第86話 小休止

***ゲックル視点***


 薄暗い部屋に、【魔陣】のゲックルと、【剛腕】のゴライアスがべッドに転がっていた。

 彼らの体は治療された跡があり、今も動けないようだ。


「無事か? ゴライアス」

「おで……初めて、殴り負けた」

「そうじゃな。ワシも……あそこまでの相手がいるとは思わんかった……。しかも傷の治療が出来ないような物までかかっているとは……恐ろしい」

「おで、動けない、初めて」

「そうじゃな……あれほど強い敵も初めてじゃ……」


 そう話すゲックルの表情は重い。


「おで……あいつと……戦わない?」

「……それは出来ん。あいつを放置しておけばワシ等が逆に侵攻される。こちらから攻めて、やつらを滅ぼさねばならん」

「おで……勝てる気……しない」

「ああ、だから念入りに準備するのじゃ。今は体を癒やすことが先決じゃ」

「分かった。おで、休む」

「ああ、あいつを殺すためにはお前は必要だ。今は休め」


 それから2人はそのまま眠りにつき、体を休ませるのだった。


******


「やった……ボクでも……出来た」


 俺はそうつぶやくアストリアを受け止める。


「よくやったな。こんなに早く成長するとは思わなかったぞ」

「……」

「気を失ったか」


 ここ数日、アストリアにはかなり強引な戦いをさせ続けていた。

 何度も死に、酷い目に遭おうと、俺は止めることはしなかった。


 リュミエールは何度も助けて欲しいと言ったが、アストリアが望んだこと。

 そう言って黙らせた。


 だけど、今回はこんな成長を見せたのだ。

 少しくらいは休むことも必要だろう。


 俺は片腕になったオリハルコンゴーレムを木端微塵こっぱみじんにして、それからミニゴーレムも同様にして周囲の安全を確保する。


「すぅ……すぅ……」


 ここまでボロボロになりながらも、アストリアは戦い続けた。

 そんな彼の体を見て、少し思う。


「全く……こんな女の様な華奢きゃしゃな体で……良くも勇者等をやっているものだ」

「シュタルさん。アストライア様をどうされるのですか?」


 俺がアストリアを見ていると、リュミエールが話しかけてくる。


「このまま服を脱がせて体を拭いてやろうと思ってな。それに、これだけ頑張ったのだ。少しの休憩もいいだろう」

「……あの。シュタルさん」

「なんだ?」

「アストリア様の体は私が拭きますので、テントとか出してもらってもいいでしょうか?」

「テント? なぜだ?」

「それは……休む時はしっかりと囲まれている方がいいじゃないですか」

「なるほどな。それもそうだ。ほい」


 俺は『収納』から様々な効果のついたテントを取り出して、地面におく。

 そして、俺はテントの中にあるベッドにアストリアを寝かせた。


「よし。これでいいか?」

「はい。ありがとうございます。では外に出ていてもらってもいいですか?」

「なんだ? 何か不都合があるのか?」

「……いいから出ていて下さい!」

「そうか。そこまで言うのなら仕方ない」


 俺はまるでこれから女の体を拭くから追い出されるような形で外に出る。

 そして階層主を倒すことで出てきていた宝箱を開けたりして時間を潰した。




 それから数時間して、アストリアは目を覚ます。


「ここは……?」

「起きたか。ここはダンジョンの30階層だ。ほら、お前が寝ている間にリュミエールが作ってくれた飯だ。食え」

「そんな……いきなり……きゃ!」


 アストリアは起き上がると、落ちそうになったシーツを慌てて抑える。

 まるで少女の様な反応だ。

 もしかして、肌を基本的に見せない貴族の生まれだろうか。


「何かしたいことはないか?」

「ボク……がしたい……事? もっと強くなる以外で?」

「そうだ。俺が言うのもあれだが、かなり厳しい事をやらせた自覚はある。だから、少し休め」

「……分かった。それじゃあご飯頂戴」

「おう」


 俺はスープとパンをアストリアに渡す。


「ありがと」


 彼は優しく微笑むと、胸を抑えながら食事を始めた。


「どうだ? 美味いか?」

「うん。ダンジョンに来てからこんな美味しい物食べて来なかったから、ちょっとびっくり」

「そうか。まだまだあるぞ。欲しければ言え」

「うん……。ねぇ。聞いてもいい?」

「なんだ?」

「シュタル……って。ずっとあんな戦いをして来たの?」

「ああ、俺は最強になると決めたからな。だから出来る事は何でもやったぞ。全てが良かったかと言われるとそうではないが、お前に教えているのは色々な経験を踏まえての事だ。だから安心して戦え」

「うん。ありがとう。最初は……こんな戦いっていうか、これ訓練じゃなくて処刑の間違いじゃない? って何度も思っていたけど、最後の一撃……あれ……ボクが放てたんだよね」

「そうだ。お前がオリハルコンゴーレムの弱点を見抜けたというのもあるが、あれほどの一撃は今までは決して放てなかった。それを考えたら立派な成長だ」

「そう……ふふ、ありがとう。ボク……もっと頑張るから。だから……これからも教えててね?」

「ああ、勿論だ」

「よろしくね。シュタル」

「ああ、アストリア」


***アストリア視点***


 彼の指導は厳しい。

 でも、それでも自分が以前よりも強くなっている。

 そんな思いが胸を満たす。


 ……と思っていたのだけど。


「これからもガンガン厳しくなっていくからな? 休める時に休めよ」

「……あれからまだ厳しくなるの?」


 ボクはこれからに不安を感じざるを得なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る