第129話 ヴァニラ


「さて……シュタル……だったか。それが貴様の本名で間違いないのか?」


 突然魔王が俺に語りかけてくる。

 どうしたのだろう。

 そう思うけれど、多少は話しても問題ないだろうか。

 何か……この話すということに彼女の能力が関係あるのか……。


 まぁいい。

 それくらいは付き合ってやろうと思う。


「そうだ。俺はシュタル。最強の魔剣士だ」

「なるほどな。あたしはヴァニラ。現魔王をしている」

「ヴァニラ? 可愛い名前じゃないか」

「な! この魔王に向かって可愛いなどと……許さんぞ」


 彼女は顔を紅潮させて歯を食いしばっている。

 ただ、彼女から手を出してくる様子はない。


 何か狙っているのか……。

 それとも俺に攻めるタイミングがないと思っている?

 いや、それはない……か?

 それであれば最初から降伏しているはず。


 何か……彼女にとっての狙いがあるはず。

 俺は彼女としばらく見つめ合い、意を決して攻めることにした。


「はぁ!」


 俺は拳を振り抜き、いつでも相手の行動に対応できるようにする。

 しかし


「きゃあ!」

「……」


 彼女は俺の拳を受け、吹き飛んでいく。

 それも俺が思った以上に後ろに飛んでいき、むしろ彼女が自分で飛んでいるのでは?

 そう思わされるほどに飛んでいる。


「どこまで行く気だ」


 俺はひとりごちて追いかける。

 彼女は本当に……まるで一定の距離を保って逃げているようでさえあった。


「おい! いい加減降りてこい!」

「うるさい! 来るな! あたしだってお前の戦いを見たんだぞ! お前と正面から戦うなんて出来るか! 馬鹿めが!」

「な!」


 さっきまではすごく……すごく魔王という感じではあったはずなのに、今ではそこら辺にいるクソガキといってもいいような反応になっている。

 ヴァニラ……子供っぽい名前といい精神的には子供なのかもしれない。


「いいからそんな走ってくるな! もうちょっとゆっくりしろ! というか貴様の本当の目的をさっさと話せ! なんなんだ!」

「お前を支配下においたら教えてやる!」

「あたしはそんなすぐに誰かのものにはなりませんー! 出来るもんならやってみろ!」

「今やろうとしているだろうが!」


 俺は叫んでこれからどうしていこうか悩む。

 彼女を撃ち落とす方法はごまんとある。

 だけれど、あまり傷つけずにやるには……どうしたらいいのか。


「いや、多少は傷つけてもいいか。最悪よみがえらせればいいしな」

「蘇らせるってどういうことだ!? そんなほいほいできることではないだろうが!?」

「俺を誰だと思っている? 【最強】のシュタルだぞ。それくらい出来る」

「全く……これだからこういう奴らは……」

「もういいか。『風よ舞えウインドブロー』」

「きゃああああ!!!???」


 俺は風を発生させて、飛んで逃げる彼女を撃ち落とす。

 そのまま彼女の下に回り、掌底を下から打ち込む。


「ふっ!」

「危ないわね!」


 しかし、彼女は落ちながらも俺の動きを見ていたようで、ギリギリのタイミングで回避する。


「やるじゃないか。ならこれはどうだ?」

「きゃ! ちょっと! レディになにするのよ!」

「俺はレディではなく、魔王と戦っている」

「ちょっとくらいは手加減しなさいよ!」

「手加減はしない。俺は最強だ。それが俺が俺である理由だ」

「可愛げがないわね!」

「そういうお前は可愛らしいぞ? 普段からその態度を出したらどうだ?」

「出来る訳ないでしょ! これでも魔王なのよ!?」


 彼女はそう言いながらもギリギリのところでかわしている。


 やはり何か……時間稼ぎをしているのだろうか?

 そうと決まれば、速攻で片付ける。

 彼女ののんびりとした話に付き合っている暇はない。


「さて、それでは……速度をあげるぞ。『氷結領域アイスゾーン』『速度上昇スピードクロック』」

「そこまで!?」


 俺は周囲を凍り付かせて彼女の速度を鈍らせる。

 それと同時に自身に強化魔法をかけて、彼女を決して逃がさないようにした。


「そらぁ!」


 俺は更に速度をあげて彼女に迫る。


「危ないってぇ!?」

「なに!?」


 俺の一撃は彼女にかわされる。

 今までの彼女の速度を考えたら、絶対にかわせない速度。

 その速度でやったはずなのに、彼女はかわしてくる。


 ということは……。


「手加減をしていたのはどちらだ?」

「当たり前でしょ? あなたに勝つのならそれくらいはしなければならない。そう。こうやって時間を稼いでいた。そのことには気付いているのでしょう?」

「当然。何が狙いだ?」

「ええ、もういいでしょう。あたしの時間稼ぎに付き合ってくれてありがとう。そしてさようなら。あなたはもう……あたしを越えられない」

「試してみろ。俺は【最強】だぞ」

「ふふ、最強ではなくなったら……あなたはどうするのでしょうね?」

「なに?」

「【スキル強奪スキルテイカー:最強】」

「まさか!?」


 俺は、全身から力が抜けて行くのを感じた。

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