第弐壱話 困窮を裕福へ換えたい慈悲と凶徒

ある片田舎で、夜になると酔ってご機嫌なセレブな男たちと外国人美女で賑わう四階建てのビルがあった。

 反して昼間は静まり返り、ビールに焼酎、ワインやウイスキー、鮮魚に精肉、そして野菜にお米等々、食材を運搬する営業用の1BOXの車が数台、そこを行き来するくらいだ。至って静かな街並みである。

 この四階建ての内訳は、一、二階にキャバクラが数軒あり、高級寿司屋、焼肉店、小料理屋が一軒づつある。この三軒は恐らく、キャバクラからの注文に追われてるのであろう、客が少ないものの、厨房は料理を作り続けている。

 三階は雰囲気が一変し、廊下は薄暗くて生臭い空気が漂い、個室が一〇室あった。

 玄関の上には、部屋番号が書かれており、その右側に縦に並んだ赤と緑のランプが取り付けられている。赤く光ってる部屋は人が入っていて、緑色は無人である。

 両方消えてる部屋では、外国語を喋る年配のご婦人方が清掃し、ベッドメイキングしている。まるで、ラブホのようだ。

 四階はベランダに洗濯物が干されていて、人が住んでる生活感が漂っている。

 一、二階が賑やかな時は、真っ暗な部屋が殆どで、灯りが点いてる部屋には、外国語での会話、笑い声がする。決して若くない声が聞こえて来る。

 実は、キャバクラのキャストがその外国人美女たちだ。着てるドレス、化粧も派手で、スタイルが抜群の女性たち。

 東南アジア系で肌は地黒だか、ピチピチでモチモチしていてかなり若そう。けれども、派手な化粧で幼さは微塵も感じない。

 他には、白人で金髪、目が青やエメラルドグリーン、ライトブラウン、誰が見ても欧米系の女性たち。

 この娘たちは、目鼻立ちがはっきりしてて化粧は相対的に派手ではないが、ぽっちゃりした娘も混ざっていて、膨よかさと色気満載で大人微ている。

 人数は少ないが、我々の身近でよく見かける親近感を匂わす娘たちもいる。

 閑散とした風景に不釣り合いなこのビルは、世界中の女性が集い、異国情緒あふれ、成り上がった男たちとの酒池肉林の場と化していた。

 一方、セレブな男たちは、誰もが高級な腕時計をし、ネクタイにスーツ姿、カジュアルなジャケットとジーンズ姿。だが、左右の耳朶みみたぶにはダイヤモンドのピアスをしてたり、太いゴールドチェーンのネックレスが目立ったり、キラキラ光を反射させる指輪も目に入る。

 しかし、そんな男たちは、長時間は滞在せず、常に入れ替わり、タクシーが往来してる。

 そんな中、何組かの男女が時折、三階の個室に入ってく。真っ暗な部屋でカーテンや窓さえ閉めず、お盛んに勤しむ者たちや、鞭がしなる音が聞こえたり、性欲に溺れる喘ぎ声が響きわたっていた。

 益田防犯研究所にそのビルの調査を警察庁から依頼があった。そのビルのオーナーやそれぞれの店舗のオーナー、従業員の身元や外国人美女たちの入国方法等。

 何故ならば、売春の疑いや不法入国は勿論、人身売買されて働く一〇代の娘の存在が噂になっていて、そんな女性たちを手配しているのが、暴力団が背後につく半グレ集団だと疑われていた。

 警察庁が直に接触できないのは、この地域出身の国会議員からの圧力がかかっていたからだ。

 ただ、それだけでは強行してもいいのだが、この地域は、そのビルができる二年程前までは過疎化が進んでいた。

 自治体も経済的に困窮しており、破綻するのも時間の問題だった。

 なので、そのビルが建つと、経済が潤った。そして、人口も増え、運送会社やタクシー会社等も新たに設立され、過疎化が解消されたのだ。

 その地域住民もそのビルを永劫的に存在させたく思い、地元国会議員たちに、働きかけていたのであった。

 しかしながら、警察庁には、東南アジアの国々や欧州から人身売買で多くの少女が日本に流れてる疑いがあるとの情報を得ており、早く調査を始めたかった。

 右往左往するうちに、最終的には防犯研究所の監事である横井定幸まで話しが回ってきた。そして、益田が名指しされ、睦基が調査することになった。

 先ずは、このビルの運営に関わってる人物から調べた。

 ビルのオーナーは建設会社を他県で経営する有田ありたきみたけで、その建設会社では普段、不正な行為は見られない。

 合法的に政治資金を納めてる。しかしながら、有田の地元の国会議員の柴田克正はしばたかつまさ、この地域出身の議員、志村恒雄しむらつねおに育てられた経緯があり、建築業者としては、過疎化が進む地に四階建てのビルを建築するのは、経済的なリスクがあった。それにも関わらず、柴田議員の説得でビルを建てることになったのだ。

 結果として、思いがけない収益が上がり、余計に柴田議員に頭が上がらなくなった。

 一方、志村議員は、そのビルにキャバクラとファッションヘルス、いわゆる、箱ヘルを入店させたく、警察庁に過疎化解消になる旨、働きかけ、スムースに認可され易いよう根回しをした。

 勿論、合法的であった。しかし、現実的には、三階の個室は、箱ヘルではなく、売春行為が当たり前の違法な営業形態を取っていた。

 また、三階の箱ヘルの従業員に登録された人物は架空なもので、キャバクラのキャストが客を誘ったり、客から彼女らを誘ったり、他にはキャストになれなかった女性たちが、立ちんぼで、そのビルで遊ぶ男達や地元タクシー会社の運転手が他の繁華街から連れて来た男たちを誘い、その部屋を売春宿にしていた。

 そんな違法営業がまかり通っていると、必然的に問題も散在していた。

 例えば、性感染症や料金のぼったくり等が見られた。

 次に、キャストたちを調べた。

 その方法は、丈に交代して客を装い店に潜入し、直接キャストから話しを聞くといったものだった。

 恐らく、嫌々連れてこられた女性もいるだろうと踏み、雰囲気が暗かったり、よそよそしい女性を選んで話しを聞こうと考えた。

 

「お客様、お一人ですか、私どもの店は初めてのご利用ですか」

 

 黒のスリーピースのスーツに濃紺のワイシャツでノーネクタイ、ロレックスの腕時計を嵌めて入店した丈に、ボーイが丁寧に接客してきた。

 

「ええ、初めてです、海外旅行にきたみたいだね」

 

 丈は楽しそうに、かつ、紳士的な雰囲気を醸しだしていた。

 

「はい、多くのお客様がそうおっしゃいます、では、システムを説明させて頂きます、お飲み物は、アルコールとソフトドリンクが飲み放題です、お食事やおつまみは別料金で、メニューはこちらです、六〇分、八千円でご案内させて頂きます、指名料が二千円で、最初は税込で一万一千円となります、延長なさりたい場合は、三〇分単位で追加四千円を頂戴致します、では、どの女の子になさいますか」

 

 ボーイは歯切れ良く案内した。

 丈は、開店して直ぐに店に入った。女性は選び放題だった。

 また、丈はなかなかのマッチョだ。スーツ姿にせよ、一目で分かる。いつもの客とは違い、物珍しそうな笑顔を見せるキャストたちが多かった。色気を出し、誘う表情をする女性たちが多かった。

 その中でも、あまり笑ってない子を指名した。黒髪で地黒な肌だが、グロスが映えたピンクのルージュに、薄ピンクでブラとショーツも透けて見えるボディコンワンピースを着て、スレンダーだが、バストやヒップの曲線が綺麗な女性である。東南アジア系と思われた。

 

「こんばんは、宜しくな」

 

 ボーイにその女性と一緒に席にガイドされ、ソファーに腰掛けた。

 

「お飲み物は何に致しましょう」

 

 ボーイが注文を取り、ビールを頼んだ。

 

「綺麗だね、ドレスが似合ってるよ、名前は」

 

 丈は慣れた雰囲気で尋ねた。

 

「はい、キャンディーです、ウーロンティー頼んで、いい、ですか」

 

 キャンディーはキャストたちのルーティンになってる別料金、一杯千円のウーロン茶をたどたどしい日本語で頼んだ。

 中瓶のビールとそのビール会社のロゴが入った小さなコップ、氷が沢山入った細長いグラスにショート缶くらいの量しか入ってないウーロン茶が運ばれて来た。

 キャンディーは、小さなコップにビールを注ぎ、丈と乾杯した。

 その時には、席が七割程埋まり、店内は賑やかになっていた。

 

「ここに来て、どれくらいになるの」

「ロクツキくらいデス」

「日本語分かるんだ。結構喋れるね」

「ここにクルまえ、ふるさと、で、ペンキョウしましたぁ、ニネンくらい、ペンキョウした、きくのワカテきた、いうのムスカシイィ」

 キャンディーは一緒懸命話し、空になったコップにビールを注いだ。

 

「ありがとう。それくらいできれば凄いよ、故郷はどこなの」

 丈はさりげなく聞いた。

 

「それは、イッタラためデス、シツモンぱかりするね」

 

 キャンディーは面倒臭そうな表情になった。

 

「そりぁ、そうだよ、こんな綺麗な外人さんと話してるだから、知りたくなるさ」

「はい、ワカリマシタ。ても、オシエ、ナイヨ」

 

 キャンディーは怒りだした。

 

「うん、分かった分かった、じゃあ、日本はどう、楽しい、どこか遊びに行った」

 

 質問の内容を変えた。

 

「日本は、オカネモチよ、あそびはゲェムだけ、日本のゲェム面白い、ニン、テンド、面白いヨ、トモラチとショブする、負けたら、ウェー、カタラ、イェイエイ、タノシィ」

 

 キャンディーの機嫌は良くなってきた。徐々に、幼さが垣間見えてきた。

 

「原宿とか行かないの、渋谷とか」

「アカリマセン。オゥ、ワカリマセン、ゲェム、チャナイ、時は、パミマ、ン?ファ、ミ、マ、アハハ、ヘタクソいうの、アハハ、ハハハ」

 

 笑って誤魔化した。

 

「笑ったね、笑った方が可愛いよ。キャンディー、プリティーガール、アハハ」

 

 丈はキャンディーに合わせて笑い、軽く褒めた。

 

「オニさん、ヤサスィーネー、ヨカタ、ヨカタ、ビルない、また、ビルでいい」

 

 透かさずキャンディーはビールを追加した。

 

「いつもは、怖いの、怖い人、相手にするの」

 

 丈は間を空けて、質問した。

 

「スクさわる、嫌だスクわ、怒る、スク怒る、キャンディー、笑いたい、ワラウ、タノスィー」

 

 深くは答えなかったキャンディーは、丈に慣れてきたようだった。益々、幼さが際立ってきた。

 

「こんな仕事は初めてなの、まだ、慣れてないか」

「このシコトハシメテ、キャンディー、ピンボー、イエにオカネないよ、シャチョにイエにオカネ、オクルセル、ン、オク、ラ、セル、ハハハ、ハハハ、ペタキュそ、オカシ、オカシ、オモロイ、オモロイ」

 

 丈はキャンディーからもっと情報を聞きだせそうだと感じていた。

 

「キャンディー、お腹空いたなぁ、俺、寿司が食べたいな」

「オゥイェ、キャンディーも食べたい、スシィ、タイスキ、ヤチニクオイシ、オイシ」

 

 丈はボーイを呼んで、特上寿司二人前と焼肉プレートを二人前注文した。それぞれ、五千円もした。そして、三〇分延長した。

 その後、ビールを三本呑み、キャンディーもビールを三、四杯呑んで上機嫌になった。

 

「オニさん、好き、ヤサシ、ヤサシ、カコイよ、キャンディーとサンカイ、ヘヤに行くか、イコよ、イコよ」

 

 キャンディーが丈の腕を抱き、胸を当てて誘ってきた。

 丈は、これを待っていた。もっと聞きだそうと考えた。

 

「おぅ、可愛いキャンディーと二人っきりになれるのか、いいねぇ」

「マテテね、話し、してくる」

 

 キャンディーもここぞとばかりの表情で、玄関側のカウンターの奥に入っていった。

 

 〝丈、上手く行ったわね、どうしてここにくるようになったか、ちゃんと聞いてよ、社長が送金してるなんていってたけど、どうかしらね、眉唾物よ〟

 

 歌音は鼻っから猜疑心を強くしていた。

 

 〝丈、セックスは控えてよ、何か感染するといけないから〟

 

 睦基ならではのお願いだった。

 

 〝えぇ、俺と代わってくれよぉ。〟

 

 佐助は恨めしそうだった。

 

 〝何言ってるの、三日前に翔子としたでしょ。病気が感染ったら、当分出来なくなるよ。佐助は静かにしてて。

 〟

 レイは一蹴した。

 

「お客様、ありがとうございます、キャンディーは三〇一号室に向かわせました。システムは、このようになっております」

 

 ボーイがメニュー表を開いて見せてくれた。六〇分二万五千円、三〇分延長毎に追加料金一万円となってた。

 

「じゃあ、九〇分で頼むよ、キャンディーちゃん良い娘だな」

 

 丈はボーイに怪しまれてない自信があった。

 

「では、こちらでの料金も合わせまして、六万五千円になります、お支払いはカウンターでお願いします、どうぞ」

 

 ボーイにカウンターに案内され支払うと、一階の店から出て、エントランスにあるエレベーターで三階の三〇一号室まで案内された。

 

「お時間になりましたら、室内の電話に連絡させて頂きます、キャンディーが対応しますので、どうぞ、お楽しみ下さい」

 

 ボーイはマニュアルのようなセリフを口にすると、そそくさと階段を駆け足で降りて行った。

「オニさん、オニさん。ビル、呑む?」

 キャンディーは若干、緊張して、飲み物を薦めてきた。

 

「おお、ビールでいいよ、二本ちょうだい」

 

 キャンディーは、冷蔵庫から二本の瓶ビールを取り、コップも二個、笑顔で持ってきた。

 

「サン、ゼン、エン、になります」

「僕は、瓶のままでいいよ、キャンディーに注いであげる」

 

 丈から一文字に代わり、コップにビールを注いであげた。キャンディーは違和感を感じ動きを止めた。

 

「アリ、カンパーイ」

 

 再び、丈に戻った。

 

「驚いた、僕は、特別な人間なんだ、でも、キャンディーを叩いたりはしないよ、安心して、ただ、もっと聞きたい事があるんだ、素直に話してくれるかい、とても、大切なことだから」

 

 丈から佐助、睦基、一文字に代わり、キャンディーの目を見つめた。

 

「は、はい、ワカリ、マシタ」

 キャンディーは目が点になり、かつ、身体をほんの少し震わせた。

 

「Do you speak English ?」

 

 一文字は、英語で喋り出した。

 

「Yes.」

 

 キャンディーは英語で答えた。

 

「How old are you ?」

「Sixteen.」

 

 やはり、一〇代だった。まだ、一六歳だ。

 

(一文字)

「Where did you come from?」

 

(キャンディー)

「It's a small island in the southeast.」

 

(一文字)

「What did come to? and,Who had been told here ?」

 

(キャンディー)

「My parents.」

 

(一文字)

「What purpose are you ?」

 

(キャンディー)

「There is no purpose. Trafficking.」

 

(一文字)

「It's hard. I'll help Candee. Keep this silent.」

 

(キャンディー)

「I see.」

 

(一文字さん)

「How many people, Trafficking ?」

 

(キャンディー)

「Many people.」

 

 一文字は、キャンディーから、人身売買されて連れてこられたこと。沢山の人が売られて来たことが聞けた。

 出身地は最後まで言わなかったが、助けてあげるといってあげた。

 

 キャンディーはしくしくと、声を抑え泣き崩れた。

 一文字は佐助と代わり、この部屋のベランダから外へ抜け出した。その足で、このビルのオーナーで建設会社社長の有田の家に向かった。

 有田社長の自宅は、自分の会社の隣りに一年前に新築した、三〇〇坪もある敷地に広々とした日本庭園も施した、三階建ての豪邸だった。

 レザーの黒い手袋をした佐助は、正に、忍者のように外壁に登り、庭に植えられた松の木の枝を伝って家屋に侵入した。本人が居るのを確認し、まだ暗い、有田社長の寝室で待ち伏せた。

 二つのベッドの間にサイドテーブルがあり、出入り口より奥側が有田社長が使ってるベッドのようだった。

 そのベッドの枕が隣よりも大きく、カバーが茶系をしている。ドアが引き戸になっていて、その戸袋側にしゃがんで潜んだ。

 差ほど待つ時間は長くなかった。先に社長から入ってきた。少し遅れて奥さんが入ってきた。社長がベッドに腰掛け、腕時計を外し、スマホと共にサイドテーブルに置こうとした時、奥さんもベッドに座り、二人が向き合う状態になった。佐助は素早く、奥さんの背後に回り、口を押さえ、ナイフを喉に突きつけた。

「社長、騒ぐな、死ぬぞ」

 

 奥さんは両手を広げたが、佐助の左腕は、奥さんの左の脇の下を通して口を押さえてたため、膝を立ててた佐助の右脚と左腕で奥さんを固めた。奥さんは佐助の左の掌の中でモグモグすることも止めた。

 

「なんだ、お前らは」

 

 有田社長がいった。

 

「素直に答えろよ。お前が建てた、風俗ビルでキャバ嬢してる娘達は、どうやって手配してるんだ。」

 佐助から丈に代わり、社長に聞いた。その時、腕や脚が太くなり、奥さんにかかる圧が強くなった。『うっ』と、一言、丈の掌の中で声が漏れた。

 

「分かった、話すから殺さないでくれよ、志村先生のとこか、そこはヤバイぞ、お前、関わらない方が無難だけどな、あそこの、女達は、ロングタイガーっていう、永井ながい虎将とらまさって奴が仕切ってる半グレ集団が手配してるらしい、俺は、関わってないからな、俺は箱を建てただけだ」

 

 社長は素直にいった。

 

「どの国から連れて来てるんだ」

「細かい事は分からんよ、本当だ、志村先生にも、関わるなっていわれてるんだ、本当だ」

 社長はこめかみに脂汗を流していた。

 

「そうか、ロングタイガーってのがあるんだ、なんかあったらまた来るぜ、今度はちゃんとアポ取るからよ」

 

 丈は有田と繋がりを持っていたくそういうと、奥さんの口を押さえたまま、一緒に立ち、窓際まで行き、佐助と代わり、奥さんを社長に突き飛ばして窓を開けて二階の寝室から去っていった。

 

「あなた、なんなのあの男」

 

 奥さんは、震えていて、気がつかないうちに失禁していた。

 

「分からんよ、もう、志村先生とは関わらないって、明日にでも連絡するよ」

 

 有田社長は、奥さんを抱き寄せて、頭を抱えた。

 

 早速、一文字は、有田社長宅の近くのネットカフェで、永井虎将とロングタイガーを調べ始めた。

 案の定、ブログやホームページは見当たらなかった。しかし、SNSに永井やロングタイガーに関わってた内容と思われる投稿がいくつかあった。

 その内容は、『永虎さんに教えてもらったキャバ嬢がサイコでサイコーだった』、『ロンタイは、時期に風俗界を制覇する』、『バクヤバ、ロンタイ。逃げるべし』、『ロンタイが、永虎が憎い、でも、手を出すなんて、何百匹ものピラニアの水槽に手を入るようなもんだ。アイツのしもべは無限だ』等々。

 SNSへは、永井虎将やロングタイガーに対する投稿は賛否両論あった。一文字は、これら投稿者と会い、永井虎将の居場所を特定する事にした。

 

 〝睦基君、寝てろよ、明日も仕事だからさ、休んでてくれ、丈、永井を悪く言う連中のGPSは反応しないんだ、この二箇所に行ってくれよ〟

 

 一文字が今回の指揮官になったようだ。

 

 〝了解です、一文字さん〟

 

 睦基をはじめ、他の三人も眠り始めた。一文字と丈の二人で探すのだ。そうすれば、もしも、朝までかかったとしても、四人分の体力で、翌朝直ぐにでも、睦基は仕事が出来る。益々、この六人格は、人を超える能力が増強していた。

 一文字と丈はSNSにあの投稿をした二人を探し出した。二人はクラブに居た。手間はかかったが永虎のアジトとロンタイのメンバーが二、三〇人である事が分かった。

 加えて、定期的に取引があり、『メス買い』と称し、港に集まるようだ。

 そこには、ロンタイ以外に二つの組織も参加するようだ。

 そこまで分かると、永虎の顔を確認し、アジトの造りを把握すれば、ガサ入れや襲撃のプランが立てやすい。

 また、他には、殺人や強盗、窃盗、恐喝、覚醒剤の売買等も巧みに熟してることも分かった。

 それと背後には暴力団はついてなかった。暴力団さえ、手が出せないようだ。この一帯のアンダーグラウンドを牛耳っていた。

 そして翌日は、永虎達のアジトを偵察する事にした。

 

 〝予想以上に、早く済みましたね、一文字さん〟

 〝そうだな、でも、丈君は大人になったな、シンプルが良いな、聞き方とか、有田社長の奥さんは、トラウマまではならないだろうよ〟

 

 一文字は気にしていなかったが、丈を初めて褒めることになった。

 

 〝そうっすか、一文字さんから褒められるなんて、照れますね。ハハ。明日は、アジトの近くで、レイ、歌音が良いですかね〟

 

 一文字は納得し、丈の成長に喜び、誇らしさすら感じてた。

 

 今宵は新月で、空を漆黒が覆ったが、地上の電灯がその艶を邪魔してた。その反面、丈の心は自信に満たされ澄んでいた。助けてあげたい思いを胸に家路を急いだ。

 

 〝睦月、今日は女物の服も準備するんだぞ〟

 

 翌朝、いつも通りの睦基が、チーズトーストとホットミルクで朝食を済ませ、身支度してると丈はそういった。

 

 〝あぁ、そうだったね。ロンタイのアジトに行くんだったね。歌音、どんな服がいい〟

 

 今日の仕事の段取りが頭を巡る睦基は、丈にいわれ、歌音に聞いた。

 

 〝あまり目立たない方がいいわね。会社員風がいいわ、上着は、睦基が来てる紺のジャケットでいいよ。パンツはベージュのやつで、白のカットソーにして。丈、積極的ね、感心、感心〟

 

 歌音は丈を感心していた。

 

 〝いやぁ、昨日のキャンディーちゃんが忘れられなくてね、あっ、変な意味じゃないよ、故郷に帰りたいんだろうなって思うとさ、自分には目的が無いって言うからさ〟

 〝家族の犠牲になったんだろうね、幼い兄弟がいるのかも丈、大人になったわね〟

 〝一文字さんにも、同じ事、昨日、いわれたよ、照れますなぁ〟

 

 丈は少しだけ、頬を赤らめて、はにかんだ。

 

 〝じゃあ、忘れ物無いよね。行きましょうか〟

 

 この日の睦基は、必要最低限の仕事を済ますと、一六時半には大学から出て、永虎のアジトを偵察に行った。

 

 アジトは案外近くだった。廃棄された機械が転がる、元スクラップ工場で、電気、水道はまだ通ってるようだ。登記上は倉庫と申請されている。

 

 〝レイ代ろう、公衆トイレあるから〟

 

 近くにあった通行人が少ないバス停近くの公衆トイレへ五メートル先からレイに代わって入った。そこは予想通り、綺麗ではない。素早く着替えて出て行った。

 錆びた金網フェンスで囲われ、その上には、錆びた有刺鉄線を張り巡らせている。しかし、金切鋏で簡単に切れそうなくらい劣化していた。そのフェンスに沿って中を覗きながら歩いた。

 西の空がオレンジ色と白、水色、青、紺色のグラデーションがかかり始めると、建物の外壁にある照明がつき出した。

 その照明は五メートル毎に一つ二〇ワットの蛍光灯が設置されてて、正面と後面には三箇所、側面には、五箇所あった。

 また、出入り口は、正面に幅五メートル、縦二メートル五〇センチの中央から左右に開く重量感ある引き戸になっている。

 側面の中央部にも同じ寸法の引き戸がある。

 後面には、左端には右吊元の一般的なドア、右端には左吊元の同じ規格のドアがある。

 建物の中は見えなかった。丁度、一周すると西空のグラデーションは消えていた。

 すると、一台の車、年式が古い車検に通らないようなセドリックが建物正面のフェンスの前に停まり、一人の男が降りてきて大きな錠前を外し、右側だけフェンスを中に押し開けて、車で入って行った。

 そして、正面の引き戸を左右あけ、中の照明を点けた。

 その中は、五メートル程奥に、スチール制のハイパーテーションが目隠しになっていて状況を把握する事ができなかった。

 その後、五分も経たない内に一人で乗るバイクが四台、二人乗りが三台入っていった。

 次いで黒のクラウンが入り、男が五人出て来た。最後に真っ白でワックスが効き、照明の明かりを反射させる左ハンドルのキャデラックが入ってきた。先に入ったセドリックやクラウン、バイクとは、差があり過ぎる高級感で、永井虎将が乗ってるのが直ぐに分かった。

 運転手がでてくると、反対側の後部座席のドアに駆け出した。同時に助手席と左後部座席のドアが開き、男が一人づつでてきた。

 そして、運転手が右後部座席のドアを開けると、スキンヘッドで大柄で、背中に、左向きで口を開いた金の虎が刺繍された白のジャージー姿の男が降りてきた。如何にも『我、永虎なり』と、いわんばかりのカリスマ性を漂わせてた。

 先にきてた男たちは、一列に並び深々と一礼した。その時レイは永井虎将をカメラに収めた。

 この男があのビルから、あの地域の弱みから、世界の貧困した家庭から、甘い蜜を容赦なく啜る凶徒。アンダーグラウンドの申し子だ。

 レイは仕事を終えたつもりで帰ろと歩き出すと、一台のバイクがキック式のエンジンをかけて、出て行こうとしてた。即座に佐助に代わり、アジトから一〇〇メートルくらい離れた場所で、再びレイに代わり待ち伏せた。

 バイクが近づく音とライトが見えた。タイミングを図り運転してる男に飛びついた。その男とレイは、地面に叩きつけられるもレイが男の右腕を右耳につけ、自分の右手を男の顔の前から後頭部へ回してたため、着地する瞬間に袈裟固めで押さえ込んでいた。

 また、男の半キャップのヘルメットは、直ぐに脱げていた。男は、気を失った。バイクは左側にライトを向けて倒れ、転がりエンジンが止まった。

 男を担ぎ、そこから二〇メートル離れた十字路を左に入り、ガードレールの柱を背に座らせ、自分の目から下をハンカチで結び隠して数回ビンタした。

 

「おい、お前、ロンタイのメンバーだな」

 

 レイが意識を取り戻した男に聞いた。

 

「な、なんだ、おお、おめえは、俺はロンタイだ」

 

 男が正気に戻り動き出そうとすると、レイは、左膝を男の右太腿の内側に当て、右足で男の左太腿を踏みつけ、左手で喉仏を握り、右手でナイフを持ち男の顔に刃先を向けた。

 

「次のメス買いは、いつ、どこだ」

 

 レイは左手を弛めて聞いた。男は考える表情を見せ、黙り込んだ。また、レイは左手に力を入れた。

 

「素直に言え、死ぬぞ」

 

 レイは脅し、力を抜いた。

 

「分かった、今、思い出してたとこだ、再来週の火曜、夜の一一時、南港五番倉庫の前だ、そんな事聞いてどうすんだ、お前に邪魔なんてできねぇぞ」

「嘘じゃないな」

 

 また、力を入れて聞き直した。男は頷いた。

 するとレイは、素早く立ち上がり、右膝を男の顔面に入れ再び気絶させた。横に倒れた男の口を左手で開け舌を引き出し、右手のナイフで前三分の一を中央部から縦に切りつけた。

 その後、佐助に代わり、猛スピードで駆け出し、誰にも気づかれないように家路に着いた。

 

 続 次回、第弐弐話 神路三姉妹はカルトなのか

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