第参話 孤独になる

見知らぬおじさんに連れられ一夜、別の家で過ごした睦基は、翌朝、家の前に立っていた。

 睦基自身は昨夜の記憶はないが家の前で佇んでると嫌な予感、具体的ではないが何をされるかだけが不安だった。

 

 職場に向かう父親が脅すように放った母親への言葉、『あの男に連絡を取れ、今夜、来るようにいえよ、分かったな』という言葉に早速、母は受話器を手に取った。

 しかし、応答がない。暫くしてからかけ直すつもりか、朝食で使った食器を洗い出した。何か考えながら洗っていると、何かを思い出したようで食器を洗う動きが速くなり、いつもより半分近い時間で洗い終えた。

 

 睦基が閉じ込められてる押し入れに近づく速い足音が響いた。急いで押し入れの錠前を鍵で開けた。

 

「出なさい、お風呂に入ってこれに着替えなさい、は、早く、早くしなさい」

 

 母親は焦っていた。

 

 睦基は言われた通り、風呂に入った。風呂からあがると、母親は髪の毛をドライヤーで乾かした。睦基にとって初めての事だ。表情は変えないが泣きたいくらい嬉しいことだった。

 

「さあ、ご飯食べなさい、出かけるからね」

 

 悪い予感しかしない。昨日のおじさんのところへ連れて行かれるのか、それとも別の場所へ連れて行かれるのかと、不安でならなかった。

 睦基の朝ご飯は、冷めた味噌汁に冷めた白飯を入れた猫まんまだった。珍しく、焼きしゃけの切り身が、一枚だけその上に置いてあった。

 食べ終わると直ぐに家を出た。駅に向かった。電車に乗ると次の駅で降りた。見覚えがあった。昨日、おじさんと来た街だった。やっぱりおじさんの家に行くんだと睦基は思った。

 おじさんの家の前で母親と立ち止まった。母が玄関をノックした。応答が無い。もう一度ノックした。

 

「出かけてるのかしら、お前なんか聞いてないか。」

「聞いてない」

 

 睦基はその一言だけだった。

 

 母親は少し考え、ドアノブに手をやった。鍵は掛かっておらず、ドアが開いた。

 

「誰か居ませんか、鍵を掛けないなんて無用心ですよ」


 母親は睦基を玄関に残して家の中に入って行った。家の中は静かだった。不気味な程に。母親は足音を立てないように奥へ進んで行った。

 

「ギャァー、死んでる、死んでる」

 

 母親は部屋の壁際に置かれた洋服箪笥の側壁に首を吊って死んでるおじさんを見た。

 白目を剥き、舌が飛び出し、少し浮いた腰の下には尿や便、腸が垂れ落ちていた。

 その亡骸を見て母親は叫び、一目散に睦基に駆け寄った。睦基を触れる手は震えていた。焦点を何処に合わせてるか分からない目をしていた。

 何か考えているようで動きが止まった。数秒後、ハンカチを取り出しドアノブを拭いて家を出た。焦りながら外のドアノブも拭いた。

 何も無かったかのように早足で駅に向かった。睦基の手を引いて。

 何かぶつぶつ言いながら歩いている。一度立ち止まり、睦基を睨んだ。

 

「お前がやったのか」

 

 そういうと母親は逆走しだした。睦基の手を強く握り締めて。

 

 〝睦基、俺に任せろ。〟

 

 母親が再び家に入ると、睦基の頭の中でそんな声がして、意識が飛んだ。

 

「睦基、お前がこの人、殺したのかい、この人はお前の実の父親なんだぞ、なんて事をしたんだ」

 

 台所から汚い錆びた包丁を取り出し、頭の中で呟いた子に、その刃先を向けた。

 

「それがどうした。バァバァ、こいつが睦基を殺しかけたんだ、でも、自殺に見えるだろ、苦労したぜ、この形にするのはよぉ」

 

 普段の睦基より低い声で母親に歯向かった。

 

「なんだ睦基、いつの間にそんな口が利けるようになったんだ、お前を殺して私も死んでやる」

 

 母親はその子に襲いかかった。包丁を振り下ろした。その子は上手く避けて、包丁を持つ右手の上腕を取り、刃先が母親へ向くように手首を返して、喉に突き刺した。流れるように母親の右側から左側へ移動し、返り血を避けた。そのまま顔面から床に倒れ込むように母親を突き倒した。大量に出血し、そのまま動かなくなった。

 おじさんの家を出たその子は、駅に向かった。電車には載らず線路沿いを家の最寄り駅へ歩き出した。

 睦基はまだ意識が戻らないでいたが、頭の中では色んな子が喋り出した。怖がって泣く子も居た。

 

 〝じょう、殺しちゃったね。〟

 

 高校生くらいの男の子の声がした。


 〝状況的に仕方ないだろ。そうしないと、睦基は死んでたよ。一文字いちもんじさんもあの時は止めなかったじゃん。〟

 

 丈は、一文字に反論した。

 

 〝丈君、殺す事はいけない事よ。どんな状況だって。でも上手くやったわね。あの光景を見て睦基が殺したなんて誰も思わないわ〟

 

 冷静な女性が現れた。

 

 〝そうね。レイはいつもクールね。でも、警察には連れて行かれるよ、その時は丈君、黙ってなさいよ。〟

 

 もう一人の女性が現れた。

 

 〝僕もそう思うよ、歌音かのんがいうように警察が直ぐに来るよ、睦基に教えてあげた方が良いんじゃないかな〟

 

 一文字は、二人目の女性、歌音にそういった。

 

 〝私が教えてあげる。警察に聞かれた時にどう答えたら良いか、睦基は上手く出来るはずよ。〟

 

 レイは一文字と歌音にそういった。

 家に着くと睦基は、目を覚ました。喉が渇いていたからコップに水道から水を注ぎ、一気に飲み干した。まだ足らず、もう一杯注ぎ、一気飲みした。

 

 〝疲れたわね、睦基。私はレイよ、話を聞いてくれるかしら〟

 

 睦基はシンクの前でコップを持ったまま、ボーッと立っていた。

 

 〝お巡りさんに警察署に連れて行かれると思うの、その時は、昨夜はあの男に家を追い出された、今朝は、母親にあの男の家に連れて行かれた、けど、直ぐに母親に追い出されて家に帰って来たっていうのよ、他のこを聞かれたら分からないといいなさい。〟

 

 レイはそう指示を出した。

 

 〝分かった、ありがとう教えてくれて、丈君は二人も殺してしまったんだね、もう人を殺すのはやめた方が良いね〟

 

 睦基は自分の体が勝手に二人を殺めたことを理解した。理由は考えなかった。

 リビングに行きテレビをつけて胡座あぐらをかいた。

 テレビの音は感じられるけど、頭には入って来なかった。それは、沢山の人達が頭の中で騒いでるからだ。何人が話してるんだろう。

 睦基はそう思いながら、実父母がいなくなり独りになったことを感じていた。

 

 続 次回、第肆話 施設行き

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