第什壱話 リベンジ
翔子を襲うとしたすっぽん仙人とガラガラヘビの件は、警察からマスコミへ発表されることはなかった。したがって、テレビのニュース番組や情報番組には取り上げられなかった。
しかしながら、一つの週刊誌だけがそれらしき話題を取り上げた。『薬中半グレ二人組、
内容は、ある大食い系の女性YouTuberを二人で襲いかかろうとしたところ、素早い動きの黒ずくめの人間に殺させかけたといったものだった。
襲われ方や怪我、後遺症の内容は、デタラメで、掻い摘んでいうと、空から飛んで来た、メキシコの覆面レスラーのような真っ黒なマスクをした者に、首にクロスチョップを喰らったと書かれてた。信じられない作り話だ。実際に丈が、あの二人を仕留めてから三ヶ月後のことだった。
丁度、その頃に睦基はタネ違いの兄と再会することになった。
翔子のマンションに向かって歩いてると、あのSNSでハンドルネームをガラガラヘビと名乗っていた男を仕留めた公園だった。
そこを通りかかり、公園に目を向けると兄の蒼一郎がいた。向こうは気がついていなかった。
〝何でこんなところにいるんだ〟
丈が最初に気づいた。
〝びっくりした、でも、兄貴は気がついてないよ〟
睦基は丈にいった。
〝たまたまじゃない、あまり気にしない方がいいわよ、関わらないのが一番よ〟
歌音は丈と睦基をはじめ、みんなを落ち着かすようにいった。
丈が睦基の脳内で明確化したのが、兄からの虐めが酷くなった頃だった。誰よりも兄の蒼一郎を嫌い、憎んでいたのは丈だった。
「久し振りだなぁ、蒼一郎、こんなところで何やってんだ」
あの公園で蒼一郎を見かけて数日後、また、憎たらしい存在が同じ場所で出会した。丈は我慢出来ずに睦基と交代し、向かって行った。
「誰だ、お前、ん、睦基か、久し振りだなぁ、生きてたか、施設に入ったって聞いてたが、お前こそ何してるんだ」
蒼一郎は聞き返した。
「俺が何しようがお前には関係無いだろう、あの後、親父はどうした、俺はあの親父の子でなくて良かったよ」
途中からレイに代わり、穏やかにそういった。
「俺だってなぁ、あの後、直ぐにうんざりしたさ、でも、元気そうで何よりだ、お前、俺の仕事手伝ってくれねぇか」
蒼一郎は怪しい雰囲気に変わった。
「じゃあ、詳しい事は日を改めて話そうや」
レイは今後、蒼一郎とどう関わるか考えながらそういった。
「分かったまぁ、一応は同じ母親から生まれたんだ、兄弟、協力し合わないとな」
蒼一郎は腹黒い顔を見せた。
「じゃあ、三日後、そこの駅前の喫茶店で今と同じ時間に会おうか」
レイは冷静にいった。
〝僕は関わりたくないな、あんな奴と〟
レイが蒼一郎のことをみんなで話し合おうと提案して、睦基は即答した。
〝でも、睦基の存在を蒼一郎に知られたわけだし、何かいい寄ってきそうだ、嫌な予感がするよ〟
一文字は怪訝そうな表情になっていた。
〝今日は、連絡先の交換をしなかったのは、流石ねレイ、三日後の後は関わらないようにした方がいいと思うわ〟
歌音は眉を顰めた。
〝それは分かってる、蒼一郎が危害を加えてくるかどうか、将来的なことも考えないと、睦基が医師になって、高収入なはずとか考えて
レイは先ず、養護施設に入る前に住んでた家に行ってみること。今、その家に誰が住んでいるのか。まだ、蒼一郎がそこに住んでたとしたらどんな仕事に就いているのか。蒼一郎の父親の安否確認の必要があること等を提案した。みんなは同意し、早速翌日には蒼一郎が住んでいた家に行く事にした。
〝丈、場所は覚えてるでしょ〟
〝忘れるもんか、あんな奴らの棲家、レイ、俺が暴走しそうになったら止めてくれよ、睦基に迷惑かけたくないからよ〟
丈は今回の件の重要性を自覚できていた。
〝勿論、そのつもり、家の近くになったら一旦、交代するわ〟
そんな丈にレイは安心感を覚えた。
電車の乗り換えを二回して、一時間を少し超えて、あの家に着いた。
〝レイ、僕、気分悪いよ〟
胃もたれと胸焼けに睦基は襲われていた。
〝私に任せて、睦基寝てても構わないわ〟
レイは優しく気遣った。
建物は残ってた。表札は無かった。誰か住んでる気配があった。呼び鈴を二回押した。
「はい、どちら様ですか」
ドアが開き、五〇代くらいの女性がでてきた。
「すみません、お尋ねしたいのですが、こちらに以前、正田さんって方がお住まいじゃなかったですか」
レイは歌音に対応するよういい、話しをさせた。
「私の前の前の方かしらね、噂では、病気を患ってしまって入院されたようですよ、それで、ここが空き部屋になったとか」
その女性は恐る恐る口を動かした。
「そうなんですか、蒼一郎君と幼馴染なんですけど、一〇年ばかり会ってなくて、久し振りに通りがかったもので、分かりました、おりがとうございました、失礼します」
歌音は直ぐに、その場を立ち去ろうとした。
「あっ、八百屋さんに聞いてみたらどうかしら、私が引っ越してきたばかりの頃、この部屋に住んでた人たちのこと聞いたの、そしたら、今、言ったみたいに入院したからって話しと、その次の人は、母子家庭だったんだけど、再婚されて、なんて話してくれたわ、八百屋さん、行ってみたら、ここらへんの事情通みたいな人ですよ」
丁寧に話してくれた、歌音はお礼をいい、その場を後にした。
〝レイ、どうするよ、八百屋ってあのおばちゃんでしょ、睦基の顔、覚えてないかな〟
〝大丈夫、今度は佐助に代わってもらおう、だいぶ表情変わるはずだから〟
レイはそういうと八百屋へ歩き出した。
「こんちは、おばちゃん、俺、ここら辺に住んでた正田蒼一郎の小学校の時の同級生なんだけど、おばちゃん、蒼一郎のこと知らない」
佐助は、レイに指示され、仕方なさげに、八百屋のおばちゃんに話しかけた。
「あんた誰だい、見かけない顔だねぇ、蒼一郎君が住んでた頃もあんたは見かけてないねぇ」
おばちゃんは、睦基とは気がついてないようだ。
「同級生みんなで探してるんだ、同窓会するもんでね、あいつ、ハタチの時の成人式こなくてさ、今度俺ら三〇、三十路になるんだ、だから、みんな揃いたいって話しになっててさぁ」
佐助は睦基とバレないよう、その老女の言葉を気にせずに話を進めた。
「あぁそうなのかい、もう、ここら辺には来ないだろうね、あんな事があったからねぇ、いやね、母親が不倫相手と心中してさ、蒼一郎君の弟が不倫相手との子だったらしくてよぉ、私らにも、名前さえ教えないくらい嫌っててね、その子は施設に保護されたらしい、正田さんはね酒びたりの生活になってさぁ、アル中よ、蒼一郎君はヤクザ、中学にもろくに行かずだよ、ある日ね、黒塗りの大きな車できて、アル中の正田さん連れてってたの、精神科の病院に強制入院させたらしい、一家崩壊だよ、だから、蒼一郎を探すのやめた方がいいよ、ヤクザだ、ヤクザだよ、関わらない方がいいよ」
おばちゃんはペラペラ喋ってくれた。
「そうだったんだ、学校には来てたけど、途中から居なくなるのが多かったのよ、そう言う事か、残念だなぁ、おばちゃんありがとう、蒼一郎は行方知れずになったって事にするよ、この時代、ヤクザと絡んだらロクな事になんねぇからな」
佐助はおばちゃんと、気が合うように話しをし、八百屋を後にした。
〝蒼一郎の父親は追わなくていいね。もしも、蒼一郎が本当に暴力団員だったら警察に記録が残ってるはずだ。今度は、一文字さんの出番だな〟
佐助は、あっさり睦基と代わった。
〝睦基、大丈夫か、家に帰ろう、後は、パソコンから情報引き出せば、蒼一郎の現状が分かる、そこまで調べたら自ずと、今後の関わりが決まるわ〟
レイはそういい、家路を急いだ。
男子寮にある自分の部屋に着くと、早速、パソコンを立ち上げた。これからは、一文字の腕の見せ所である。
警視庁のサーバに入り込み、反社会的勢力と認定されてる、若しくは、その疑いがある団体のリストを探した。
〝じやあ、正田蒼一郎を検索するぞ、ほう、出てきたね、暴力団森川組構成員、前科が麻薬・向精神薬取り扱い違反、窃盗、暴行致死、四つの前科があるよ〟
一文字は流石に驚いた。
〝何で、あの公園に居たんだろう。昼間だったから窃盗とか暴行、喧嘩か、白昼堂々には、あまりにも大胆過ぎて、通報されたら現行犯逮捕だよね。〟
睦基は心配になっていた。
〝もしかすると、ガラガラヘビと関係があるんじゃないか、すっぽん仙人だって違法薬物持ってたからさ、普段から、あの公園で薬の売買してた可能性はゼロとはいえないわ〟
レイは腕組みをした。
〝明後日、会う時に蒼一郎本人に聞くなんて、ナンセンスだよな〟
一文字は首を傾げた。
〝これから、ガラガラヘビとすっぽん仙人に面会に行くか、ここで止まってたってしょうがない〟
レイは調査を滞らないようにさせた。
〝あの二人の本名は知ってるの〟
歌音は雰囲気を悪くしたくなく確認した。
〝大丈夫、勿論、知ってるよ面会できる、今回は、一文字さんにあの二人と話しをしてもらった方がいいね。すっぽん仙人の本名と年齢は
レイは即答した。
睦基らは、亀井と尾尻が入院してる警察病院へ向かった。
亀井と尾尻は車椅子で面会ルームに来た。一文字は、亀井の従兄弟といい、保険証を偽造して、面会の手続きをしたため、この二人以外からは疑いの目は向けられなかった。
「和樹、傷の具合いはどうだい、尾尻さんも顔色は良いみたいだね」
ありきたりな事から一文字は話し始めた。
「お前誰だよ。晴夫兄ィ知り合いか」
亀井は不思議そうな表情だった。
「お前の従兄弟なんだろ、頭もおかしくなったかカメ」
尾尻は睦基たちを疑うことはなかった。
「和樹、久し振りだからな、俺のお袋がお見舞い行ってこいっていうからさ、
一文字は焦りもぜず冷静だった。
「あぁ、悪りぃ悪りぃ、スナック幸だな。幸子叔母さんか、嬉しいな、元気にしてるか」
亀井は、まんまと騙された。
「それがさぁ、和君が来てくれないと困るわって、ずっと言ってるんだよ、何故だか分かるでしょ」
「あぁ、あぁ、そうか、止められねぇのか、でも、幸子叔母さん、マサさんの事、知ってるはずだけどな、キレちまってパニクって思い出せないのかなぁ、マサさんに頼みなっていえばいいよ」
亀井はすんなり後ろ盾している人物のことを口にした。
「マサさん、正田さんだぞ、マサっていっても分からなければ、森川組の正田蒼一郎さんって言えば分かるよ、カメ、お前の叔母さん、終わったな、依存症だな」
尾尻が簡単に吐露した
「俺が知ったこっちゃないよ、お前、自分のお袋さんだろう、大事にしてやれよ」
亀井は無責任な態度を見せた。
「分かった、ありがとう、お大事に」
一文字は、蒼一郎とこの二人の繋がりが分かると、三〇分ある面会時間を早々切り上げて、一〇分も経たない内に面会を終え、この場を後にした。
〝さてさて、どうしますかみなさん。また、俺の出番かな〟
丈が警察病院を出て直ぐにいった。
〝まだ、時間があるから蒼一郎の事務所の確認するよ〟
レイは抜け目なかった。
〝薬物は怖いなぁ、あの二人は翔子ちゃんを襲って、薬漬けにでもしようと思ったんだろうね。不届き者だ〟
一文字は表情を硬くした。
〝許せねぇ、あんな奴ら、人間の弱みを鷲掴みして、甘い汁を吸い尽くすんだな〟
佐助はじわじわと怒りをこみ上げていた。
〝落ち着いて。丈のチカラで蒼一郎も簡単に倒せる、でも、自分の身を守ることも同時に考えないと、冷静さが必要〟
感情を顕にしようとする者を鎮めた。
〝そうよ、いつでも倒せるんだから、身を守るってことは、相手にやられないってことだけじゃなくて、世間にバレないようにってのも含まれるからね、頭に入れててよ〟
そう、歌音もつけ加えた。
〝事務所を視察しますか。〟
丈は二人の言葉で冷静になれた。
移動の時間に小一時間はかかっただろうか。日が西に傾き始めてた。コロッケやアジフライ、トンカツが揚げられる香ばしい匂いが漂い、晩ご飯のための買い物をする人達が見受けられるアーケードがかかった商店街を抜け、人通りの少ない雑居ビルが立ち並ぶ静かな通りに差し掛かると、蒼一郎が所属する森川組と墨で書かれた、古びた、両側には木の皮が残ってる看板が掲げられたビルが目に入った。五階建で、一階と二階の窓ガラスには、ひびが入ったものも幾つかある。三階からしか電気はついてない。その看板の側にタバコを不味そうに吸うチンピラ風の男一人が立っている。
二〇メートルくらい離れたところから、森川組の出入り口を見る事にした。数分経つと蒼一郎が出て来た。そして、あの看板の側で電話をかけた。睦基のスマホに着信が来た。非通知の着信だ。
〝睦基、出ちゃダメ〟
レイが睦基を止めた。
蒼一郎が電話を切ると、睦基のスマホの着信も切れた。また、蒼一郎がかけると、スマホの画面に非通知の文字が表示される。そして、切れた。蒼一郎は不機嫌そうな顔で事務所には戻らず、睦基が潜む反対方向の道へ歩き出した。
〝睦基、翔子の家に行こう、念のため〟
レイは珍しく慌てた。
〝ヤクザは恐ろしいなぁ、どうやってこの番号を突き止めたんだ〟
丈は驚いていた。
〝電話番号だけじゃないと思う、結構、身辺調査されてる〟
レイは冷静さを保とうと必死だった。
〝もしかすると、亀井と尾尻が翔子ちゃんを狙ってた時からか、睦基との関係性を知ってたのかも知れない、急いで、翔子ちゃんのところに行かないと〟
一文字は翔子が心配になってきた。
〝睦基、代ろう。この中で脚が一番速いのは俺だよ〟
佐助がそういうと、今までに体感したことがない走る速さをみんなで感じた。
〝佐助は、女に手を出すのと、走るのは速ぇからな〟
丈は皮肉った冗談を口にした。
歩いて抜けて来た、人で混雑してるアーケードの下を上手く人を避けて走り抜け、駅に着いた。三回は電車を乗り継いで、翔子のマンションの最寄駅に着いた。もう日は暮れかかっていた。梅木に電話をかけ、自分の部屋に居る事を確かめて、また、佐助は走り出した。
「あら、速かったね、睦基君」
翔子のマンションに着き、エントランスのインターフォン越しに彼女の声が聞けた。
「事情あって、走って来たから」
睦基がそういうと、ドアが開いた。安心したが、息が整わないままエレベーターに乗った。
「どうしたの、そんなに慌てて」
翔子の部屋に入ると、その光景を驚いた。
「はぁ、良かった、はぁはぁ、翔子ちゃん、今日は撮影無かったの」
ホッとした表情ながら、まだ息は整わない睦基だった。
「今日は、撮影無かったよ、睦基君と晩ご飯でもって思ってたところよ」
翔子はそう答えた。
「大学には行った、普段と変わったことなかった」
徐々に息も整って、リビングのソファーに腰掛けながら、翔子に聞いた。
「うん、特に無いよ、どうしたの本当に、変わったことあったら私、気づくと思うんだけど」
「そうだね、翔子ちゃんなら気づくよね、お水一杯くれるかな、そして話そう」
睦基は喉を潤して落ち着いて話しをしたかった。
「あのね、僕には兄貴が居るんだ、話したことあったよね」
翔子は頷いた。
「最近、よく、ひまわり公園で見かけてたんだ、そして、思い切って声をかけたんだ、そしたら、兄貴は直ぐに僕のことが分かったよ、それで、明後日、駅前の喫茶店で会う事にしたんだ、お互い話し合った方がいいと思ってね、そして、一人だけ、兄貴の同級生の知り合いが居て、今日はその人に会いにいったんだよ、その人によると、兄貴は暴力団員になったらしいんだ、で、ここに向かおうって電車に乗ってたら非通知の着信が入ったんだ、兄貴の仕業かも知れないって思ってさ、僕は、兄貴にも、兄貴の同級生にも電話番号教えてないのに、前々から僕の事調べてたのかも、そしたら、翔子ちゃんの事も。とりあえず、無事で良かった、今日は、泊まっていいかな、何かあるといけないからさ」
睦基は早口になっていた。
「うん、泊まってっていいよ、今の話し怖いね、狙われてるのかしら、こないだ、ストーキングされてるかもって感じたの、その関係かなぁ、そうかも知れないね、睦基君、調べてくれて、気のせいって言ってたけど、ヤクザは、そんなことも巧みにこなすだろうから、気がつかないように動くはずよね」
翔子はみるみる怯え始めた。
「そうだったのかも、嫌だなぁ、兄貴は、僕を楽しそうに虐めてたんだ、思い出すと気が滅入るよ」
「睦基君、二人なんだから、何とかなるよ、何とかしようね」
翔子は不安ながらも前向きな態度を見せた。
「分かった、ありがとう、二人で乗り越えよう」
睦基は翔子を抱きしめた。
〝睦基、大丈夫。戦略は練ったわ。今夜、勝負よ〟
翔子を抱きしめながらも、頭の中のレイはそう告げた。
「翔子ちゃん、一度、警察に行ってくるよ、僕を施設に入れてくれた刑事さんに会ってくる、きっと、助けてくれるはずだ、このマンションはセキュリティーが完璧だから、あっ、そうだ。満腹亭の久蘭々ちゃんに来てもらおう、翔子ちゃん連絡してみて」
レイが入れ代わり、効くばせした。
「えっ、うん、分かった、かけてみる」
梅木は急展開に驚いたが、スマホを手に取った。
「良かった、運が良い、話したら大川店長も来てくれるみたい」
翔子は久蘭々と電話越しに、睦基にそういった。
一〇分程して、二人が駆けつけた。
「翔子ちゃん、正田君、二人で来たよ、狙われてるのか、どうして」
「私も来ました。梅木さん、正田さん、大丈夫ですか」
大川店長と久蘭々は血相を巻いて駆け付けてくれた。
「すみません突然、恐らく、相手は父親が違う兄なんです、小学生の時に、僕は施設に保護されて、それ以来会ってなかったけど、僕の事を突き止めたみたいで、それで、兄貴はヤクザになってて、金を食い尽くそうって考えてるみたいなんです、これから、知り合いの刑事さんに会いに行ってきます、大変申し訳ないのですが、今夜はお二人、翔子ちゃんと一緒に居てもらえますか」
レイが二人に頼んだ。
「分かった、俺と、久蘭々とが居れば大丈夫だろう、正田君は独りで出歩いて危なくないか」
「はい、気をつけて、人通りが少ない場所は避けて行きます、こんな事が起こる可能性があるからって、僕を救ってくれた刑事さんが、いつでも連絡すよう言ってましたので」
「そうかい、予測出来てた事なんだな、分かった、でも、気をつけてな、相手はヤクザだ、何するか分からない」
「はい、ここは安全だと思いますので。久蘭々ちゃんも巻き込んでしまってごめん。でも、三人には今後の安全を確保出来るようにして刑事さんにお願いしますので」
レイは落ち着き放ってそういい、翔子の部屋を後にした。
〝佐助、駅まで急いで〟
レイが指示すると佐助は物凄い速さで駅へ駆け出した。
〝丈、ロッカーね〟
レイは言った。
〝了解。〟
なんだなこの素速さ。既に準備が整ってる感じは。睦基だけはそう思っていた。
〝もう段取り整ってるの、最初に蒼一郎を見た日から調べ始めてたの、あなたが混乱しないように寝てもらってた、益田刑事と横井刑事にも連絡済みよ〟
レイは睦基にまで気づかれないように行動していた。
丈がコインロッカーからフルフェイスのヘルメットとグローブ、ウエストポーチを取り出し、オートバイの駐輪場に向かった。走りながらヘルメットを被り、手袋もし、ウエストポーチを腰に巻いた。今では懐かしいYAMAHAのRZ350に乗り、森川組、蒼一郎が居る事務所へ走り出した。
〝時間通りよ、事故らないでね〟
レイは丈にいった。あっという間に、事務所に着いた。バイクを止めるとヘルメットを脱ぎ、黒いマスク、黒いスキー帽をかぶって、また、ポーチから全長一五センチで、太さが直径二センチのチタン製の二本の棒を取り出して両手で持った。
丈は事務所があるビルの出入り口へ走り出し、そのまま階段で三階まで駆け上がった。そこは組長室のあるフロアで、組長室のドアの前には若い組員が居た。
「なんだてめぇ」
真っ黒のスーツに、真っ黒のワイシャツとネクタイ姿の一人の組員が叫んだ。
「どこだと思ってんだワレェ」
ダークグレーのスーツに黒いワイシャツ、ワインレッドのネクタイを締めたもう一人の組員も声を張った。丈は躊躇なく黒尽くめの組員の首、第三頸椎横突起めがけ、逆手で持ったチタン棒を突き刺すように当てた。しかし、その組員は、両手で丈を押さえようとしたが、手が上がらず動けなくなってた。
次にワインレッドのネクタイの組員は、両手を向けて捕まえようとしたが、丈は右脚を外側に半歩ステップし、その組員がその動きに合わせて、身体を向けてくると、素早くその組員の右腕の下へ左脚を出し、潜り抜け、背中へ回り込んだ。同時に右手で持つチタン棒は、その組員の首、第三頸椎横突起へ、左手のチタン棒は第六頸椎横突起へ鋭く突き当てた。
すると、ワインレッドのネクタイの組員は全身が脱力するように、膝を着き、身体が前に倒れて行った。この二人は、脊髄震盪、もしくは、脊髄部分断裂を負い、運動麻痺で動けなくなった。秒で倒した。
組長室のドアを開けた。組長と蒼一郎がこちら向きのソファーに座っており、センターテーブルを挟んで胡散臭いチンピラが座ってた。そのテーブルの上には、二つのジェラルミンケースがあり、一つは現金が、もう一つには、白い粉が入った沢山のビニール袋が詰まってた。蒼一郎がスーツの中、左胸に無言で手を入れた。丈は瞬時に右手のチタン棒を蒼一郎の眉間を狙い投げた。左手のチタン棒は組長の眉間へ。この二人は泡を吹き失神した。
蒼一郎達の向かい側に座ってるチンピラへは、右足の爪先で後頭部を蹴り、その勢いで身体を左へねじりながら回転させ、左踵で、組長の向かい側のチンピラの後頭部を蹴った。この二人は、即、失神した。ここも秒で仕留めた。
事務所に着き、三分も立たない内に六人のヤクザを仕留めた。息切れさえしない間に。パトカーのサイレンが聞こえてきた。丈は、窓から飛び降りバイクを隠した場所へ走り去った。
二〇台近くのパトカーが森川組のビルを囲んだ。プロテクターに盾、警棒を持った制服姿の警官が一〇人程、ビルに駆け込み、その後から私服の警察官が一〇人程入って行った。しかしながら、中は既に静まり返っており、一〇分くらい経った後、救急車が六台、次々とやって来た。中に居た蒼一郎を含め六人のヤクザ達は、首を固定され担架で救急車へ運ばれた。
そこまで確認し、バイクのエンジンをかけようとしたらスマホがバイブした。益田刑事からの着信だった。その六人は、怪我をしてて救急搬送されたものの、麻薬取締法違反で現行犯逮捕したと連絡があった。
「翔子ちゃん無事に刑事さんと会えたよ。これからそっちへ帰るね。」
睦基は翔子に電話でそういった。
続 次回、第什弐話 カミングアウト
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