第什捌話 神路三姉妹の覚醒

神路姫子、美里、サキの三姉妹は、年子である。益田防犯研究所に入社した時は姫子が三〇歳を迎えていた。

 姉妹のようで、友達のようで、パワーバランスが平坦なようでそうでないようである。

 長女は姫子、次女は美里、三女がサキである。それぞれが負けず嫌いでそれぞれが秀でた特技を持っており、それぞれが認め合う珍しい姉妹関係といえる。

 長女の姫子は、手先が器用で幼い頃は貼り絵が好きで、小学校の夏休みの宿題の写生は、貼り絵を提出した程で、文部科学大臣賞候補に推薦された事があった。他には、裁縫や編み物、ビーズでブックカバーを作ったりもした。

 料理をすることも上手く、相手の好みに合わせて和洋中何でも作ることができた。

 中学生の頃には、ピッキングによる解錠方法を身につけていて指紋や網膜、顔認証等で開閉する扉やICチップ、暗証番号を用いた電子制御の鍵以外は解錠できるようになった。

 また、性格は物怖じせず、性別に関わらず他者との関係性を穏やかに構築させることができ、したがって、異性にセックスアピールさえ感じさせない程、スマートに他人と交わるのが得意だ。

 姫子の冷静かつ実直に物事を捉えられることが、三姉妹の間に溝を作らずにいた要因であった。

 次女の美里だか、次女なしからぬ次女で、内向的な性格。幼い頃からなるべく人と関わるのを避け、一日の中で読書をする時間が多かった。そして、絶対音感を持っており、ピアノを弾くことが読書の次に好きなことだった。なので、姫子やサキ達と一緒に遊ぶ事は少なかった。

 しかし、美里が一度ピアノを弾き始めると、姫子とサキは足を止めて聞き入った。

 美里の長時間の読書は知識を豊富にし、考え方をロジカルなものにした。ディベートではスマートに相手を論破する程だった。

 また、中学の頃からは、各科目の教師さえ美里と討論になるのを避けた程だった。

 それと、高校生の時、プロの囲碁棋士となった。女流棋士の中では絶対女王だった。しかしながら、自分自身をマスコミに露出するのを嫌い、囲碁のテレビ中継に出演しなけばならない時は、サングラスをかけ、大きなマスクで顔を隠したり、インタビューも全面的に拒否した。囲碁棋士や関連協会関係者、マスコミからは厄介者であった。

 逆に、その秘密めいた振る舞いが話題を呼び、人気女流棋士としての座を誰からも奪われずに居た。

 三女のサキは、一言でいうと体育会系。スポーツが得意で小学校の頃はドッヂボール、ミニバスケットボール等で全国大会に出場した。中学では、陸上競技四〇〇メートル走で全国大会三位、走り高跳びで二位の成績をあげた。

 高校からはボクシングを始め、アマチュア女子日本チャンピオンになった。

 その後、キックボクシング、柔術を学び、武闘派になった。

 また、サキは、三姉妹の中でいちばん人懐っこく、男女に問わず、小悪魔的存在を演じ、相手を困らせては喜んでいた。しかも、色事が盛んで、ここでも性別は問わず、簡単にベッドインするのが日常的だった。

 この三姉妹の両親は、二人とも実業家で、父親、義宣よしのぶは不動産業を営んでいた。母親、麻里まりはベビー用品の会社を経営していた。また、姫子より四つ年上の兄、哲朗てつろうがいた。

 両親の会社は、それぞれ経営が安定した優良企業で、二人とも多忙であったが、四人の子供達への教育は手を抜かなかった。四人を比較する事はせず、個性を伸ばすように、褒める、叱るに減り張りをつけ子育てをした。

 義宣は、『よく考えて出来たね、ちゃんと責任を持って続けなさい』というのが子供達を褒める時に多く用いた台詞だった。

 一方、麻里は、『よく頑張って出来る様になったね。もしも、あなたと同じようにそう出来るようになりたいという人がいたら、丁寧に教えてあげなさい。』と、褒め称えた。

 そんな円満な家庭に育った三姉妹に闇を齎すもたらできごとが、予見も無く訪れた。これは三姉妹の絆をより強くしたものの、心に鬼神を宿らすことになった。

 

 兄の哲朗は、アメリカの大学に進学し、卒業後、ウォール街にある証券会社に勤務した。ここでは、世界の経済を学ぶことが目的だった。そして、ここで世界規模の経済を学んだ後、将来は父、義宣の会社か、母、真里の会社を継ぐことを両親共々、考えていた。更には、哲朗本人は、二つの会社とも継ぎたいとも考えていた。

 ウォール街の証券会社に勤めて五年後、哲朗は役職に就き、順調にキャリアを積んでいた。そんな優秀な人材によくある事だが、他社からのヘッドハンティングの話しが舞い込んできた。

 哲朗は、こんな事態に対して、自分の仕事が認められたと捉え自信を持った。同時にそろそろ日本に帰ろうと考え、両親に相談してた。

 その頃日本では、義宣の会社と麻里の会社の交流が始まっていた。先ずは、懇親会に始まり、スキルアップ研修会等を合同で実施することが増えていた。哲朗からの提案だった。

 両社は土俵が違うことが肩に力を入れずにすみ、新鮮な思考をしていけるようになり、画期的なアイディアやプロジェクトを立ち上げることが可能になり、目に見える業務成果を挙げ、賃上げさえ、他の会社をズバ抜く程だった。

 言わずもなが、多くの社員に好評で、それだけではなく、求人を出すと応募人数が尋常じゃない数となり、それに加えて、義宣と麻里の信頼度が上がっていった。

 この頃から、近い将来に両社が合併し、二人の長男である哲朗が社長を継ぐだろうといった噂が流れていた。

 しかし、このような動向を良く思わない輩が両社に居た。その腹黒軍団がこの二つの会社を乗っ取ろうとしたのである。

 それは、義宣の会社の上層部二名と麻里の会社の秘書室長と副社長の二名で、それぞれ二人の社長の側近四人が悪巧みしていた。

 その方法が先ず、義宣にハニートラップをかけ、夫婦仲に歪みを入れることだった。

 麻里は確かに義宣に不倫の疑いを持った。

 ある日、麻里の会社に女性と手を繋ぎ、肩を抱き寄せ、バーから出て来る義宣と見知らぬ女性の写真と『あなたの夫は不倫してる』と書いたメモ用紙が同封された手紙が送られてきた。

 実はこの手紙は、麻里の秘書室長が社長室の机に置いたものだった。しかし、麻里は全く相手にしなかった。男ならそれくらい、と言った態度を取った。

 一方の義宣は、実際にはトラップには掛かっておらず、麻里に送られた写真の女性に全く興味を示さなかった。

 その写真は、義宣がバーから出るのを見計らって、写真の女性が同時に店の玄関近くまで追いかけ、義宣の側で躓き、転びかけたところ、義宣が手を取り、肩を支えてあげて助けた瞬間の写真だった。

 恐らく、義宣はその女性のことは微塵も記憶になかった。だから、義宣は、その後も平然と振る舞っていた。この離婚に持ち込もうとした稚列な悪巧みは直ぐに失敗した。

 その腹黒四人組は、義宣と麻里の隙を見つけ出すことができずにいた。

 義宣と麻里は、そんな輩がいることには気がついていなかった。しかしながら、いつ何時、敵が現れ、自分達の活動が妨害される可能性があると考え、警戒は怠らず、相手にすると自分達が不利になるような誹謗中傷は無視する事にも慣れていた。

 

「義宣、こんな写真が送られてきてたわよ、この子、転びそうになったのよね、髪の毛がこの方向に垂れるなんて、あなたがお相手をエスコートする時はどんな時だって、女性の姿勢のバランスが崩れるなんてないものね、あなたが支えてあげたのよね。こんなメモも一緒に送られてきたわ、笑っちゃった」

 

 数週間後、麻里は義宣にその写真を見せた。

 

「全く、覚えてないよ、このお嬢さん、知らないよ、もしも僕の側で誰かが転びそうになったら手を差し伸べるのは当たり前だよ、当たり前だのクラッカーさ」

 

 義宣はその女性の記憶なぞ、全くなかった。

 

「そうよね、助けてあげるのは当たり前だからね、誰かしら、こんな悪戯するのは、一応、私が保管しとくね」

 

 麻里は臆せず、ナチュラルに義宣の前で振る舞った。

 

「うん、宜しく」

 

 義宣は信頼している妻に甘い笑顔を向けるだけだった。

 

「それよりも、君にも連絡あった哲朗から、日本に帰りたいらしいよ、自信がついたから日本で試したいみたいだよ」

「へぇ、そんなことだったの、私は電話に出れなくてね、昨日の電話、あぁ、今日も掛けられなかったわ、あなたなんていったの」

 

 二人は哲朗のことを話し始めた。

 

「そう、昨日だ、母さんにも連絡入れとけってはいった、それと、日本に戻るって事は賛成したよ、日本を離れて一〇年経つからね、色んな事が見えて来たんだろうな、向こうでどんどんキャリアアップしてるみたいだから、向こうの良い人脈も武器にして、日本で試したいんだろう、我々には心強いことだな」

「丁度良いわね、あなたの会社とうちんとこと、良い流れになってきてるから哲朗の腕の見せ所ね、それと、姫子や美里、サキにも良い影響になりそうね」

 

 義宣と麻里は共に哲朗のことが頼もしく感じていた。

 

 こうして、両親が言う『試してみて良いだろう』という言葉が、哲朗が日本へ戻ることを決意させた。

 

「室長、私のフロリダ出張のスケジュール、変更できますか、帰りは長男と一緒の飛行機にしたいの、それと主人も一緒に、私的な事になるからフロリダでの日程は変更しないで、日本に帰ってくるのが二、三日遅くなっても良いかしら」

  

 麻里は、あの秘書室長に調べさせた。この人物こそ、腹黒四人組の中でいちばんに、社長の麻里に対して、嫉妬を抱いてた坂浦美奈子さかうらみなこであった。

 

「はい、社長、直ぐに調べます、これまでの予定では、社長が帰国して翌日は、商品開発部への報告会がありますが、今ならそれを五日後に変更できます」

 

 坂浦は事務的に答えた。

 

「じゃあ、変更お願いしますね、でも、報告会の時に私が使う資料は、商品開発部にメールしますので、それも伝えてて頂けますか」

 

 麻里は秘書に対しても謙虚で丁寧で物腰低い対応をし、人望厚い社長だった。

 

「かしこまりました、開発部にはそのように通達しておきます。では、フロリダからニューヨークまでの飛行機とホテル、ニューヨークから東京までの飛行機の手配は私にやらせて下さい、社長、フロリダでの準備もありましょうから」

 

 坂浦はここで、ある企みを閃いた。

 

「ありがたいは室長、今度の出張は、私もプレゼンしないといけないから、久し振りの英語のスピーチだからね、じゃあ、ホテルは主人と泊まれる部屋で、飛行機はビジネスクラスで三人分お願いしますね、坂浦室長ありがとうございます、支払いは自分でしますから、予約済んだらいって下さいね」

 

 麻里は坂浦を信じきっているように見せた。

 

 坂浦の計画は、夫婦と長男も一緒になる機会で、いっぺんに三人を貶めるとこができると考えた。そして、暴走した。

 

 神路夫婦と長男の三人が帰国する日、成田空港へ迎えに行かせた社用の車に細工をした。

 右の前後のタイヤホイールのネジを緩めたのだ。社用の車のタイヤにはホイールカバーがされてるため運転手さえ気がつかなかった。

 

「お帰りなさいませ社長」

 

 運転手は長年勤務している長谷川喜久雄はせがわきくおだった。

 

「お疲れ様です、長谷川さん、うちの人と長男も宜しくね」

 

 麻理の態度、口調はごくごく普段通りだった。

 

「どうも、お久し振りでございます、旦那様、それと、哲朗さん、今日は私がご自宅までお送りさせて頂きます」

 

 運転手の長谷川はも普段通りで物腰低く、義宣たちにも挨拶をした。

 

「長谷川さん、宜しくお願いします、お世話になりますね」

「長谷川さん、お元気そうで、いつもお世話になってます、宜しくお願いします」

 義宣と哲朗も普段通りだった。

 

 長谷川は何も知らず、車を走らせた。

 

 羽田空港から自宅がある田園調布までは一般道の国道三七五号線を通っても四、五〇分では到着出来る。しかし、この日は長谷川が気を利かせ、首都高湾岸線に乗った。渋滞する時間帯ではないからそのほうが早く着くはずだ。そして、車もスピードが出せる。

 車内は、当たり前に部下が上司に気を遣い、当たり前にそんな部下に喜びを感じ、和やかな雰囲気になっていた。そして、東海JCTから一般道へ降りようと長谷川がハンドルを少し左に切った瞬間だった。

 右の前後輪が外れ、JCTへ向かう道と本線とを別ける分離帯へ反転して車の屋根からぶつかった。そして、後方から来た大型の貨物トラックが本線にはみ出した神路夫婦たちの車の後方に突っ込んできた。トラックはぶつかって初めてブレーキを踏んだ。タイヤが摩擦熱で焼き焦げる匂いが立ち込めた。

 その勢いで神路たちの車は、半時計回りに運転席と後部座席のドアの間を軸とし駒のように回転した。

 天井が潰れ、フロントガラスをはじめ、全ての窓ガラスは粉々となり、破片とともに車内にある軽量な置物類はそこから飛び散った。再び、後続車の真っ赤なポルシェが時速一五〇キロで突っ込んだ。すると、神路達の車は半時計回りの回転速度は緩んだものの、横回転が加わり、車体が無限大の記号を表すように回転し、道路と車体の摩擦で火花を散らし、本線の進行方向へ飛ばされた。

 その火花が、小さな穴の空いたガソリンタンクから漏れ出すガソリンに引火し、大爆発を起こした。四人は即死した。

 

 大惨事になった。テレビのニュース番組で即、首都高速での大事故と放送された。

 トラック運転手はシートベルトの圧力で右鎖骨を骨折し、エアバッグで顔面打撲の怪我をした。

 ポルシェの運転手は、頸髄に中心性脊髄症候群、いわゆる、重度なムチウチを負った。

 また、マスコミに爆発した車に乗ってたのが、神路義宣と麻里夫婦、長男の哲朗だったと認知されるや否や、情報番組でも取り上げられた。

 警察の発表が、車の右側前後のタイヤが外れたのが原因と発表されると、それらの番組では、CGやジオラマ風の模型で再現し、挙って、事故の解説を報道した。また、遺族の三姉妹の情報も各メディアで放送された。

 

 家の周囲は報道陣で溢れてた。姫子やサキが玄関を出ると、即座にマイクを向けられた。二人は、それを避けて外出することに難渋していた。

 美里は事故後の本人確認さえ、できずにいて、家に閉じ籠った。

 葬儀が義宣と麻里の会社が合同で社葬とし、その模様も報道された。

 三姉妹は混乱した。悲しんだ。恐怖を覚えた。いっぺんに、大切な家族を亡くし、その上、過熱したマスコミの報道に。

 放心状態、不眠が何日も続いた。涙は枯れ果て、衰弱した。

 こんな三姉妹の癒しになったのが、家政婦の三田村邦子みたむらくにこだった。

 普段は自宅から通っていたが、邦子は三姉妹を案じ泊込んだ。そして、邦子の夫が、食材から日用品の買い出し、邦子の着替え等を仕事を休み、運んでくれた。

 この三田村夫婦は、子供に恵まれず、邦子は長男や三姉妹が幼い頃から家政婦として育児も手助けし、可愛らしい子供達をよく夫の一平いっぺいに話し、聞かせた。我が子のように、喜びや両親が多忙で会えず、悲しむ事も共感してあげた。

 当の三姉妹は、そんな邦子に対して、いつでもなんでもいえる唯一の大人だった。

 このように邦子は献身的に神路家に仕え、家族同然な唯一、血縁の無い人物であった。

 そんな状況の中、警視庁捜査一課から、益田、横井警部補が神路家を訪れた。

 

「三田村さんは家政婦さんですか、恐れ入りますが、今回の事故の件で、三田村さんと三人のお嬢さん達にお話ししたい事があります、お邪魔させて頂けませんか」

 

 益田は単なる事故ではなかったような雰囲気を発していた。

 

「どうもご苦労様です、では、お嬢様方に声をかけてみます、何分、ショックが大きかったものですから、嫌がるかも知れません、その時は、お引き取り願えますか」

 

 邦子は三姉妹を気遣う返答をした。

 

「はい、構いません、無理にというわけではありませんので」

 

 横井は完璧に捜査モードに入っていた。

 

 邦子は、奥に下がり、姫子の部屋で沈み込んでる三姉妹に声をかけた。

 

「警視庁捜査一課、えっ、やっぱりただの事故じゃなかったの、長谷川さんが安全運転を怠る事はないばずだから、美里、サキ、話し聞いてみよう」

 

 姫子は警察が来たことで、水を得た魚のように、目を大きく開き仁王立ちになった。

 

「この度は、ご愁傷様です、警視庁捜査一課から参りました、益田絢子警部補です」

 

 絢子は姫子に警察手帳を翳し、名刺を手渡した。

 

「同じく、横井定幸警部補であります」

 

 同じように横井も自分の名を名乗った。

 

 二人は邦子にリビングへ案内され、センターテーブルの奥にある二人掛けのソファーに腰をかけた。

 

「では、早速、あっ、三田村さん、お茶とかいらないので、一緒に聞いて下さい」

 

 絢子が緊迫した表情になった。

 邦子はソファーに腰掛けず、ふかふかの絨毯に正座をし、三姉妹を益田らの右斜め前の三人掛けソファーに座らせた。

 

「では、私から、お嬢様方のご両親とお兄様の事故は、単なる事故ではなく、殺人事件の可能性があります、これには二つの理由があって、先ず一つ目、右側のタイヤが外れたのは人為的にボルトが緩められてた事がわかりました、二つ目、ガソリンタンクには、直径五ミリほどの穴が空いてました、そして、簡単にガムテテープ一枚で補強されたのです、強い衝撃が加わると、わずかであると考えますが、ガソリンが漏れやすい状況にあったと予測されます、これも人為的なものです、ですから、ご両親やお兄様が乗っていた車は誰かの手によって事故しやすいように予め細工されてた、という見方ができます」

 

 益田はほんの少しだけ鼻の穴を膨らませて興奮気味で、それを抑えようと必死だった。

 

「そこでですね、みなさま方にお聞きしたいのは、誰かに、ご両親が恨まれる、もしくは、お兄様が恨ませるといった心当たりはないかというのをお聞きしたいのですが」

 

 横井はやけに落ち着き払っていた。

 

「車にそんな細工をされてたんですか、本当ですか」

 

 姫子がいちばんに口を開いた。

 

「はい、鑑識によると、もしも、タイヤのネジが時間をかけて自然に緩むのであれば、サビや汚れがもっとついてただろうとの見解です、ガソリンタンクに関しては、小さな穴でありましたが、それを塞いでたテープが真新しいものでした、そして、その穴が放置されてれば、日頃からガソリンの減りが早くなって、日常的に運転してる者は直ぐに気がつき修理に出すだろうという見解なのです」

 

 絢子の興奮は、まだ治まらないでいた。

 

「殺されたのか、父さん、母さん、兄さんは」

 

 サキは怒りが込み上げ、悔し涙を流した。

 

「そうですか、身近な人の犯行ですね、あの車は母さんの会社の車で、恐らく、兄さんがニューヨークから帰って来たのは、先ず、母さんの会社に入るからだと思います、母さんの会社は、フロリダのベビー用品の会社から日本での代理店の権利を得おうとしてました、兄さんは、ウォール街で頭角を上げてたようですし、次期社長です、それを好まない人がいるのでは、母の会社の、母の側近の人達にも話しを聞いたほうがいいですね、宜しくお願いします」

 

 美里は目に涙を溜めていたが、冷静にロジカルな意見をした。

 

「あ、普段と違う事がありました、運転手の長谷川さんは羽田空港からだと、よっぽどの事がない限り高速は使いません、奥様の会社の秘書の坂浦さんから奥様達が帰ってくる日の午前中に電話がありました、哲朗さんが帰ってくるのに、姫子さん達が喜んでるだろうから長谷川になるべく早くご自宅に着くようにいったと、三田村さんも早く哲朗さんの顔が見たいでしょ、なんてことまでいってました、その時は私のことまで気を遣って下さってと思ったので、嬉しくなったんですけどね、奥様や旦那様がわざわざ長谷川さんや坂浦さんに、帰りを早くなんていうとは思えないし、坂浦さんからそんな連絡があったのは初めてでした」

 

 邦子は目を見開き、やや、早口になっていた。

 

「分かりました、他に、私達に話しておきたい事はありませんか」

 

 絢子は漸く興奮が冷め始めていた。

 

「では、我々はその秘書の坂浦さんに話しを聞いてみます、ご協力ありがとうございました」

 

 横井は冷静に、絢子と共に神路邸を後にした。

 

「大丈夫ですか、姫子さん、美里さん、サキさん、警察の方々、思ったよりは気遣ってくれましたね、私、怖かったんですけどね」

 

 邦子は安堵し、三姉妹の様子を伺った。

 

「邦子さん、ありがとうございます、直ぐに追い返さないで、私達に確認してくれて」

 

 姫子は邦子に感謝した。

 

「私も感謝ですよ、色々、見えてきましたから」

 

 美里の涙は涙袋に戻っていた。

 

「邦子ばぁば、ありがとうね、流石、私達を分かってるね」

 

 サキは今でも邦子に甘える仕草を見せた。

 

 三姉妹は、再び姫子の部屋に戻った。

 

「益田さんと横井さんは、坂浦に会いに行ったかしら、ねえ、美里、確かめられる」

「うん、分かるわよ。もう調べてるわ」

 

 姫子が美里に聞くと、麻里の会社のサーバーにハッキングし、防犯カメラから坂浦が会社に居るのを確認していた。

 

「私、坂浦の家に行くね、証拠を隠してるはず、そしたら今夜、ケリをつけなきゃね」

 

 姫子は黒革のつなぎに着替え、バイクで坂浦の家に向かった。

 

 坂浦の家は、築年数は古いも、アンティークなお洒落な造りの三階建てのアパートで、エレベーターさえない。姫子にとっては好都合だった。簡単にピッキングで鍵を開け、部屋の中に忍び込んだ。

 証拠は直ぐに見つかった。台所の床下収納の中にある、ぬか漬け壺の下に会った木箱の中にL型ボックスレンチと錐と金槌、ガムテープが入っていた。

 姫子は、木箱は残し、その中身と、そこにあった果物ナイフを持って、自宅に戻った。

 

「ほら、これが証拠よ、あの女やってくれたわね、許さない」

 

 姫子は自分の部屋に入ると、美里とサキにそれら見せた。

 

「姫子、丁度、今、益田さん達が会社出ていったわよ」

 

 サキは両腕を組んで、美里のパソコンのディスプレイに目をやっていた。

 

「美里、坂浦に電話して」

 

 姫子は美里に指示した。

 

「坂浦さん、美里です、今、お電話いいですか」

「はい、宜しいですよ、どうかされましたか」

 

 坂浦の声には焦りや不安等、感じ取れなかった。

 

「母さんの部屋を整理してたら、会社関係の書類が出てきたの、会社の封筒にマル秘のスタンプが押されてるんです、それ以外は何も書かれてないです、でも、書類が入ってて、ちゃんと封もされててね、坂浦さん、まだ会社にいらっしゃいます、私が確認するよりは、坂浦さんに直ぐに届けた方が良いと思ったので、これからそっちに向かおうかと思いまして、会社にとって重要なものなら、早い方が、何かあったら直ぐに対応した方がいいですよね」

 

 美里は上手い嘘をついた。

 

「そうですか、私も何かわかりませんが、会社で確認した方がいいですね、これからいらっしゃいますか、では、秘書室で待機してますので、宜しくお願いします」

 

 坂浦は何の疑いも持たなかった。

 

 姫子と美里は、会社の玄関から秘書室までの動線に設置されてる防犯カメラを確認した。そして、美里はノートパソコンで、会社のサーバーにハッキングした。サキは、会社の封筒にマル秘のスタンプを押し、白紙の便箋を入れ封をした。姫子が取ってきた果物ナイフを紙に包んだ。

 

「準備はいいわね、行くぞ」

 

 姫子が怖いほどの真剣な表情になっていた。

 

 サキが車を運転し、会社の近くのコインパーキングに車を止めた。三人は堂々と会社の玄関から入って行った。美里は玄関先の防犯カメラの録画を止めていた。

 次に受付近くのカメラの録画を止めた。このように、秘書室に着くまでカメラの録画を止め、二人は秘書室へ入った。

 

「坂浦さん、お疲れ様です」

 

 坂浦が座っている机を三人で囲んで、美里が声をかけた。

 

「わざわざ、お三人で」

 

 坂浦が少し驚くと、姫子は坂浦の台所から持ってきたL型ボックスレンチと錐、金槌、ガムテープを一つづつ机の上に並べていった。

 同時に、サキはあの果物ナイフを坂浦の顔に向けた。

 

「お前だったんだな、私達の大切な家族を殺したのは、長谷川さんまで巻き添いにしやがって」

 

 サキはナイフを頬に、軽く押し当てた。坂浦の身体は震え出した。

 

「あんな事故になるとは思わなかったのよ、ごめんなさい、ごめんなさい、殺さないで」

 

 声も震えてた。

 

「あなた独りでやったの」

「は、はい、いいえ、田中常務、鈴木常務、植田副社長の指示です、はい、そうです、そうです」

 

 姫子が感情を顕にせず聞くと、坂浦は益々、怯えだした。

 

「嘘ですね、確かに、あの三人なら、父や母、兄を陥れようと考えるとは思いますが、最初は四人で企んだのですね、今回はあなた独りね、三人には話しましたか」

 

 美里が氷の刃のように冷ややかな目で坂浦を見つめた。

 

「はい、い、いえ、はい、今回は、わ、私が」

 

 坂浦がそういうと、サキが封筒を出し、開封するようにいった。坂浦は震えながら封を開け、中の白紙の便箋を広げだ。

 

「ペンを持ちなさい、私がいう通りに書くのよ、今日、警察の人が来ました」

 

 坂浦は姫子に顔を向けれず、全身を震わせていた。

 

「私の卑しい心が社長達の命を奪う事になってしまいました、自分が怖くなりました」

 

 サキは涙を流した。

 

「ここにある道具でタイヤのネジを緩めて、ガソリンタンクに穴を開けました、死んでお詫びします」

 

 坂浦はそこまで、いう通りに白紙に姫子の言葉を綴るとペンを止め、正面に居る姫子を見た。

 

「まだよ、続けるわよ、田中常務、鈴木常務、植田副社長、私達の目論みは叶わないようです、どうか、今後の会社のために、ご尽力下さい、秘書室長、坂浦」

 

 坂浦が書き終えると、サキが果物ナイフを左手に持たせた。

 

 「ペンは持ったままよ」

 

 姫子はいい、美里と共に、サキの後ろに身を隠した。サキは自分の手でナイフを支え、刃を坂浦の右側の顎と首の境目、外頸動脈と内頸動脈に向けた。

 

「しっかり握りなさい」

 

 サキが大きな声で言うと、坂浦は驚き力が入った。その瞬間、ナイフの刃先から五センチ程挿し込むまるように突き刺し、ナイフが抜けるように素早く手を離した。

 すると、坂浦の右斜め前方に勢いよく血が吹き出した。

 その血吹雪は、机の上の便箋の右上の角にも飛び散った。動脈血であるばかりに、鮮明な深紅だった。

 

 その後、田中常務と鈴木常務、植田副社長は、任意の取り調べを受けるが、今回の事件には関与してないのが分かった。しかし、取締役会や株主から責められて、退職金なしで辞職に追いやられた。

 

 その後、神路三姉妹は、巧みで身勝手な自己中心的な犯罪者を憎み、それらと出会うたびに朽ち果たす事を始めるのであった。

 

 続 次回、第什玖話 加藤志水の日常

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