第什参話 女の勘

 嘗て、睦基が両親を殺めたのを疑いもせず、児童養護施設へ入所する事を勧めてくれた、益田絢子刑事は、先日の睦基からの連絡がきっかけで、マル暴と麻取へ情報提供し、暴力団森川組と一つの麻薬密売ルートを壊滅まで漕ぎつける事が出来た。警察官として反社を撲滅出来たのは喜ばしい事であった。

 しかしながら、森川組、睦基の兄の蒼一郎、彼から麻薬を購入してたすっぽん仙人こと、亀井和樹、ガラガラヘビこと、尾尻晴夫達の逮捕時の異常なまでの外傷状態は、警察が見逃すはずがなく、その捜査も進められていた。

 しかし、亀井と尾尻は真っ黒な人間に襲われたと言う証言しかなく迷宮入りしてた。

 捜査一課で長年活躍して来た益田刑事は、睦基の事を気にしてた。

 もしも、小学三年生の児童が、大人の男女、自分の両親をあのように殺害してたとしたら、何らかの特殊な能力、もしくは、そのような秀でたチカラを持たずとも、何らかの秘密を隠してるのではないかと考えていた。

 

「定さん、一二年前の不倫の男女二人の心中事件覚えてます?その時、私達が話しを聞いた心中した二人のご子息、正田睦基君、覚えてます」

 

 定年退職し、警察学校の非常勤講師を務める、横井定幸と電話で話していた。

 

「ああ、覚えてるよ。あの子、抜け殻みたいに、無機質な感じに見えたから、保護してやらないとって思ったのを覚えてるよ」

「その子の件でご意見頂きたいのですが、近い内お会い出来ませんか」

 

 益田刑事は、横井に相談を持ちかけた。

 

「分かった、あの子か、俺がそっちに行こうか、今日はもう講義もないから時間あるぞ」

 

 横井は快く引き受けた。

 

「お久し振りです、定さん、今日はご足労かけまして」

「いやいや、俺は時間を持て余したじじぃだから、それで、あの子の事で何かあったのか」

 

 横井は早速聞いて来た。

 

「正田君が、偶然お兄さんと再会して、狙われてるって連絡があったんです、そしたら、その子のお兄さんは、森川組の構成員で、麻取が内定捜査してたの、薬の取り引きの日時を掴めて組事務所にガサ入れしたのよ」

「森川組と密売ルートを一つ潰した話は俺も聞いてるよ、でも、あの子の兄貴が組員だったのは初耳だ」

 

 横井は刑事特有の臭いを感じていた。

 

「そうなの、正田蒼一郎、あの子の兄は組員で薬捌いてた、でも、ガサ入れすると組長も含めて、六人がその場に居て、全員、後遺症が残る程の外傷を受けてたわ、蒼一郎に至っては植物状態なの、それも、ガサ入れする一〇分前に負わされたものだってことが分かったわ」

 

 益田刑事は真相を話した。

 

「六人全員がぁ、誰がやったんだ、特定出来てないのか」

「うん、出来てない、その六人はみんな医療刑務所に収監されてる、コミニュケーションが取れないから聴取も取れない」

「参ったな、死人に口無しとは言うけど、それと一緒みたいな状況なんだな」

 

 横井は府に落ちない表情を見せた。

 

「それでね、あの心中事件の資料を見直したの、この写真、あの子の両手両腕、定さんが撮ったでしょ、よく見ると、手の甲と掌の傷、ロープで傷ついたように見えない、自殺したあの子の実の父親が使ったロープの模様に似てる気がしてね、それと母親の持ってた包丁には、母親と、父親の指紋しか検出されてないんだけど、母親の包丁を持った右上腕と、手関節には、軽度の内出血があったって記録が残ってて、私達、あの子に同情して、直ぐに保護したほうがいいとしか考えてなかったよね、もう一つ、私の記憶で主観的なんだけど、シャツの中覗いて身体見た時、子供にしては筋肉質だったって感じがするの」

 

 益田刑事は眉間に皺を寄せていた。

 

「絢ちゃんは、あの心中事件は、あの子がやったといいたいのか」

「不可能だとはいえないかなぁって思う、でも、任意同行も出来ないし、再捜査なんても許可下りるはずはないと思うけど」

 

 益田刑事は横井に強い眼光を向けた。

 

「そうか、そうだなぁ、会ってみるってのはどうだ、それで、何か怪しかったら、その後も犯罪めいた事をしてるか、関わってるか、絢ちゃんが非番の日に一度、会ってみるといい」

「私、あの子に連絡とるから、定さん、ご一緒してもらってもいい」

 

 益田刑事はほんの少し不安を漂わせた。

 

「勿論、一緒に行こう、ほんとに非番の日がいいからな、手帳も持たずにな」

 

 後日、益田刑事が非番の時、横井が退職して、その後、睦基が元気にしてるか顔が見たいと言う理由で会う約束を取った。

 

「いやぁ、正田君、お元気そうで、お医者さん目指してるんだね、もう何年生だい」

 

 大学の最寄り駅前の喫茶店で待ち合わせして、店の中で合流し、席に着くと、横井がそう話し始めた。

 

「ありがとうございます、四回生になりました、その節は、でも、横井さんの顔とかは覚えてなくて、写真は撮られたような気がします、曖昧ですみません、でも、お陰様で施設に入れてもらって、ここまで来れました、それと、益田さんには、先日も兄と再会してからの不安を解消して頂いて、お二人には感謝しかありません、ほんとにありがとうございます」

「いえいえ、私達はほんとに、あなたを守りたかっただけよ、これからもね、これでも、国民生活の安全と安心を保持する生業を担っております、だから、独身です、アハハ」

 

 益田刑事は自虐ネタを入れてきて、緊張した雰囲気を消すように三人で笑った。

 

「正田君は、何科のお医者さん目指してるの」

 

 横井は睦基の今後について、話を進めた。

 

「精神科医です。僕、あんな事があって、っていってもあまり覚えてないけど、人との交流を自然に避けてたみたいで、大学に入って気がつきました、医学科を目指したのは、施設でお世話になった先生方に喜んで欲しかったからなんです、でも、人の身体を勉強して行くうちに、少しづつ自分の事が分かってきて、自閉的で、軽いコミニュケーショ障害があるなって、一応、トラウマなんだろうと、だから、心の病に寄り添う事ができる医師になりたいと思いました、入学したての頃は、苦しく思うことが多かったです、周りの人達と関わることで、なんとか解消できてきました」

 

 睦基は苦労話しも交えた。

 

「そうかい、頑張ってるな、苦労するよな、でも、じいさんは嬉しいよ、目標が持ててな」

「こないだみたいに、何かあったら連絡してね、遠慮しないでよ」

 

 小一時間程、三人で話しをして、別れることになった。睦基は横井の連絡先も教えてもらい、大学を卒業して、医師になれた暁には、連絡することを約束した。

 

「良い子に成長したな、素直に話してくれてたと思うよ、裏の顔はなさそうだけど」

 

 横井は睦基の印象を益田刑事に告げた。

 

「そうですね、正田君の人となりが見えましたね、一応、刑事なんで、また、彼絡みの事があったら深く見て行きますかね、とりあえず良かったですね、会ってみて、あんなに心を憔悴させてた子が、順調に成長して、社会人として話せた気がしますね」

 

 益田刑事は横井に安心した表情を見せた。

 

「そうだな、我々にとっては珍しく、良い意味で追って行ける存在だな」

 

 横井は今後の睦基の成長を期待した。

 

 その日、睦基との面会がひと段落着いたら、益田刑事は横井の奥さんに自宅へ来るよう誘われていた。三人で、奥さんの手料理を囲んで、小さな宴を楽しむ事になっていた。

 

 一方、睦基は、思いの外疲れてしまった。頭の中でみんながざわついてた。

 

 〝あの二人、良い刑事さんね、でも益田刑事の目の奥が気になったけど、私たちを完全な白とは思ってない感じがした〟

 

 二人と会った印象をレイが真っ先に話した。

 

 〝刑事なら当然さ〟

 

 丈は特に、気にならなかったようだ。

 

 〝二人の連絡先が分かったのは、収穫だよ、ネットで情報調べられるからな、何かあった場合はな〟

 

 一文字は何かの備えになるように考えていた。

 

 〝今日みたいに、和やか雰囲気は想定外だったよ、だから、油断禁物よ〟

  

 歌音は自分らの存在を知られないことが肝心だと考えた。

  

 そして、益田刑事は、横井の自宅で程良い酔い加減になっていた。奥さんとも久し振りに会って、楽しく過ごせたのだ。しかしながら、睦基に対しては何か引っ掛かる気がしていた。横井には告げず、単独捜査することを決意した。

 そのため、翌日からは上司の許可を得ないのは勿論、同僚達にも内密に睦基の身辺捜査を始めた。

 その結果、凄まじい生活スケジュールを送ってる事が分かった。特に、何種類かの格闘技を習ってること。また、アルバイトで家庭教師をしてること。彼女はテレビや動画サイトにも頻繁に出演した経験がある大食い女子大生ということ。その彼女は、蒼一郎と繋がっていた亀井と尾尻が襲い、薬漬けにし、金を吸い付くそうとしていた人物であった事が分かった。

 したがって、森川組のあの六人、亀井と尾尻を襲った可能性は無いとは言い切れないと睨んだ。

 その裏付けのために、刺客を送ることにした。もしも、睦基が超人的スキルで、送り込む刺客から身を守れるのであれば、自分自身の協力者になって欲しいと考えた。

 後日、睦基が家庭教師のアルバイトを終えて、二一時にその家を出て家路に着く時、襲撃させた。

 益田刑事の刺客は、空手の有段者で、日本代表で世界大会に出場した経験もある強者だ。ライバル道場からの陰謀で、数年前に暴行事件に巻き込まれた。その事件後、これまでの信用を失い、空手界から追放されてしまった人物だ。

 現在は工事現場の作業員をして、細々、暮らしている。三年前に益田刑事が、同僚から彼のことを聞き、協力者にした人物だ。

 

 睦基は、不意をつかれたが、その達人の突きや蹴りを最も簡単に避け、相手を地面に押さえ付けた。

 うつ伏せで、左右の脚を交差させ、下になった右脚の膝を殿部に踵が付くまで曲げ固め、その上へ座り込んだ。

 右腕を左手で腰まで回し、掌を小指の方向に傾け前腕に向け、肘も曲げて固めた。

 顔を右に向かせ地面側の左側にある髪の毛を引っ張り上げ、首を右に傾け、その下に自分の右爪先を噛ませた。

 

「死ぬぞ、誰だお前は、いわないと死ぬぞ」

 

 交代してた丈が右手を相手の後頭部に当てて脅した。相手は何もいわない。

 

「やっぱり強いのね、正田君、私がお願いしたの、その人離してあげて、益田よ。刑事の益田よ」

 

 益田刑事が両腕を組んで、睦基の傍に立っていた。

 

「益田さん、勘弁して下さいよ、ほんとに殺されると思いました、このお方、バケモノですよ」

 

 益田刑事の協力者の空手家は、解き放されて、ゆっくり立ち上がった。

 

「何なんだいったい、俺を襲うなんて、無駄だ、僕は負けませんから」

 

 丈と代わりながら睦基は、益田刑事にそういい放った。

 

「正田君、加藤君もごめんなさいね、職権濫用よね、加藤君、これ、今日のお駄賃」

 

 益田刑事は五万円の入った茶封筒を空手家の加藤に渡した。

 

「三人でちょっと話しない、向こうの公園で、三人以上ね、きっと」

 

 益田刑事はやけに冷静だった。

 

「絢子さん、納得する説明をして下さいよ、まぁ、察しはつきますけど、この人、警察の人じゃないですね、僕らを試したんですね」

 

 一文字は、益田刑事に気づかれたと思い、あえて、〝僕ら〟と口にした。

 

 三人で近くの公園に向かった。販売機で飲み物を買った。睦基は微糖のコーヒー、加藤はコーラ、益田刑事はブラックコーヒーを選んだ。

 睦基と益田刑事はベンチに座り、お互い、缶コーヒーをひと口含んだ。加藤は睦基らの前に立ちコーラを飲んだ。

 

「加藤君、この子、強いわね、何で負けたの」

 

 益田刑事は、先ず、加藤を罵った。

 

「えっ、バケモンですよ、増田さん知ってたんでしょ、動きが速くて、チカラの使い方がとても上手い、俺でもどんな格闘技身に付けてるか、さっぱりですよ、敵いません素手では」

 

 加藤は興奮気味だった。

 

「僕は、柔道、合気道、剣道、色々マスターしました、色んな格闘技が複合してます、でも、我流ですよ」

 

 睦基は得意気になっていた。

 

「天才ね、正田君、あの二人組、お兄さんと森川組も一人で、一二年前も」

 

 益田刑事に迷いはなかった。

 

「はい、一二年前は覚えてないですが、きっと僕が、そう、俺がな、先日の件はしっかり覚えてますよ」

 

 睦基と丈は素直に答えた。

 

「全く証拠がないから、正田君を逮捕とか、事件に関わってたなんて証明出来ないの、それと、要するに、犯罪者を襲った訳よね、私、嫌いじゃないのそういうの、警察だけでは逮捕出来ない犯罪者は沢山いるのよ、森川組壊滅は奇跡だったわ」

 

 益田刑事はブレなかった、冷静さは変わらなかった。それを聞いてた加藤は頷くだけだた。

 

「正田君、相当なトレーニングしてるだろう、益田さん、彼は天才じゃないですよ、努力家ですよ努力してバケモノになったんですよ」

「身を守るため、身体は一つだもんね、でも、何人なの」

 

 あっさりと益田刑事は核心をついた。加藤はそれを不思議そうに聞いていた。

 

「明確なのは、六人です睦基を合わせて、私、歌音といいます、幼少期にはお世話になりました、蒼一郎達を仕留めたのは私が戦略たてたの、俺が実行した、カトちゃん弱いね、すみません、口悪くて、絢ちゃん、今日の格好、普段よりイケてるぜ、黒の上下のパーカー」

 

 睦基たちは代わる代わる一言づつ話した。

 

「げっ、やっぱりバケモンだ」

 

 加藤は口を滑らせ、益田刑事に睨まれた。

 

「女性が二人に男性四人か、辛い時期もあったろうに、よくここまで安定したね、私、これまでに二人の人格解離者と遭遇したわ、窃盗、殺人未遂、一人は自殺した。もう一人は今や廃人」

「はい。益田刑事と横井刑事が、施設に勧めてくれなかったら私たちもどうなってたか、想像すると恐ろしいですよ」

 

 歌音は増田刑事の経験を共感していた。

 

「あの状況なら誰だってそうしたわ、でも、そのままなら今頃、あの二人と同じような状況ね」

 

 加藤は事態を理解したかのように、表情が一瞬和らいだが、直ぐに真剣な硬い表情になった。

 同時に二人の人に睦基の解離の事を話したのは初めてだった。益田刑事は薄々分かってたようだ。加藤も理解してくれた。正直、睦基たちは嬉しかった。そして、協力者になって欲しい事を告げられた。加藤も引き続き協力して欲しい、二人が友人同士になって欲しいともいってくれた。

 

「この世の中、私たち警察だけでは、捕まえられない犯罪者が沢山いるのよ、あなたたちみたいな協力者が私は必要だと思う、勘だけどね。」

 

 益田刑事は真剣だった。そして握手し、三人は公園から立ち去った。

 

 その後、加藤と睦基は仲良くなり、翔子も紹介した。翔子も解離しているのは内密にした。

 

「翔子ちゃん、こんなに食うのか、二人ともバケモンだ」

 

 加藤も一緒に大食いチャレンジをした日、三人で笑った。

 

 次回、第什肆話 相棒

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