第84話 強くなりたい理由

 ゴッ!


 ゴライアスの拳が、俺の頭に直撃する。


「!」

「ちっ」


 俺は一瞬意識を失う。


「シュタルさん!」


 リュミエールの悲鳴が上げるのが聞こえる。


「ゴライアス!」


 それと同時に、【魔陣】の声も聞こえる。


 いけない。

 このままでは逃がすかもしれない。

 でも、頭を打ち抜かれたショックで意識が……。


 そして、【魔陣】の声が更に続く。


「『転移魔法ワープ』」


 そして、次の瞬間にはゴライアスと【魔陣】は姿を消していた。


「く……逃がすことになるとは……」

「あ……あぁ……」

「おい。無事か?」


 俺はすぐそばにいるアスタに話しかけた。


 彼は体をガタガタと震わせながら、俺に謝罪してくる。


「ごめん……ごめんなさい。ボク……ボク……。許せなくて……許せなくって……」

「それで奴らを殺そうとした……と?」

「だってそうでしょう! 魔族は許せない! 魔族は敵だ! 殺して何が悪い!」

「俺は別にそんなことについて聞いているんじゃない」

「……じゃあ……なんで……」

「自分で勝てない相手が動けない時に殺す。それがお前の……勇者のやることかと聞いている」

「! そ、それは……」


 彼は俺から視線を逸らして、俯いた。


「じゃあ、どうしたら良かったのさ! あいつらは……強い。ボクが100回やっても勝てなかったSランク冒険者のヴェーリを瞬殺したんだ! ボクが……ボクが勝てない相手だぞ! そんな……そんなのが相手を殺そうとするのに、どんな手を使ってもいいでしょう!?」

「別にお前がそれでいいならそれでいい。だが、俺は少し失望したぞ」

「……どういうこと」

「お前の様な奴が勇者だと言うことがな」

「……」

「勇者とは人類の救世主なんだろう? そんな者がどうして正面から勝てないで人類最強を名乗るのか。バカらしい。俺は……こんな奴を探していたのか」

「……」


 俺はそう言うが、アスタは何も言い返さない。


 そこにリュミエールが口を開く。


「アスタ様。私はアスタ様とお会いしたくてここまで来ました」

「……」

「そして、私は貴方の支えになりたいと思っています。貴方がどんな事を心の中で思い、どんな風になりたいのか。私に話して下さいませんか?」

「光の巫女……」

「私はリュミエールです。名前で呼んで下さいませんか? アスタ様」

「分かった。リュミエール。それと、ボクの名前はアストリアだ。そっちで呼んで欲しい」

「はい。アストリア様。それで、どうして彼らを殺そうと考えたのですか?」

「当然だろう! 仲間を殺したんだぞ!」

「では、なぜシュタルさんに倒され、動けない彼らを殺そうとしたのですか? シュタルさんが戦う前に、恨みを晴らそうと戦わなかったのですか?」

「……ボクは……ボクでは勝てないから。だから、だよ」

「アストリア様。貴方は悔しいのですね」

「! そうだよ! ボクだって自分の手でこの気持ちを晴らしたかった! この手で倒せるのであれば、ボクが直接勝ちたかった! でも、出来なかった! ボクは勇だ。でも、まだ全然強くない。もっともっと強くならないといけないのに、ならないといけないのに、ボクは……ボクは……」

「では強くなりましょう」

「……どうやって?」

「ここに、最強の魔剣士がいらっしゃいます。お願いしてみませんか? もちろん、私もお願いしますから」


 リュミエールはそう言ってアストリアを俺の方に向ける。


 アストリアは、少しバツの悪そうな目をこちらに向けた。


「でも……ボクは……」

「アストリア様。貴方は殺したいと思う程に強くなりたかったのではないですか? 恨みを……晴らしたかったのでは?」

「……そうだよね。分かった。ボクも構っていられない。だから……魔剣士シュタル。ボクを強くして欲しい」

「私からもお願いします。シュタルさん。どうか受け入れて頂けませんか?」


 2人してそうお願いしてくる。

 全く、なんて勝手な奴らだ。


 自分の都合で敵を殺そうとしておいて、それで今度は強くしてくれ?

 ふざけた奴らだと思う。


 でも、俺には昔の記憶が蘇ってくる。


『止めて! ミリーに酷いことしないで!』

『逃げて! シュタル!』

『くっくっく。小さいが可愛いじゃねぇか。これからたっぷりと可愛がってやるよ。ああ、てめぇは奴隷行きだ。覚悟しろ』

『止めて! 止めて!』

『強く生きて……シュタル……』

『ミリー! ミリー!』


「ふぅ……」


 俺は懐かしい記憶を振り払い、アストリアに視線を向ける。


 アストリアの瞳はあの時の俺の様に、本気で、真剣に強くなりたい。

 そう訴えかけている。


 俺はその瞳を感じで、問いかけた。


「強くなりたいか?」

「なりたい」

「死ぬほど厳しいことになる。何度も死んだ方がマシだと思う事があるかもしれない。そこまで厳しく鍛えても、あいつらには届かない可能性もある。それでもいいのか?」

「問題ない。ボクは……ボクは強くなりたい。だから、その為なら死んでもいい」

「そうか。分かった。では、これから本気で……お前1人でダンジョンの最下層まで行けるようにしてもらおう」

「え……?」


 俺がアストリアに言った言葉に、彼は目を丸くしていた。

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