第135話 国王の決定

「国王。これだけ集めれば満足か?」

「こ、これは……」


 俺は彼の目の前にこの国の要人ほぼ全ての署名が入った書類を叩きつけた。


「セントロにサラス……ラビリスまで……師匠は一体どれだけのことをして来たんだ?」

「そんなことはどうでもいい。これでも……認められないか?」

「……いえ、師匠がここまでして下さったのです。やらせて頂きましょう」


 国王はそう言って席を立つ。


「どこに行く?」


 俺が聞くと、国王は今までとは全く違った雰囲気を漂わせて俺に語りかける。


「国民に伝えていく。それでいいでしょう」

「……いいのか」

「いいも何も、師匠が頼んで来たことでしょう? 構いませんよ。この城を襲われ、被害を被ったことは間違いなくあります。ですが……ですが……次の世代のことを考えれば、どちらが最良か考えるまでもないでしょう」


 国王はそう言って、リュミエールとアストリアに向き直る。


「さて、国民にすぐに伝えてもいいのですが、いきなりでは混乱するでしょう。そこで、勇者と光の巫女に手伝って頂きたい。混乱する国民を安心させられるのは、今まで……太古の昔から人々を助けてきたお二人の肩書をおいて他にはないでしょう」


 国王の言葉に、アストリアとリュミエールは笑顔で頷く。


「ボクの名前は……きっと、この時のためにあるんだと思う!」

「私も……最近なにもしていませんからね。お任せください」

「うむ。では行こうか」


 そう言って国王は進んで行くと、いつの間にか国民が集められていた。

 彼らは何が始まるのかと今か今かと国王の言葉を待っている。


 俺とヴァニラは後ろで彼らの様子を見守った。


「我が臣民たちよ! ここに集ってくれたこと! 嬉しく思う!」

「わあああああああああああ!!!!!!」


 国王の信頼は中々すごいらしい。

 一度魔王にあれだけ攻められたのに、それでも信頼を失っていないとは……。

 先日も本を読んでいたので、そういったことには勉強熱心なのかもしれない。


 国王がそれから両手をあげて仕草をすると、国民はみな水を打ったように静まる。


「さて諸君。言いたいことは色々とあるが……まず、高らかに宣言しよう。これから我が国は魔族との融和を推進する!」

「……ざわざわ」

「……そんなこと……ありえるのか?」

「……嘘だろう?」


 皆は何を言っているのか?

 信じられない者を見る目で国王を見ている。

 だけれど、国王もそれは想定の内だったのだろう。


 視線を一度チラリと後ろに向けて、もう一度大声をあげる。


「余の言うことが信じられない者もいるだろう! ここで、勇者と光の巫女の言葉を聞いてもらおう!」


 そう言って2人と場所を代わった。


 アストリアは堂々と、リュミエールはちょっとだけ恥ずかしそうにしている。


 まずはアストリアからだ。


「皆! 国王様が言ったことを受け入れられないというのはあるかもしれない。でも、一度……一度考えて欲しい。魔族は……本当に敵かを」

「ふざけるな! 俺は妻が殺されたんだぞ!」

「私は娘が殺された!」


 アストリアがそう言うと、民たちの口から否定の声が叫ばれる。


 でも、彼女はそれを受け止めて答えた。


「ボクも……この街を一緒に出た仲間を殺されました」

「え……」

「なら……」

「でも、それでも、ボクは魔族の国に行った。その時に、人間に囚われて酷いことをされている魔族を見たよ」

「魔族なら殺してもいいだろ!」

「本当に?」


 アストリアは、さっきまでの優しい雰囲気は消え、うすら寒さすら感じさせる圧力を放っていた。


「そうやって魔族を傷つけて、弱い相手なら何をしてもいい。そう思うのなら……ボクは君の敵に回るよ?」

「ゆ、勇者じゃないのか!?」

「そう。ボクは勇者だ。だから皆に為になることをするし、弱い人を救っていきたい。その弱い者は魔族だって……人間だって関係ないと思っているんだ!」

「……ひ、光の巫女はどう思っている!」


 そう問われて、リュミエールは微笑みをたたえたまま前に出る。


「私はリュミエール。光の巫女です。そして、私もアストリア様の事を応援しています」

「なぜ!」

「私は……エルフの森を出て、人間に捕らえられ、奴隷にされそうになりました」

「え……」

「人間は友好的と聞かされていた。でもこの時、私はどんなことを思ったかご存じですか?」

「……」

「人間の考える友好関係とは、我々を奴隷に落としても問題ない。そう思っているような連中のことを言っているのか……と。そう思いました」

「……」

「ですが、そんな私を助けてくれたのも人間です。このことから、私は思いました。人間だって悪い人、いい人がいる。では魔族は? 確かにあなた方の大切な人を傷つけた悪い魔族もいるでしょう。ですが、あなた方があったことがないだけで、素敵な……いい魔族がいる可能性もあるのではないですか?」

「それは……」

「怖いかもしれません。恐ろしいかもしれません。ですが……私と勇者様。我々を信じて下さいませんか?」


 リュミエールはそういって、民たちの反応を待つ。

 彼女の実体験とその想いは、それを見ている彼らの胸を打っていた。


 そのことを感じ取った国王は民たちの前にいき、声を張る。


「それでは皆の者よ! 彼女たちの言葉を聞きどう思った? 一度知ってみる。それでもいいのではないか! 私は……これからの子らの為に、この決心をした! 反対の者は声をあげよ!」

「………………」


 国王の言葉に、誰も声をあげない。


「ではこれより! 魔族との友好関係を結ぶ! これは、決定である!」


 国王の決定を、俺とヴァニラは後ろから見つめる。


「すごいな……」

「ああ、俺がここまで来れたのも……彼女たちの力があったかもしれない」

「ふふ、お前も優しいんだな」

「それよりもこれからのことだ。忙しくなるぞ」

「平和が訪れるなら……望むところだ」

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