第什肆話 相棒
翔子が目指している看護師と助産師の国家試験受験日が近づいていた。寒さが少しだけ和らいでいたが、緊張感ばかりは弛められないでいた。
その頃睦基は、益田刑事からの招集がかかり、加藤と初めての仕事に取り掛かろうとしていた。
翔子と睦基は会える日が減り、一日一回程度のLINEのやり取りしかできていなかった。しかしながら、翔子が勉強に集中するのに好都合となった。
加藤との仕事は、ある殺人事件の容疑者の内定だった。
その事件とは、大物政治家の政治資金パーティーでコンパニオンとして派遣された女性が、その会場のホテルの中庭で倒れて死亡していた。恐らく、転落死であろうという事件だった。
当初、自殺も視野に捜査が進められたが、その女性の遺書やその女性が精神疾患、人間関係のトラブル等を抱えてる事実はなかった。
逆に、評判が良く、政治資金パーティーを専門とするコンパニオンで清楚な服装、誠実な雰囲気を醸し出すキャラクターで、これまでに十数回もコンパニオンを務めており、仕事振りも好評で、重宝がられていた。議員と支持者の顔合わせや、議員からの伝言を支持者に伝える等を丁寧に出来る女性だった。
この政治資金パーティーを開催したのは、政権与党の代議士で、当選八回、政党の中で二番目に大きな派閥を持つ、
保田坂は、この資金パーティーを開く半年前から、地検に大手ゼネコンからの収賄が疑わられていた。益田刑事は、この収賄疑惑と五十嵐佳子の死に繋がりがあるとみていた。女の勘である。
五十嵐佳子の遺体の第一発見者は、保田坂の派閥の下層の議員の秘書で
パーティーが始まり、開催した保田坂議員や来賓の挨拶が一段楽つくと会場の直上階、三階の使われてない宴会場のベランダで、斎藤はタバコを吸っていた。何気に下を見下ろすと、女性が倒れてるのを発見し、ホテルの職員にそれを告げ、警察に通報させた。
第一発見者の斉藤は、勿論、取り調べを受けた。被害者の五十嵐佳子との接点は無く、被害者の衣服から検出された本人以外のDNAと斉藤のDNAは一致しなかった。
したがって、容疑者からは外された。しかし、保田坂代議士の派閥は、他の派閥よりも党の役職に就く争いが激しいとことを証言していた。
すなわち、政治家としての地位を確保したい下層の派閥議員たちは、保田坂へ認められたく、保田坂からの指示を我先にと争い請負って結果をだすのを競い合っていた。五十嵐佳子がその争いに巻き込まれ、殺された事を匂わせた。
そこで、捜査一課は、保田坂議員の派閥内のチカラ関係を調べ、疑われてる大手ゼネコンと近い距離の国会議員を捜査する方針を示した。
益田刑事は予測していた。今回の捜査はスムーズに進まないことを。案の定、地検特捜部からの圧力がかかってきた。一課での捜査は停められてしまった。
「保田坂さんは、収賄が疑われてるの、今回は殺人事件だからさ、党内では鎮静化に躍起になってるわけ、今が狙い時、あなた達二人にはこの派閥の上層部にいる、
益田刑事は睦基と加藤に、堀田、杉浦両議員の秘書や後援会会長の顔写真付きの名簿をに手渡した。
「益田さん、どんな事すれば良いですか」
加藤は遠慮なく、躊躇なく、素直に問いかけた。
「堀田と杉浦の秘書やこの二人についてる若手議員とその秘書達とかが、殺された五十嵐さんと接触があったか、ゼネコンとどう接触してるか、から、先ずは探れば良いわ」
レイが交代して即答した。
「そうか、そうか、今回はまるで刑事ですね俺らは」
加藤はほろ苦い笑みを浮かべた。
先ずは、堀田議員の周辺を探った。その秘書達は、直接ゼネコンとの接触は無かったものの、杉浦議員の秘書を介して、間接的に繋がってることが分かった。
次に、杉浦議員の周辺を探ると、この大手ゼネコンの二社は、保田坂議員へ迂回献金をし続け、指名競争入札へ参加可能となり、随意契約の締結も多くなった。これらに加え、保田坂議員の政治力強化を目的に、保田坂が指示し、政党上層部の議員へトンネル献金もしていた。
いうなれば、杉浦は保田坂とゼネコン二社とのパイプ役を担っており、堀田が杉浦の後方支援をしていた関係性が分かった。
コンパニオンの五十嵐佳子は、保田坂議員から、トンネル献金をする指示を記したメモ用紙を保田坂の秘書から杉浦の秘書へ渡す役割を担ってた。
そのため、五十嵐佳子は友人達にコンパニオンの仕事が嫌になってきたとの愚痴を溢すようになってたようだ。これが、睦基達と加藤が二人で洗い出した内容だった。
加藤は今回のような案件は初めてで、これまでは睦基を襲ったような武闘派の仕事ばかり依頼されていた。このような刑事、もしくは、探偵まがいの仕事を張り切って堪能した。時にはスーツ姿、時には地方の訛りで喋り続けたりと、睦基たちが笑ってしまいそうな事を演じたりした。
「今は、睦基君かレイちゃんか、どっちでもいいか、ここまで調べれば、益田さんも喜ぶだろう、いい仕事できたな」
加藤は満足してた。
「絢子さん喜ぶよ、でも、加藤君の演技は笑いそうになったわ、頑張った、頑張った、加藤君、これからが本番よ、杉浦議員の秘書の中に犯人がいるから、そうだ、カトちゃん、気い抜くなよ、でも、秘書さんの中には、美人さんがいたね、お近づきになりたいな」
睦月から、歌音、一文字、レイ、丈、佐助の順に加藤に話した。
「ん、えっ、全員出やがったか、ガハハ、おもしれぇや」
加藤は上手く行ったことに気を良くしていたのに加え、睦基たちの人格交代の様子を拍車をかけるように笑った。
「そうだよね、糞政治家たちは、こんな構図かぁ、まぁ、こんな事は政治家たちの日常だろうけど、人を殺すかぁ、許せないなぁ」
睦基たちと加藤が益田刑事へ調査報告すると、益田は鬼の形相に代わった。
「益田さん、落ち着いて。犯人は目星ついてるわ、その人達、どうする、殺す。廃人にする」
「レイちゃん、犯人特定したの、誰」
益田刑事は驚き、表情が緩んだ。
「秘書達全員」
レイはあっさり、無表情だった。
「秘書達を全員生き地獄に葬るのさ」
丈に代わっていた。
「そうすると、ゼネコンの連中は、政治家に金をばら撒かなくなると思います」
一文字も表に出てきた。
「三日で仕留めるよ、今回はカトちゃんなしな」
再び、丈が表れた。
「大丈夫なの?危険過ぎない」
益田刑事は簡単なことではないと意識していて、丈の自信満々な素振りを心配になった。
「ほんとに、俺なしでいいのかよ」
加藤は、そんな益田刑事の顔をチラ見して、自己主張した。
「私たち一人のほうがやり易いから、大丈夫、簡単よ」
丈と同様にレイも自信満々だった。
「俺は足手纏いかよ、それにしても変な日本語だな、『私たち』だから、一人じゃないと思うけど、まぁ、分かるけどよ」
「分かった、任せた、お願いね」
加藤は呆気に取られたが、益田刑事はその心配を振り解き、六人格に託した。
「睦基君たちは、仮面ライダーみたいだな、変身して、また、変身してって感じでさ、平成以降の仮面ライダーだよ」
加藤は睦基らのその自信を信じられないでいた。
確かに、杉浦議員の秘書の一人、
事件の真相は、直上階から転落したとされていたが、遺体の状況から、それ以上の高さからの転落だったのは明らかだった。実は屋上で口論、もみ合いとなり、沢尻が突き落とす結果となった。
屋上には、五十嵐佳子のスーツの袖のボタンを睦基らはみつけていた。
五十嵐佳子は、政治家たちの汚い部分には加担したくなく、沢尻にこんな仕事はしたくないと相談していた。
このことで、沢尻は告発される危険性を勝手に感じ、屋上に五十嵐佳子を呼び出し、口止めしようと企んでいた。
しかしながら、沢尻本人に殺意はなかった。そのため、人を殺めた罪悪感で人格が崩壊し、事件の二日後には精神病院に強制入院となった。この事件の各方面の関係者にとって都合の良い状態となった。
この状態を利用し、地検特捜部は、五十嵐佳子と沢尻彰夫は不倫関係にあり、痴話喧嘩をパーティー会場の直上階のベランダでしており、二人が揉み合ってる時に偶然、五十嵐佳子が転落して死亡したと表明した。
益田刑事は、その特捜部の妄言を聞くと直ぐに睦基に電話をかけた。〝殺していいぞ〟と。
堀田議員と杉浦議員の秘書は総勢一二人いる。睦基らは、二日で全員を仕留めた。
先ず、堀田議員の秘書七人の内、二人は前頭骨を陥没骨折させ、脳挫傷し、失語症と歩行失行の障がいを負わせた。唯一の女性秘書には、腋窩を攻めて、手首と指の動きを司る正中神経と橈骨神経、尺骨神経を断裂し、手首と指に運動麻痺を負わせた。後の四人には、左右の第五から第七肋骨を折り、それが肺に刺さった。それに加えて、両膝関節の内側半月板と内側側副靱帯、前十字靭帯、アキレス腱の断裂および腱付着部剥離骨折させた。この四人は、治療からリハビリデーションを受け、自宅での生活に戻るのに一年近くの入院が必要となった。
次に、杉浦議員の五人の秘書には、第一頸椎と第二頸椎との環軸関節を脱臼させ四肢麻痺もしくは脳幹、特に、橋を挫傷させ、Totally Looked-in symdoroom(TLS 閉じ込め症候群)を負わせた。
日本中がこの事件で持ち切りになった。保田坂議員とその派閥が組織的に不正を行ったとの疑惑が話題となり、五十嵐佳子の祟りだの、精神病院に強制入院させられた沢尻が悪魔と契約しただの、令和に年号が変わってからの大事件であるため、和合を図るのに、神が死令を下した等の噂がたった。
保田坂派閥は、党首である総理大臣の
ただ、保田坂議員が病気療養のため国会議員を辞任したとだけ報道された。国内は震撼し、保田坂とゼネコンとの関係性や五十嵐佳子の殺害事件も口にする者はいなくなった。この隠蔽工作が功を奏し、一ヶ月も経たない内に忘れ去られた。表面的には。
睦基は誰にも知られてない、知られるわけにはいかない。でも、睦基自身は、自分の存在が悪魔のように感じ、恐怖感さえ覚えた。しかし、睦基の情動は、いつも歌音と一文字に諭されていた。
〝私達は、殺す事まではしてないんだから、そんなに睦基が怖がらないでいいと思うわ、人間は誰しも誰かを知らぬ間に傷つけてしまうものよ、私たちが仕留めた人たちは、私達に悪い行いを知られてしまったのが運の尽きよ、大丈夫、大丈夫〟
歌音は、よくこんな言い回しで慰めていた。
〝睦基、人は誕生すると、終わりは必ず死、なんだ、生きてる間が苦しいんだ、それは、一人一人が比較出来ないものなんだ、こんな生き方が辛いとか、これが楽な生き方だなんてないのさ、各々どう捉えるか、なんだ〟
一文字は睦基がポジティブで居られるようにそう言った。
『二人は僕の守護人格なんだといつも思う、もしも、僕が解離してないのなら、僕はそんな考えを持ててたのだろうか』
睦基は独りでそう考えていた。そして、幼い頃に見て、何故か脳裏から離れない『大切なのは何をしたかではなく、どんな風に生きてきたかだ』という、国民的女優のテレビコマーシャルでの台詞を思い出していた。
「加藤君、僕達の初めての仕事は無事に済んだね、お疲れ様」
後日、睦基は自分自身を納得させて加藤と会った。
「お前は、凄いな。俺はあそこまで犯人たちを傷めつけられないよ、でも、スッキリした気分だ、また一緒の仕事があれば宜しくな」
加藤は迷いなくそういった。
「いやぁ、僕は六人いるんだから、独りのみんなより、六倍は動けるだけだよ」
睦基は謙遜した。
「なるほど、俺と二人で仕事したわけじゃなく、七人でした仕事だな」
加藤とは何かしら通じ合える関係になっていた。睦基が加藤の孤独感を補ってるのだろう。加藤とやって行ける手応えを感じていた。
人生、初めての相棒、心通わせる相棒ができたと感じていた。
続 次回、第什伍話 Revolution
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