誰でもいいけど…

夜明

プロローグ 溶ける

ウエイトレスさんが持ってきてくれたばかりのクリームソーダのアイスがもう溶けはじめている。これだから夏は嫌なんだ。コップから垂れそうなアイスを急いで食べないと。

「レイ、あのさ。頑張って食べてるとこ悪いんだけど…」

気まずそうな顔をして話しかけてきたのはミズキ。簡単に言うと、恋人ってやつ。

「その、なんていうか、本当に好きで付き合ってる?」

その問いかけに、食べようとしてつまんださくらんぼをテーブルに落としてしまった。

「ん?それってどういう意味?」

さくらんぼを紙ナプキンにつつみ、机を拭きながら聞いた。

「一緒に出かけるときはもちろん楽しいし、ゲームしたり、アニメ見たり、そういう趣味が合うのもうれしいなって思う。でもそれって友達と変わらなくない?」

あぁ。またか。

前の恋人にも同じようなこと言われたっけな。

「楽しいっていうのは伝わってくるんだけど、『好き』って気持ちが全然伝わってこない。こっちばかり好きな気がして、もうしんどい。」

ここまで来たら次にくる言葉はもう決まっている。

「別れ…」

「別れよっか。」

別れの言葉に別れの言葉を重ねてやった。もちろんミズキは驚いた顔をしてる。でもそれと同時に、

「う、うん。そうだね。」

ほっとした顔をされた。これでいいんでしょ。

「それでさ、借りてたマンガなんだけど今度郵送するからさ。ほら、持ってくるにはちょっと重いじゃん?貸してたマンガは別に返さなくていいよ。同じやつ何回も読むタイプじゃないから。」

もう別れたあとのことまで考えてたミズキの調子のいいところに少しむかついた。

マンガは一回読んだらもう満足するタイプだってことは知ってる。趣味は合ったけど真反対だね、そういうところは。

「うん、わかった。借りてたマンガはこっちで何とかするよ。ほかに何かある?」

5秒の沈黙。

「ん-、そうだな。

楽しい1年だったよ。ありがと。レイ、元気で。」

「こちらこそ。ミズキも元気でね。」

無言のまま二人でお会計に向かった。飲みかけのクリームソーダを残して。


「お会計ですね、えーっと」

「あ、会計は別々でお願いします。」

ウエイトレスさんが話し終える前に個別会計を頼むミズキ。

「かしこまりました。では、お客様が注文されたものを教えていただけますか。」

ぼーっと窓の外の駐車場を眺めてるうちに、ミズキが会計を終えたらしい。

「次、レイだよ。」

ミズキに向かって軽く微笑んだ。

「クリームソーダが1点で、お会計が600円になります。」

400円のおつりとレシートを受け取って後ろを振り返ったら、もうそこにミズキの姿はなかった。

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誰でもいいけど… 夜明 @NnNn0326

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