして、睦基と翔子は両手に食料品が沢山入ったエコバックを持っていた。

 

「加藤さん、二つ持ってよ、食べる体力、温存しなきゃね」

 

 翔子は、笑顔で加藤に荷物を渡した。

 

「凄いなぁ、この量、翔子ちゃんだから持てるんだよ、怪力女王め」

 

 加藤は翔子が持っていた荷物の重さに驚き、皮肉った。

 

「いらっしゃい、どうぞ」

 

 姫子が玄関を開け三人を迎えた。

 

「お邪魔しまーす、わっ、びっくりした、剥製かぁ、この梟」

 

 二段ある上がり框の一段目の左端の壁に取り付けられた木の枝に留まってる木兎を見て加藤は驚いた。

 

「加藤さん、梟じゃないですよー、木兎です、空手バカ一代ですねぇ」

 

 翔子はさっきのお返しに揶揄した。

 

「お三人さん仲は良いのね、いっぱい買い物してきたの、あらら気を遣わせちゃったわね、一応、美里とサキがキッチンで盛り付けしてるけど」

 

 ダイニングルームに案内しながら姫子は話した。

 

「いらっしゃーい、丁度、完成ですっ、星三つっ」

 

 サキはすっかり、いつも通りの陽気さが戻っていた。

 

「どうぞ、お掛け下さい」

 

 ローストビーフを美里が優しい表情でテーブルに運んでた。

 

「凄い、豪華だぁ、肉に魚にエビ、美味しそうだぁ、でも、翔子ちゃん全然足らないよね」

 

 加藤がふといった言葉で、神路三姉妹は、加藤を見て目が点になった。

 

「アハハ、大丈夫ですよ、追加の食材、持参してますから」

 

 睦基は対面式のシステムキッチンの大理石の天板にエコバックを置いた。

 

「じゃあ、お皿に盛り付けましょう」

 

 美里はその中身を覗き込んだ。

 

「すみません、お手数かけます、私も手伝います」

 

 翔子は慌ててキッチンに向かった。

 

 テーブルの上には、三姉妹が手作りした薄ピンクのカクテルソースが入ったガラスの器に一〇尾の海老がその縁に飾られたカクテルシュリンプが三つとシーザーサラダ、グレイビーソースがかかったマッシュポテトとブロッコリーのソテーが添えられた三〇〇グラムのローストビーフを半分まで三みり厚にスライスされたものが二皿、鯛とタコが交互に並び、レッドペッパーとケーパー、粗挽き胡椒、細かい粒の岩塩が散りばめられ、オリーブオイルが輝くカルパッチョ、肝のソースがかかった二つ分にスライスされた焼き黒アワビが二皿。そして、睦基と翔子が買ってきたエビフライと胡瓜にレタスが入った太巻き五本、生春巻き一〇本、丸ごと一羽焼き上げたガーリックチキン三羽、カットされた豚カツ一〇枚。これらがテーブルを埋め尽くした。更に、ロング缶のエビスビール六本パックが二パック冷蔵庫に入れられた。

 

「えーっと、こんな光景は我が家で初めてで、動揺してますが、乾杯しましょう、加藤君、お願いね」

 

 姫子が嬉しいんだか、不安を抱いたか、複雑な表情だった。

 

 睦基と加藤、翔子とサキはエビスビールを片手に。姫子と美里は、シャンパングラスに微炭酸の日本酒を注ぎ、手にしてた。

 

「では、初めて神路家に呼んで頂いてありがとうございます、姫子さん、美里さん、サキちゃんは、驚いてるでしょうが、睦基と翔子ちゃんがいるので、この料理は残りません、楽しんでいきましょう、カンパーイ」

 

 加藤は、楽しそうに音頭を取った。

 

 翔子はエビスビールを半分一気に呑むと、ローストビーフから手をつけた。スライスされた分は三分もかからず胃袋に収まった。次はガーリックチキンの脚を取り高速で骨にして、五分で丸ごと一羽食べ終えた。

 翔子の食いっぷりに三姉妹は目が離せなかった。姫子は唖然とした表情。美里はマイペースでシーザーサラダとカクテルシュリンプを食べていた。サキは、それを肴にエビスビールを味わった。会話が始まらない。

 

「ところで、三姉妹で一番料理が上手いのは誰」

 

 加藤が口火を切った。

 

「はい、私」

 

 頬張ったエビを少し飲み込んで、美里が答えた。

 

「いや、私でしょう。」

 

 サキが負けん気を見せた。

 

「さぁ、どうかしら、私でしょ」

 

 姫子も引かなかった。

 

 加藤が余計な事を言ったお陰で、険悪な雰囲気になった。そして、その雰囲気を治める術が見当たらなかった。

 

「三人が一緒に協力したからこれだけ美味しい料理になったんでしょ、私達のために作ってくれたから、姫子さんは、食材の組み合わせと味付けが凄いね、美里さんは、食材の下準備が素晴らしいですね、エビの背腸の綺麗な取り方、サラダの野菜のシャキシャキ感、マッシュポテトの滑らかさ、ブロッコリーの炒め具合、私の口の中はリズム良く動いて喜んでます、サキさんは、ローストビーフや黒アワビの焼き具合、漬けだれや肝のソースが一体化してます、なかなか、家庭では出せない味、三人がお互い分かり合ってないと出せない味ばかりです、神路三姉妹、絶妙なチームワークですね。そう、正にワンチーム、こんなに美味しいの、私、平らげますよ」

 

 翔子はそこまで話すと、どんどん料理を口に運んで行った。

 

「そうだね、なんだか、作ってるところから見られてた感じね、翔子さんありがとう」

 

 美里は流石に驚いた。

 

「食べるのが大好きなんだ、翔子ちゃん、そんな事も考えながら食べてたんだ、楽しそうね」

「私だって翔子ちゃんに負けないくらい大食いなんだから」

 

 姫子とサキは満面の笑みに変わった。

 翔子の発言で場は和んだ。加藤も安堵な表情を見せた。

 

「翔子の料理も美味しいですよ、翔子なりの料理で、お母さんの味付けに似てるね」

 

 カルパッチョをエビスビールで流し込んだ睦基がいった。

 

「どれも旨いよ、旨いよ」

 

 加藤は、三姉妹が作った物ではない翔子が買って来た、生春巻きを頬張りながらズレた事を言い出した。

 

 沢山あった料理もだいぶ減り、美里は空いた食器を洗い、姫子はカツオの酒盗とクリームチーズを肴に微炭酸の日本酒の二本目の封を切ろうとしてた。翔子は、休む事なく食べて呑んでた。そして、サキと睦基は加藤の武勇伝を聞かされていた。

 すると、食器を洗い終えた美里が席に戻ってきて話し始めた。

 

「私、格闘技、身に付けたいんだけど、誰か指導してもらえないかしら」

 

 突然、誰もが思いもよらないことを話し出した。

 

「急にどうしたの」

 

 咄嗟に姫子は口走った。

 

「こないだの件なんだけど、私、機械ばかり操作して、体感出来ないというか、ゲーム感覚だったの、確かに、やり過ぎだったのは理解できたけど、体感できると、丈君がいってた『怖さ』、人を殺したくなってしまう怖さが深く理解できるんじゃないかと思って、武道を習うのを通して、感じ取れないかなって思ったの」

 

 美里はリラックスしてはいるが、真面目な表情で話した。

 

「素晴らしい、気がついたのね、美里さんに武道が身につくと、この三姉妹、もっと洗練されるわ。そう思わない、歌音、一文字さん」

 

 翔子の中のユキが思わず表にでてきた。

 

「確かにそうだね、体感したことで相手の立場も理解しやすくなるからね」

 

 それに気がつくと、即座に歌音に代わった。

 

「美里さんは、太極拳から学ぶとどうかな」

 

 次は一文字がでてきた。

 

「え、え、ちょっと待って、翔子ちゃん、翔子ちゃんなの」

 

 姫子は翔子の変化を見逃さなかったが、驚いた表情は隠せないでいた。

 

「すみません、出しゃばったわね、初めまして、私はユキです、翔子の守護人格です、もう一人、杏がいます、まだ高校生ですけど、美里さんに太極拳、合ってると思いますよ」

 

 姫子は勿論、加藤に美里、サキも驚き、口が開いたままだった。

 

「私も一人じゃないんです実は、隠すつもりはなくて、ユキが判断して交代しました、みなさんの事、信用できるというか、ユキも仲良くなりたいんだと思います」

 

 直ぐに翔子に戻った。

 

「翔子さんも苦労なさったのね、ありがとう、ユキさん」

 

 美里は翔子のことを直ぐに受け入れた。

 

「僕らと違って、翔子は姿はそのままなんだけど、三人なんだ、ユキさんは、僕ら六人にも時々、アドバイスしてくれる、ありがたいよ」

 

 睦基は翔子を庇うかのように言葉を走らせた。

 

「美里さん、太極拳良いよ、合ってると思う、今度、トレーニングルームで、レイが上手く教えてくれるはずさ、姫子さんも一緒にどうです」

 

 丈に代わってた。

 

「私は、私は」

 

 サキは置いてけぼりにされないように慌ててしまった。

 

「サキちゃんは、八卦掌、もう少しやった方がいいと思うけど、なっ、カトちゃん」

「お、うん、だいぶ上達してきたけど、八卦掌覚えると、太極拳も理解しやすいと思うよ」

「そっか、私には八卦掌があったわね、難しいとこがあったのよねぇ、カトちゃん、また、ご指導お願いしますね」

 

 神路三姉妹に謙虚さが見られて来た。身体を動かす事に全く興味がなかった美里が勇気を出して決断した事がこの三姉妹を変える、いや、両親と兄を殺された憎しみが浄化されるきっかけとなった。三姉妹の心はとても穏やかだった。姫子は涙さえ浮かべていた。

 

 すると、翔子以外のスマホに絢子から一斉メールが届いた。

 

 また、新たな仕事が舞い込んできたようだ。『明日、一〇時研究所に集合願います。益田より。』

 

「明日、集合だって、絢子さんから、僕は行けないけど、仕事はしますから、加藤君、内容教えてねみなさん宜しく」

 

 睦基は絢子に透かさず、返信メールを送った。

 

「どんどん、仕事が舞い込んでくるな、自宅待機っていっても、直ぐこれだ、一週間くらい休んでみたいよ」

 

 加藤は苦い表情でボヤいた。

 

 そのメールは、人身売買を洋上で防ぎ、ピンクキャメル号の乗組員を勾留した結果、黒幕が分かり、その対処を検討せねばならなくなったための連絡だった。

 絢子でさえ、誰もが難渋する案件とは未だ知る由も無かった。

 

 続 次回、第弐参話 皆殺しの功罪

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