第弐話 実父
ある日、両親が喧嘩をしていた。蒼一郎は気にせずテレビゲームを楽しんでいた。逆に、睦基はその喧嘩に驚き、表情は変えずも涙だけを流していた。
数日後、見知らぬおじさんが家に来た。
「睦基君、行こうか」
睦基は初めて大人に名前を呼ばれた。嬉しくて嬉しくてしょうがなく、そのおじさんと手を繋ぎ、家を出た。清々しい気持ちになった。
そのおじさんとは、デパートへ行った。最上階のレストランでお子様ランチを食べさせてくれた。玩具売り場では、赤いスポーツカーのミニカーを買ってくれた。
睦基はとても違和感を感じてたが、嬉しい限りでいた。
しかしながら、〝ありがとう〟と言う言葉が睦基の中には存在せず、お礼をする事が分からなかった。
次に、食品売り場に寄った。おじさんは、日本酒の一升瓶とスルメや酢蛸等、酒の肴を買ってデパートを出た。睦基のために菓子類やジュースとかは買ってくれなかった。
その時の睦基にはそういった物が売っているなんて知る由もない。全く気にはしなかった。これから何処へ行くのかだけ気になっていた。
また、駅に向かい電車に乗った。睦基は嬉しかった。電車に乗ること事態が嬉しかった。
電車の窓からの風景は睦基にとって珍しいもので、近くの木々や建物はあっという間に過ぎ去るのに遠くの山や建物はゆっくり動いている。とても不思議に感じていた。胸を躍らせていた。
「おい、坊主、お子様ランチは旨かったか、今日が初めてみたいに食ってたな」
おじさんが、誰かと喋っている。
「うん、あのレストランの料理はどれも旨いよ」
睦基はそのおじさんが自分と話をしていないことを自覚した。
「ドリアが旨いんだ。ベシャメルソースに入ってるエビとマッシュルーム、ご飯のバランスが良くてさ」
「そうか、よく連れてってもらってるんだな、今日もドリアにすりゃあ良かったのに」
二人の会話を聞いていると、どんどん睦基は気持ち悪くなっていった。同時に眠気も襲ってきて寝てしまった。
「睦基、急によく喋るようになったな、やっぱり、ドリアにしなかったの悔やんでるのか」
おじさんは他の子と喋ってるはずなのに、睦基の名前を遣って会話をしていた。
「お子様ランチも良かったよ、エビフライが好きなんだ、うん、睦基は寝たからな、その間にペチャクチャ喋らないと、俺狂っちゃうから、まあ、付き合ってよ、親父」
「何だか変だなぁ、まぁいいか、賑やかな方がいいか」
おじさんの頭の中は混乱したが、気にすることは止めた。
「うん、俺もややこしいと思うけどさ、仕方ないさ、あの蒼一郎の野郎がなぁ、仕方ないよ、俺にはどうにも出来ねえから、気にしてないよ俺は。」
不可思議な表情をしたおじさんは、無言でキヨスクで買った缶ビールを呑み始めた。
睦基が目を覚ますと、テレビの前に座っていた。
〝お前、これ見たかっただろ、良かったな〟
睦基がテレビを楽しんでいると、不意にその声が耳に入ってきた。しかし、特に気には留めなかった。すると、その声が頭の中で巡っていて、他に数人の声がそこにはあった。
〝みんな静かにしろ、睦基、気をつけろよ〟
頭の中で、一人の男の子が複数の声を止めた。
「睦基、俺の声が聞こえねえのか」
睦基は声の聞こえた方向に顔を向けると、酒に酔った、あのおじさんが居た。かなり不機嫌そうだった。その直後、顔を殴られた。
他人に暴力を振るわれるのは初めてだった。デパートに連れて行ってくれて、ミニカーも買ってくれて、名前も呼んでくれた人に殴られた。ショックで意識を失った。
気がつくと、元の家の前に居た。朝になってた。殴られた顔は腫れて、両腕、両脚の所々には青痣があり、ポロシャツのボタンが取れて無くなっていた。
「なんだお前は、いつ戻って来た、とりあえず、中に入れ」
父親は家の中に投げ入れる勢いで背中を押した。
「おい、どうなってるんだ、あいつが面倒みるんじゃないのか、子供独りで帰って来れないだろう、お前、どうにかしろ」
父親は母親を怒鳴りつけ、また、睦基の背中を押し、母親に突き飛ばした。
「はい、分かりました」
母親は一言そういうだけだった。
睦基は母親に寝室の押し入れに閉じ込められた。
父親と蒼一郎の朝食を支度し、会話がないまま食べ終わり、二人は職場、学校へ向かった。
「あの男に連絡を取れ、今夜、来るようにいえよ、分かったな」
ドスの効いた、充分に母親が怯える声で父親はいい、家を後にした。
続 次回、第参話 孤独になる
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