第玖話 初交

「今日はね、睦基君に誘われて丁度良かったの、相談したい事が有って。私ねテレビ出演の依頼が来てて、大食い番組なんだけど、どうしようか迷ってて」

「テレビに出るメリット、デメリットは考えたの」

 

 睦基が初めて翔子を誘ったFloor Three というBARで翔子も初めて睦基に相談ごとを口にした。透かさずレイが交代して翔子に聞いた。

 

「私、助産師目指してるんだけど、大学の講義を考えるとスケジュールがキツキツになりそうなのがデメリット、体力がもつか、モチベーションが削がれないか不安、それでメリットは食費がだいぶ浮くから、経済的な余裕ができるかな」

 

 翔子はシンプルに答えた。

 

「大丈夫、テレビ出たらいいよ、講義とかテストとかの時は、僕、協力する、それと、顔が売れると将来、助産師として有利、特に、助産院を開く時とか、翔子ちゃん、今、頑張り時だ」

 

 クールにレイはテレビ出演を勧めた。

 

「嬉しい、そう言ってくれると、そうだね、睦基君、医学科だもんね、勉強教えてもらえるね、頼もしい」

「うん、任せて、勉強の面は、お金は幾ら有っても、いつでも足りなくなる、使うものだからお金は、どう使うかが大事だ」

 

 レイはまだ、交代せずにいた。

 

「分かった、よし、出てみる、睦基君ありがとう、応援してね」

 

 翔子はとても綺麗な笑顔を見せた。

 

 馬刺しが運ばれてきた。七人前も運ばれてきて、お店が二人前はサービスということだった。

 翔子と睦基は馬刺しを肴に笊のようにアルコールも胃袋に流し込んだ。あっという間に焼酎と日本酒、一升空けてしまった。

 

 その間、睦基が以前、翔子に話した養護施設へ入所した経緯が話題に上がった。その話しになると、睦基と歌音、一文字が程良いタイミングで交代しなが話しを進めてた。

 

「睦基君は、目の前で人が死ぬ光景を、なんだよね、こないだ聞いた時は、出血だとか、なんだのって驚いたけど。そんな経験が医学科を目指すきっかけになったの」

 

 翔子は優しく尋ねた。

 

「初めは、施設の先生を喜ばせなかったんだ、とてもお世話になったからね、でも、高三に上がる前かな、色んな人と見てると、考えが変わってきたよ、自分が幼い頃の事も思い出しながらね、人はいつかは死んでしまう、だから頑張れると思えてきて、自分で死ぬのは勿体ないと思うようになった、生きていくって、辛い事ばかりだけど、どう捉えるかで、幸せかそうでないか変わってくる、僕は自分で死ぬ人を減らしたいんだ、自殺は僕らが唯一、しなくてもいい事だと思う、僕は生まれ育った家の人達を家族なんて思えなくて、絶望感でいっぱいだったけど、あんな事件がなかったら今、僕はここに居なかったかも知れないね、だから、自殺を減らしたくて精神科医になりたいと思ってる。」

「死ぬとどうなるか分からないから不安だよね、生きてる人達とコミニュケーションとれなくなるから不安、どうなるか分からないのが不安、私はね、赤ちゃんを取り上げたいな、これから生きて行くぞって命を」

 

 翔子は目線を少し上に向けて頭の中で産声を上げる赤子の映像を浮かべていた。

 

「なんでそう思うの」

「通ってた幼稚園の影響かなぁ、私、キリシタンじゃないけど、カトリック系の幼稚園に通ってたの、毎週土曜日には、園長先生のミサがあったり、聖書に関するビデオを見る時間とか、クリスマスはみんなでキリスト教誕生の劇をするの、イエス・キリストが納屋の干し草の上でマリア様から生まれるの、それを周囲の人が喜ぶのよね、私、独りっ子だから、それを子供ながら幸せな気分になってね、子供が生まれる場面を憧れるようになったの、産婦人科医っても思ったけど、男の先生も居るから、助産師かなってね、だから睦基君が将来、助産院を開くならっていってくれたの嬉しいわ」

 

 翔子はポカポカな頬を見せるが、明瞭な言葉を発している。

 

「僕が感じた事ない感覚だよ、きっと、そうか命が誕生する瞬間かぁ、想像出来ないや」

 

 睦基は冷ややかに本音が溢れた。

 

「睦基君、なんか恐い」

 

 翔子は眉を顰めた。

 

「しょうがないじゃないか、僕は施設に入るまで家族以外の近所の大人たちからも無視されてたんだ、そして、兄貴にもボロ糞にいわれてたんだ、僕は何故生まれてきたのか、どうやって生きていけばいいのか分からなくなった」

 

 睦基は感情的になったが、直ぐに冷静さを取り戻した。

 

「ごめん、翔子ちゃん」

 

 瞬時に歌音が交代した。

 

「悪気は無いんだよ、少し嫌な気分を思い出しただけなんだ、許してあげて」

 

 一文字に交代して、そういった。

 

「睦基君ごめんね、お互い呑み過ぎたかしら分かったよ」

 

 翔子は俯いた睦基の背中を差すった。

 

「ああ、大丈夫。取り乱してごめん、うん、大丈夫、君の手が物凄く暖かくて優しく感じるよ」

 

 睦基は平静を取り戻した。頭の中では、レイが丈と佐助を押さえ込むのに必死だった。桃がひと筋だけ涙を流した。

 

「お水一杯飲んで」

 

 翔子はチェイサーを差し出し、顔を上げた睦基の頬を伝う涙を人差し指で拭った。

 

「ありがとう、一瞬で癒された感じだ」

 

 翔子に笑顔を返し、その時、桃は睦基の中に入って姿を消した。つまり、桃は睦基と統合したのだ。

 

 〝ひとつ、悲しみが浄化したね〟

 

 歌音は安堵していた。

 

「驚かせたね、翔子ちゃん、ふうぅ、もう少し呑もうか、馬刺し、後、三人前くらいお願いしよう」

 

 睦基は今までに無い優しい気持ちで、他人に言葉をかけることができたたと自覚した。

 

「良かった、薬味、多めに頼もうよ、山葵つけてもらえるかしら」

 

 翔子が店員へ追加注文した。

 

「正田先生、来てくれてたんだね、凄い、馬刺し、好きなんだ、沢山食べたね、森伊蔵に獺祭か、若いのに舌が肥えてるね、良いものを口にした方が良いよ、流石だ、正田先生」

 

 急に背後から声がした。睦基が、正しくは一文字が家庭教師をしている子のお父さんで駿河するが幸平こうへいが声をかけてきた。

 

「どうも、こんばんは駿河さん、良いお店を教えて頂いてありがとうございます、いらしてたんですね、ご挨拶せずにすみません」

 

 一文字が交代して対応した。

 

「私は、今、きたところだよ、こんな美人さんと一緒だなんて想定外ですよ、独り静かに呑むんだろって勝手に思ってました」

「初めまして、正田君の高校の同級生で梅木翔子と言います。お見知りおきを」

 

 翔子は自ら駿河に挨拶した。

 

「梅木さんですか、こちらこそ宜しくお願いします、先生には、うちの息子がお世話になってまして、今度、高校入試なんですが、先生のおかげで、もうこの時期で模擬試験がA判定なんです、勉強嫌いなうちの息子が一変して、彼の夢の第一歩を踏み出せそうで、先生には感謝ですよ」

 

 駿河は睦基と息子を誇らしく感じていた。

 

「いえいえ、しげる君は元々ポテンシャルが高い子だったんですから、滋君の努力が九割で、僕は一割のお手伝いで済んでますよ、駿河さん、どんどん褒めてあげてくださいね」

「正田先生謙虚だから、でも、そう言って頂き、滋が頑張ってるのを嬉しく思います、感謝です、では、連れを待たせてますので、ごゆっくり」

 

 二人と握手して駿河は座敷へ向かった。

 

「流石ね、教えてる子の親御さんにもあんなに好かれてるなんて」

「いや、ほんとに滋君は凄いんだよ、スポンジみたいに吸収してさ、翔子ちゃんも会ったら分かるよ」

 

 一文字は誇らしげに少しだけ胸を張った。

 

 追加した馬刺しが無くなった時に、また、二人前の馬刺しが運ばれて来た。

 

「駿河さんからです、お召し上がり下さい、山葵も添えてござます」

 

 翔子は、目を大きく見開き、胸の前で合掌して喜んだ。馬刺しは残さなかった。二人で一五人前を平らげた。

 

「大満足、良い店だったね、チーズも種類が豊富だったよ、次は、チーズ攻めようよ、赤ワインと一緒に」

 

 駿河とマスターに挨拶して、店を出て、階段で一階に降りてる途中で、翔子は腕を睦基の腕に絡めてきた。睦基は頷いた。

 外は秋めいていきてて、冷たいそよ風が二人の身体を心地良くすり抜けた。

 

「テレビの仕事はいつからなの」

「明日、テレビ局の人と打ち合わせ、来週、再来週には、どこかのお店で撮影じゃないかな」

「忙しくなるね、翔子ちゃん。体調だけは崩さないでいてよ」

 

 睦基自身の声だった。

 

「そんな優しいところ好きだな、私の彼氏になって」

 

 翔子はあっさり告白した。

 

「うん、いいよ。えっ、翔子ちゃん、普段通りの調子で言うから、いいの僕みたいな奴でも」

「勿論。重く考えないでよ、お互い忙しくなるでしょ、それで自然消滅的に疎遠になりたくないと思ってね、お互い時間が合う時、大食い行ったり、呑みに行ったりとか、これまでとはそんなに変わらないと思うけど、彼氏彼女としてお付き合いしたら、連絡するのに気兼ねしないで、デートだって気軽に、それと、睦基君なら私許せる、私、バージンよ」

 

 翔子は睦基がプレッシャーと感じないように気遣った。

 

「ありがとう、宜しくお願いします」

「今日は朝まで一緒に居て、明日の事、緊張しそうなの、私の部屋に行こう、早速、甘えちゃった」

「うん、分かった、怒らないでよ、翔子ちゃんも繊細なとこあるんだな」

「そうよ、女の子だもん」

 

 益々、翔子を愛おしく思って、肩を抱き寄せて歩いた。

 

 この夜は、翔子と睦基は結ばれた。レイは、丈と佐助を止めなかった。初めての梅木に対して、心地良さだけを感じ取ってもらえた。レイと丈、佐助達の連携の賜物だった。

 

「睦基君、素敵ね」

 

 翔子は満足気に睦基の腕枕に顔を埋めた。そして眠りに入った。

 

 〝佐助、丈、満足でしょ、睦基、だいぶ梅木さんといい感じなんだから、あなた方が邪魔しないように気をつけて〟

 

 レイは、その二人を悟すようにいった。

 

 〝睦基と翔子ちゃん、上手く行くといいなぁ〟

 

 歌音が呟いた。

 

 〝翔子ちゃんがいったように気負う事はないさ〟

 

 一文字も続いた。

 

 〝みんなありがとう、また宜しく頼むよ〟

 

 自分が作った人格たちの喜ぶ姿を睦基は嬉しく感じたことが誇らしくも感じた。

 

 翌朝、目が覚めると、翔子は朝食、ハムエッグとサラダ、コーンスープにトーストを作っていた。トーストにしたパンは厚さ五センチはあった。

 

「おはよう、お酒残ってない」

「うん、大丈夫、それにしても旨そうだ、朝はこうやっていつも作るの」

「朝はね、料理するのも嫌いじゃないの、でも、キッチンが小さいから、晩ご飯作ろうとしたら大変、家ではご飯を炊くのと、お味噌汁かスープは作るけど、今日はパンにした、睦基君が和食か洋食系かわからないから、でも、このパンは誰もが好きなパンよ、米粉も入っててモチモチなの」

 

 翔子も二日酔いはなさそうだった。

 

 睦基と梅木はボリューミーな朝食を食べて、大学に向かった。

 

 続 第什話、ストーカー

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