inverter-終末を告げる者-

浅川瀬流

第1話 初陣

 人に表と裏があるように、世界にも表と裏がある。


 都内某所のビルに、裏世界管轄かんかつ特殊部隊のメンバー四人が集まった。

 四人は段取りを確認したあと早速社用車に乗り込み、都心から離れて森林へと向かう。鬱蒼うっそうとした森の中を進むと、ぽつんとたたずむ一軒いっけんの小屋が見えてきた。

 そのせまい室内には様々な武器が置かれ、大きな赤い魔法陣が存在を主張している。


「じゃあ、俺と葉月はづきが先に行くから、二人もあとに続いてくれ」

 短髪の青年、ゆうが淡々と指示を出す。

 彼と同期の葉月は、新入隊員二人を交互に見ると、緊張をやわらげるように優しく微笑む。

「訓練通りやれば大丈夫だよ」


 その言葉に、新人の咲良さら理津りつはゆっくりとうなずいた。


 部屋に立てかけてある武器の中から、優はおのを、葉月は弓を左手に持つ。その場に片膝を立てて座り、右手を床につけた。


「「反転インバート」」


 声を発すると、優と葉月のブレスレットが赤く光り、床がぐにゃりとゆがんだ。そのまま二人は床に吸い込まれていき、跡形もなく姿が消える。


 その場に残された咲良と理津は息をみ、顔を見合わせた。どちらのものともわからない心臓が、激しい音を立てている。


「あたしたちも行こう」

 咲良はストレッチをしながら、緊張で強張こわばった体をほぐした。伸ばしかけの前髪をピンでとめて準備を整える。

 理津も手にしたやりに力を込め、先輩たちと同じ体勢を取った。ふーっと息を吐き出し、集中する。


「「反転インバート」」

 二人の声に反応して床が歪む。スーッと体が吸い込まれていった。


 ――目を開けると、転移した場所は教会だった。ステンドグラスの窓はカラフルに輝きをはなち、まるで万華鏡のように神秘的である。祭壇さいだんの方に目を向けると、小屋のものと同じような赤い魔法陣が浮かんでいた。


 咲良と理津は、恐る恐る教会の外へ一歩出る。するとそこには別世界が広がっていた。オレンジや赤の屋根、等間隔に家々が並んでいる。統一感のあるその美しい街並みに、まるで海外旅行に来た気分だと二人は思った。


 けれども人はおらず、不穏な空気がただよっている。


「無事来られたね」

 葉月の優しい声かけに、新人たちは我に返り、安堵あんどの息をらした。

「ほら、ゴーグル」

 優がゴーグルを手渡すと、ありがとうございますと言って、二人はそれを装着した。そうして見ると、あれほど美しかった街並みが一気に黒くまる。


「この黒いモヤが人間の負の感情だ。これが集まって変異へんいしたものがダストと呼ばれる、俺たちが倒すべき怪物」

 落ち着いた様子で新人に説明をする優。余裕を感じさせるその姿に、咲良と理津は尊敬のまなざしを向ける。


「そろそろだよ」

 西の方角をちらりと見やり、葉月が声をあげた。四人はそれぞれ武器をかまえる。


 <ぐぅああああああ>

 雄叫おたけびをあげながらこちらに向かってくる黒い物体。八本の触手を持ち、人間のような二本足が生えたイカ風の怪物だ。

 それを目にした咲良と理津は、思わず「キモイ……」と呟き、後ずさる。


「ははは、確かに気持ち悪いよね。だからさっさとやっつけちゃおう」

 葉月は二人を振り返って笑った。


「行くぞ」

 優が先行して駆け出す。斧を振りかぶって触手の一本を切った。攻撃を受けて暴れるダストは、残りの触手をブンブンと振り回している。

 葉月は少し離れた場所から弓を構え、放たれた矢はダストの目に命中した。


「はあぁぁぁ!」

 二人に続いて、槍を持った理津もダストに襲いかかる。が、体に槍が刺さったものの、暴れ回るダストの触手が理津の体に直撃し、そのまま地面に打ち付けられた。

「うっ!」


「理津くん大丈夫!?」

 葉月がそばに駆け寄り、体を起こす。二人を守るように優は前に立ちはだかった。


 咲良は震える足を両手で叩き、かまを握り直すと、ダストに向かって走り出す。

「やあぁぁぁ!」

 振りかざした鎌によって三本の触手が切り飛んだ。<ぎぃああああああ>とわめくダスト。小柄な咲良は、中高と六年続けた陸上部での脚力を生かし、ダストの攻撃を華麗かれいにかわす。


 咲良に気を取られていてダストにすきが生まれた。優はすかさず叫ぶ。

「葉月!」


「わかってるよ」

 静かに呟かれた言葉とともに、パンッと矢が放たれた。それはダストの中心にある核をつらぬく。赤く光る宝石のようなそれは一瞬でくだけ散り、ダストの体は黒い粒となって空中で霧散むさんした。

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