第15話 背負わせてもらえませんか

***ウリル視点***


「は……今……首を切られたはず……」

「ああ、切った。だが、よみがらせた。俺が貴様より最強だと証明するためだ」

「ひぃ!」


 俺は奴の瞳に恐怖心を抱く。

 言葉に出来ない。

 その瞳を見ているだけで、燃やし尽くされてしまいそうな程の怒りを感じる。


 魔族でもエリートであるはずの俺がこんな気持ちを抱くなどある訳がない。

 たとえ俺が勝てないと思った上司のミリアム様。

 彼に本気の怒りを向けられた時でさえ、こんな気持ちは抱かなかった。


 なのに……。

 たかだか人間に……。

 こんな感情を抱くなど……。


「ほう。まだ敵意を持てるのか。魔族も中々骨があるな?」

「あ……う……」


 彼の背後には月があり、その表情は見えない。

 しかし、そんな彼の真っ赤な瞳は血を吸ったかのように赤々としていた。


「ほら、立てよ。そんな目を向けて来るという事はまだ戦う気があるのだろう?」

「お……俺は……魔族で……」

「だからなんだ?」

「ミリアム様の……忠実な部下で……」

「ミリアムという上司もいるんだな。お前を切り刻めば現れてくれるのか?」


 ヒュン


 彼の右腕が一瞬消えた。

 次の瞬間に、両腕に激痛が走る。


「ぐ、ぐわあああああ!!! な、何を……お、俺の腕、腕が!」

「さっきから何回も斬っているだろう? 今更騒ぐな。それで、ミリアムはどこにいるんだ? お前を見捨てて隠れているのか?」

「み、ミリアム様は王都に向かった! だから!」

「ほう……」


 奴はその言葉を聞いて少し考える仕草をする。


 これはチャンスだ。


「この!」


 俺は怒りのままに奴に蹴りを放つ。


 パシ。


 しかし、彼はその辺の石を拾うように俺の足を掴んだ。


「そ、そんな……」

「いいぞ。トカゲもそこそこ良かったが、お前の方がまだ強そうだからな。しっかりと……魂に刻んでやる」


 俺は彼の言葉を聞き、体が震えるのが分かる。


「な、なんで……そこまで……」

「別に? 俺が最強である。その事を知らしめるのに理由がいるのか? 最強になるだけでは足りないんだ。最強であることを全ての者に理解させる。そのために俺は戦っているのだから」

「あ……う……」


 淡々と話す彼の言葉には疑問がつきない。

 なぜ最強を知らしめるのか。

 なぜ最強を全ての人に理解させたいのか。


 でも、それを聞いても彼は答えてくれる気がしない。


 そんな事を考えている間に、彼は少し悲しそうな表情を浮かべる。


「そうか……もう心が折れたか」


 その彼の一言で救われた様な気持ちになる。

 これで俺は……もう。


「だが、何回か治している内にまた戦う気になる事があるのを知っているからな。またな?」


 俺は彼の言葉を聞き、絶望する。

 それと同時に動いてもいないのに視界が高くなっていく。


 ああ、首が飛んだのだ。

 そう思うと同時に、彼に何か金色の物がぶつかっていく。

 それが、最期の景色になった。


******


***リュミエール視点***


 このままではいけない。

 私は姿隠しのペンダントを起動して、シュタルさんと魔族の戦いを見ていた。


 いや、それは戦いと呼べる物ではなく、一方的なものだった。

 でも、私はこのままではシュタルさんがいけないと思った。


 気が付いたら私は飛び出す。


「シュタルさん!」


 私は彼の胸に飛び込み、彼を全力で抱き締める。

 細身の体に筋肉質。

 こんな体でどうやって魔族の一撃を受けていたのだろうか。


 でも、今はそんな事はいい。

 彼は再び魔族を蘇らせ、殺そうとしている。

 それは止めなければならない。

 絶対に……絶対に止めなければならないのだ。


「どうしたリュミエール。隠れていろと言っただろう」

「出来ません!」

「どうしてだ」

「シュタルさんが泣いているからです!」

「何を言う。俺は泣いてなどいない」


 彼は自身の顔に手を伸ばし、涙がこぼれていないか確認している。


 でも、私には分かる。

 彼は……泣いて……怒っている。


「シュタルさん」

「なんだ」

「もう……もうこれ以上彼を蘇らせて、殺すのはやめてください」

「俺が最強であることを証明するのにはまだ……」

「シュタルさんが最強な事は分かっています。そして、彼がそれを理解したことも……シュタルさんなら分かったはずです」

「……」

「でも、それでも彼を再び殺そうとした。それは……シュタルさんが怒ってくださったからですよね」

「……」

「私や他の人たちを奴隷にした元凶で……前の仲間を操ろうとした……。そのことにシュタルさんは怒っているんですよね」

「……だとしたらなんだ」

「シュタルさん。その気持ちはとても嬉しいです。私は……シュタルさんに守ってもらえて……護衛を引き受けてくださってとても嬉しい」

「……」

「だから、私も……シュタルさんの事を少しだけ守らせて欲しい」

「最強の俺の何を守るつもりだ」

「心です」

「心……?」

「はい。シュタルさんが優しいのは知っています。この街の為にドラゴンを倒し、奴隷商を討ち、魔物を無償で提供する。どう考えてもちょっと優しいからで出来ることではありません」

「しかし、俺は最強だ。だからこそ……」

「それでも、心安らぐ場所があってもいいとは思いませんか」

「……」

「シュタルさん。全てをシュタルさんが背負う必要はないんです。私も……少しだけですが、背負わせてもらえませんか」


 私はシュタルさんから少し離れて、彼に笑顔を向ける。


 最強を目指すと言いながら人を助けるために寄り道をする優しい人。

 この人を……私は救いたい。


 彼は私の笑顔にポカンとした後、ふっと笑ってあの言葉を言う。


「5年後に出直してこい」

「もう……聞きましたからね?」


 彼は……こういう所は本当に素直じゃない。

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