第96話 最強の名の重み

***【魔陣】(ゲックル)視点***


 周囲には草原が拡がっていて、時刻はこれから夜になろうかという時間。

 ワシはシュタルと戦っていた。


 奴はワシよりも疲弊ひへいし、動き続けているはずなのに、その顔には笑みを浮かべている。

 このままでは不味い。

 そう思って魔法陣による攻撃をしたけれど、奴はそれを笑って受け止めた。


 ありえない。


 ワシは今【最強】になっている。

 そのスキルのお陰で、年を取ったことを忘れたかのように体が軽い。

 全盛期など軽く超えていて、さらにそこには魔法陣での柔軟な対応力も備わっている。


 それなのに届かない。

 ワシが……ワシが最強になったはずなのに、目の前の人間風情はワシの攻撃を避け、受け流し、反撃までして来る。

 それに、少しでも気を抜けば致命傷の一撃を放っていた。


 ワシの魔法陣による攻撃も、奴にとっては攻撃ではないのか?

 そう思えるほどに軽く耐えられてしまった。


「貴様……どうなっておる」

「どうなっているかだって? そんな事はどうでもいいだろう! もっとだ! もっともっともっと戦おう!」

「くっ……この戦闘狂が」

「当然だ! 最強を目指すのであればそうでなくてはならない! 戦闘こそ至高! 常に強者との戦いを求める。それが俺が望むこと! その果てに、俺がやるべきことがあるのだ!」

「この……!」


 シュタルはそう言って楽しそうにワシと切り結ぶ。

 ワシの杖も相当いい物を使っているお陰か、奴の攻撃を受け止める事は出来ていた。


 しかし、奴の剣閃けんせんは少しずつ、少しずつ早くなっている気がする。


 どうしたらいい?

 ワシが持てる切り札は全て切った。

 後はワシと奴との自力での勝負のはず。

 そして、今は奴の力は下がり、ワシの力は上がっている。

 それをいれてもワシと同等なのが理解できない。


「なぜじゃ……なぜワシと互角なのじゃ」

「なぜ? 俺こそが最強だからだ。貴様のようなものまねでは俺には勝てん。最強を名乗るとは、それも含めるのだ」

「く……」


 こやつめ……。

 どうやったらこの若さでこんな強さを持っているのか。

 長年魔族として、生きてきたワシに、戦闘経験で互角以上に戦う。


 ワシはあせっていた。

 スキルをコピー出来る時間制限の事もあるが、のんびりして居ては【守護神】が帰って来てしまうかもしれない。


 だからなんとしてでも、こ奴を殺さねば……。


 ワシは覚悟を決め、多少の攻撃を食らってでも奴を殺すことにした。


「食らえ!」


 ワシは奴の攻撃を受け止めながら奴に向かって杖を振り下ろす。


「おっと、捨て身か? その程度では俺には届かんぞ?」

「バカな……」


 奴の攻撃はワシを削り、その代償として奴の頭を潰すつもりだった。

 しかし、ワシの攻撃は簡単に防がれる。

 力を込めた一撃も、片手で止められた。


 ここに至り、ワシは思い違いをしていたのではないかと思う。


 ワシは奴のスキルをコピーした。

 しかし、コピーしたのはその上辺の力だけで、本来の力を引き出せていないのではないか。


 【最強】というスキルは常に強くなるというスキルではないのか?

 スキルは本来1つしか効果を持たないはず。

 しかし、稀に【守護神】の様に複数の効果を持つ物もある。


 それであれば、このスキルにも何か秘密があるのかもしれない。


「俺を前に考え事とはいい度胸だな?」

「っ!? ぐほっ!?」


 ワシは思考に少しだけ意識を割いている間に、奴の拳が腹に突き刺さる。


「この程度で終わらせる訳ではないぞ?」

「がふっ!」


 ワシは奴に連撃を叩き込まれて、空中から地面に叩きつけられる。


「くっ!」


 ワシはすぐに起き上がり、その場から飛び去る。


「遅いぞ? 動きが鈍くなっている」

「な!? ごふっ!」


 ワシは奴の剣で左腕を切り飛ばされる。

 しかし、痛みを感じる前に治療の魔法陣を起動し、傷を回復させた。


「くっ! ワシは最強になったはずなのに……」

「最強という事を理解していないからだ」

「理解……とな?」


 これで少しでも奴から聞き出せるのであれば、なにかきっかけがつかめるのかもしれない。

 しかし、奴の言葉はありえないほど重たい物だった。


「最強とは自身がもっとも優れている。その考えを確信するところから始まる。だが、貴様の肩書はなんだ?」

「肩書……?」

「そうだ。貴様は魔王四天王だったな? 魔王の下についている時点で貴様は最強ではないのだ。最強とは、どんな相手にも屈せず、どんな時でも諦めず、どんな状況だろうが望む未来を掴んで見せる。それが出来てこその最強だ。そして、貴様は俺に対して恐怖を抱いたな? 負けるかもしれない。魔法陣での攻撃は効かないかもしれない。そう思い、俺に魔法陣での攻撃をやめたな? その程度で、自身のもっとも得意とする攻撃を信じる事ができない貴様に、最強を名乗る資格はない。そして、【最強】のスキルは、【最強】ではないことを認めてしまった物をスキルの所持者とは認めない」

「そんな事が!?」

「ある。このスキルは【最強】だ。だが、その精神性も持ち続けなければ最強の器足りえないのだ」

「そんな……スキルが持ち主を選ぶ……?」

「信じないなら信じなくてもいい。ただ、貴様、既に最強に見捨てられているのではないか?」

「何?」


 ワシは奴に言われて、体に力を込めようとするけれど、先ほどまでの万能感はどこかへ消え去っていた。

 それどころか、元々の力よりも弱くなっている様な気さえする。


「【最強】を名乗る重みを知れ」


 ワシは彼の言葉を聞きながら、首を飛ばされるのを見ている事しかできなかった。

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