第什陸話 改心

「私、警察辞めるわ」

 

 睦基たちの『変態』現象が落ち着いてきた頃、突然、益田刑事は話し始めた。

 

「一般社団法人は、理事が必要だから、あんた達は理事になってもらうわね、定さん、睦基君が知ってる横井定幸さん、加藤君にも今度紹介するね、その人には監事をお願いしたから、益田防犯研究所を立ち上げます」

「えっ、もう立ち上げたの」

 

 加藤は驚き、益田に目を向けた。

 

「四月からよ、その頃は睦基君、研修医してると思うけど、大丈夫よね、加藤君は強くなったの、もっともっと強くなりなさいよ」

 

 睦基は、大学を卒業し、医師国家試験に合格した後、研修医となった。在学中に臨床マッチング制度で選出された母校の令高大学附属病院で初期臨床研修を受けることになった。

 最初の六ヶ月は内科で研修した。この時に、睦基ら六人のあらゆる検査を秘密裏に実施した。

 先ずは、睦基の全身MRIを撮影した。特徴的な部位は、大脳皮質に見られた。前頭葉の中心前回に見られる運動野と頭頂葉の中心後回に見られる感覚野の体積が一般的な人のそれより、一.五倍あることが分かった。それと、大脳辺縁系を構成する、扁桃体と海馬が一.三倍大きい体積になっていた。

 次に歌音をMRIで撮影した。脳内の違いは、脳梁が太くなってた。これは、一般的にも見られることで、女性は男性と比べてそれが二〇パーセント太いとされている。驚いたのは、卵巣が無いのだ。女性器、子宮は見られたが卵巣の形はあるも、中身がない。すなわち、歌音には、生殖能力が備わってないのだ。

 

 〝歌音、大丈夫、ショックじゃない、女性として〟

 

 歌音は表情を変えずにいたが、睦基は気になった。

 

 〝うん、大丈夫よ、私達が変化できる限界なんじゃないかしら、もしも、私が身篭ってしまうと、あなたや一文字さん、丈にも代われなくなるはずよ、私たちに産休、育休は有り得ないのよ〟

 

 もしかすると、一、二年くらい歌音で居ると子供が産めるようになるかも知れないと、睦基は考えた。しかし、言葉にはできなかった。

 勝手に自分自身の中から歌音を生み出してしまい、もしも歌音が、歌音としてこの世に生を受けていたら、歌音らしく生きていくことができたと想う睦基だった。

 

 六人に共通していえるのは、大脳皮質運動野と感覚野の体積の大きさだ。日を改めてfunctional MRIで、その部分の神経細胞活動を調べる事にした。

 結果、歌音が一番に運動野と感覚野の細胞活動の体積が大きく、次にレイ、そして、一文字、丈、睦基、佐助の順で細胞が活動する体積が小さくなっていた。

 これは、神経細胞が多く活動してる歌音が秀でている訳ではなく、六人が六通りの神経活動パターンがあると考える方が適しているようだ。正に、人格が六人、明らかで、それぞれ身体の形、使い方も六通りと了然たるものだった。

 

「翔子、凄い結果だよ」

 

 睦基は勤務を終え、会う約束をしてた翔子に話した。

 

「睦基君、大丈夫よ。うちに行こう、美味しいの食べよう」

 

 翔子には普段より睦基の心が沈んでいるように見えていて気遣って優しく笑顔を見せた。

 マンションに着くと、翔子は焼きそばを作った。とても美味しくて、何もかもを忘れさせてくれる程の焼きそばを。睦基は。とても前向きな気持ちになれた。

 

「翔子、このデータ見て、何だか罪悪感を抱いてしまったんだけど、これが現実なんだな」

 

 睦基は冷静になれて、他の五人は静かにしてくれた。それと、ユキと杏も静観してくれた。

 

「良いんじゃない。私は睦基君に対しての気持ちは変わらないわ、だって、苦しんで治療して来た私を素直に応援してくれたんだもの、二つの資格が同時に取れたのも睦基君のお陰よ、それとね、お母さんも喜んでくれて、今は、放課後等デイサービスで子供達のために頑張ってるわ、それなりに考えながら、生き生きしてるの、睦基君と出会えたのがきっかけよ」

 

 翔子は目頭を潤わせていた。

 

「ありがとう、今、言ってくれた話を忘れないようにするよ、頑張るよ」

 

 穏やかな表情で睦基は応えた。

 睦基は、初期臨床研修の救急医療、地域医療の研修を終え、後期研修に入った。

 まずは、産婦人科で研修医を務めた。ちなみに、佐助は大喜びで、レイが抑えることに苦労した。

 過酷な研修だったが、命の誕生を感動的に受け止められるようになったようだった。両親は殺してしまったけど、それ以降、人を殺めなかったことを五人に感謝した。

 特に、丈に。

 

 〝君だから、俺はそうしただけだ、違う奴ならバンバン殺しまくりだったと思うぜ、それだけじゃないさ、俺が思う、俺自身の姿にさせてくれたんだ、これ程嬉しい事はないさ、みんなそう思ってるよ。〟

 

 丈は感謝した。

 

 〝睦基、あなたに感謝よ〟

 

 歌音もそういった。

 

 一方、捜査一課を退職した益田絢子は、小規模普通法人の一般社団法人を立ち上げた。『益田防犯研究所』である。その研究所の業務内容は、益田が執筆した防犯、特に、暴行からの護身方法を綴った本の出版や演習を交えた護身術の講習会、警視庁から殺人や暴行事件の犯人のプロファイリングの依頼を受ける等、益田自身が遣り甲斐ある仕事をできる環境を作った。

 そして、加藤は工事現場の作業員を辞め、この研究所の正社員となり、理事も勤める事になった。睦基と翔子も理事になった。

 加藤と睦基らは護身術の講師を勤めた。睦基は毎回参加できなかったものの、女性限定の護身術講習を開く時は、前以て連絡が有り、歌音やレイが講師を勤めた。二人は大人気で毎回、大盛況だった。

 また、横井が法人の監事に就任したため、周りからの信用が高い組織となり、多忙な職場になった。

 その頃睦基は、後期研修の精神神経科で学び、研修後、大学院に進み博士号の学位取得を目指すため、研修医をした令高大学附属病院の精神神経科へ入局した。

 

「江戸幕府の初期の頃にね、三代将軍の徳川家光が側近六人を六人衆って呼んだの、睦基君達はは私にとって六人衆ね、忙しくなると思うけど、宜しくお願いします」

 

 益田は丁寧に睦基たちに医局入局後の忙しい中、傍に居てくれることに感謝した。

 

「睦基君格好良いなぁ。俺もなんかないかな益田さ〜ん、あっ、私は、益田さんの右腕であります」

 

 加藤がそんな冗談めいた言葉を口にできる程、和気藹々とした雰囲気の職場であった。

 勿論、加藤と睦基らの裏稼業は継続した。しかし、二人だけでやっていくのが限界に近づいたため、新たな人間が三人も加わった。そのため、益田の研究所の仕事、裏の仕事は益々、厚みがでてきた。

 医師になった睦基は、益田と同じくらい、巧みで身勝手で、自己中心的な犯罪者が嫌いになった。いつまで続けられるか定かではないが、一生をかけて、この世から犯罪を減らして生きたいと、日々、考える生活を送るようになっていた。

 人を殺した後悔は消え失せていた。

 

 続 次回、第什漆話 警部補益田絢子

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る