たぬきのしっぽ
K老人がまだ幼かったときのこと。
近所の神社に向かう途中にある、山道の入り口に大きな岩があった。
岩自体はなにも変わらない。いつも通り静かに佇んでいる。ただ、その下部にある僅かな隙間から
「まんまアレだよ。おとぎ話の絵本とかに描かれる、あのタヌキのしっぽみたいな」
説明するには一番それが近かったそうだが、実際のそれは、黒々として、艶のある細かい毛が広がっていて、見るからにふわふわとしていた。
そして、なによりも大きかった。大人の背丈ほどのものが入道雲のように岩影から伸びていた。
それこそ、質感からしてまさに黒い雲や煙のようだったという。
どこからともなく掠めてきたそよ風に合わせ、目の前の黒い雲がそよそよと揺れる。黒い毛の一本一本が、麦畑のように揺らいで輝いていた。
そして、風が止んだあと、そいつは何度か心地よさそうに先っぽをくねらせていた。
K氏は、そんなものを観察しているうちに、無性にその毛並みをこの手で確かめたくなった。
しっぽの主の機嫌を損なわぬよう、そっと近づいてから、その側面へと割れ物にでも触れるかのごとく片手を添えた。
途端、静電気を数段強くした衝撃が手のひら全体に走った。
あまりのことにK氏は飛び退き、転げ回った。
その後、無数の細かな
涙を振り払って後ろを見上げると、棲みきった青空といつも通りの山々を背に、あの岩だけがぽつんと佇んでいた。
「いま思えば、あれは狸なんぞのしっぽやなかろうて」
「つまりは、
K老人はそういうと、幼少時から麻痺があって不便な利き手をぷるぷると震わせた。
「もしかすると、腕ですらなくて、山ん主の指だったんかもなあ・・・」
話終えて、からからと笑い声をあげたご老体は、そのまま地酒が注がれた杯を痺れるのとは逆の手で持つと、美味しそうにくいと飲み干した。
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