第肆話 施設行き
丈が両親を殺した後、歌音が予想した通り、影が長く東に伸びた頃、警察が家に来た。パトカーに乗せられた。また、睦基の頭の中が騒がしくなった。
警察署に着くと、怖い顔をした男の刑事と優しい顔をした女の刑事に連れられて小さな部屋に入った。
「こんにちは、睦基君ですね、正田睦基君ね、私は
益田刑事は睦基に怖がられないようにした。
「はい、僕は正田睦基です、分かりました」
「宜しくね、おじさんは、
横井刑事も安心させようと笑顔だった。
睦基の頭の中は静まり返った。
「この腕の青痣はどうしたんですか?」
「分かりません。」
「他にも痣があるのかしら、身体見ても良いですか」
益田刑事は丁寧に接した。
「はい」
睦基が答えると、頭の中が少し騒ついた。
益田刑事はシャツの襟元を引っ張って胸や背中を見た。シャツの中は綺麗な肌だった。そして、手に触れて確かめるように手の甲と掌を見た。両方とも傷だらけだった。
「身体には痣は無いですね、でも、両手に傷が沢山有りますけど、これはどうしたんですか」
「分かりません」
「じゃあ、両腕と両手、写真撮らせてもらえますか」
横井刑事が懸命に優しい表情を作った。
「はい」
横井刑事は数回カメラのシャッターを切った。
「睦基君、何故ここに来たか分かりますか」
「分かりません。」
「絢ちゃん、相談所の新川さん呼ぼうか」
横井刑事が益田刑事に割って入ってきた。
「そうですね、私、この子と一緒に居ますので、定さんお願いします」
横井刑事はその小さな部屋から出ていき、睦基は益田刑事と二人になった。
睦基の両親が死亡した事件は、父親が自殺し、その姿を見た母親が後追い自殺したと結論づいた。
二人は不倫関係であった事、睦基が生まれた後に母は夫にそれがバレた事、実の父親が恐喝してた事、母の夫が睦基を逆恨みして、ネグレクト、虐待してた事が明らかになった。
それが理由で睦基は児童養護施設に入所することになった。
「睦基君、もう大丈夫よ、誰からも無視されずに生活していけるからね」
「本当のお父さんとお母さんは辛かったんだと思うよ、二人の分も頑張っていくんだよ」
益田刑事と横井刑事は睦基が施設へ向かう前に、それぞれ励ましの言葉を送った。悲しさを拭いきれないままに。
施設の生活は快適で、毎日三食の食事が取れて入浴も毎日で、小学校へも通えた。
睦基は自分が三年生である事を初めて知った。すると、頭の中で騒ぎ出す人達が随分減った。
「正田君、施設はどうですか」
「快適です、ありがとうございます」
入所後、ひと月が経とうとした頃、施設長の
「施設長、徐々に表情が明るくなってきてて、その内、他の子たちとも仲良くなりますよ、順調です」
児童指導員の
守谷はこれまでの睦基の生活環境や両親の自殺の現場を目にしたことを懸念していて、あまりにも残酷なレアケースであるため、望月ら現場の職員には詳細を話していなかった。
それに反して、生活を重ねていくごとに睦基の心は落ち着いていった。
〝睦基、良かったねいいところにこれて〟
〝僕も安心したよ、良かったな〝
ある日の夜、睦基が床に着くと、頭の中で自分じゃない人が話しかけてきた。
〝え、やっぱり、君たちは僕の頭の中にいるの、何人いるの〝
〝私は
〝僕もそれくらいしか把握してないかな、あっ、僕の名前は一文字、下の名前はないんだけど、君も兄のような存在かな、きっと〝
睦基は自分の中に『別人格』が存在していると明確に理解はできなかったが、『仲間』と思えた。自分自身への協力者的な存在だと受け入れた。そして、安心した。
〝睦基、元気じゃん、良かったよ、俺は丈だ、とても身体が丈夫なのさ、睦基と同い歳さ、宜しくな〝
〝丈君、喧嘩強いよね、助けてくれておりがとね〝
〝俺のことを感謝してくれてんの、嬉しいねぇ、まっ、宜しくな〝
〝丈、あまり調子に乗るんじゃないの、あなたの能力は認めるわ、でもねその能力は使い方を間違えると大惨事を起こし得ないからね〝
〝分かってるよ、レイはいちいち五月蝿いんだけど、俺はお前のいうこと聞いてるだろ〝
〝あっ、レイさん、だね、君のアドバイスは僕へこんなに良いところにこれたんだね、ありがとうございます〝
〝睦基、当たり前のことよ、今後も色々あると思うけど、私はあなたを見捨てないから、安心して〝
〝ありがとう、みんなは僕を守ってくれていたんだね、嬉しいよ、これからも宜しくね〝
睦基はその夜、自分自身の中に自分を含めて最低六人の人格が宿っていることを受け入れた。みんなで協力して生きていけば、幸せな日々が送れるのだろうと無意識的に理解した。
続 次回、第伍話 退所
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