お眼鏡にかなう

 もしかすると、今回は怪談の類いではないかもしれない。



 学生だったIさんという方の話。


 彼は視力が悪く、本来は眼鏡をかけるべき人物なのだが、文字も人の顔もなんとな~く判別できるので裸眼で生活していた。


 しかし、ある日、ひょんなことから車の免許をとることになった。そうすると必然的に眼鏡を作らざるを得なくなった。


 初めての眼鏡に感動を覚えたIさんは、しばらくずっと眼鏡で生活していた。


 ある日、久しぶりに大学にやってきたIさんは、眼鏡をかけていなかった。

 そして、「相談がある」といって、サークル友達を集めた彼は顔が暗かった。



 話を聞くと


「眼鏡をかけてから、な」


「異様に人と目が合うようになったんだよ」



 それはバイト先でお客様に挨拶したとき、視界の端で。

 またあるときは車の教習中、対向車線の人と。

 そして窓の向こうの景色を見上げたとき、そのガラスに反射した先で。


 極めつけは満員電車に乗ったとき。

 視線を感じて顔をあげると、車内の全員が自分を見つめていた。それも明確に自分の眼を見つめていたそうだ。


 そこまで聞いた誰かが「じゃあ、眼鏡をかけてない今は目が合わないんだな」と、尋ねた。


 するとIさんは俯いたまま「そうでもない」と呟いた。


 たしかに眼鏡を外してから目を合わせる人はいなくなった。ただ、一人だけ違った。


「眼鏡かけてないから、顔とかボヤけてるんだけどさ」


「サイコロを転がす某お昼番組に、変な観客がきてるコラ画像があったよな?」


「そいつ、あんな感じで顔をぐにぃ~って曲げてんのよ。なんだろうね? 最近はもう、天気予報に出てくる台風みたいな顔になってる」



 俯いているIさんの顔からは汗が垂れ、腕には鳥肌がたっていた。その姿は、どうも演技のようにはみえない。誰もが黙り込んでいた。



 ただ、一人だけ空気の読めないいたずら好きな人物が


「じゃあ、そいつ今どこにいんの?」


 と、顔を傾けながら尋ねた。周りが質問者の彼を小突くなか、Iさんの腕が動いた。



 それは質問者の彼を指差していた。


 否、彼の後方、日の光差し込む窓を指差していた。


 その場にいた誰もが、その方向を振り返った。




 なにもなかった。


 Iさんのほうに向き直って、精一杯の励ましの言葉や、謝罪の言葉を投げ掛けるが、彼はいまだにその方向を指差していた。


 すると、Iさんの腕がグググ・・・と動きだし、指をさしている状態でそのまま下に折れ下がっていく。


 そして地面を人差し指が真下の地面を、俯いているIさんの視線の先に向いた。


 そこでIさんは雄叫びのような、叫び声のようなものを上げながら走り去っていった。





 それからIさんと顔を合わせることなく、連絡をとることも出来ないまま今に至る。



「あのとき、俺が余計なことを言わなければ・・・」


 あのとき余計な質問をしたUさん。いまでは彼も目が悪くなってきたが、眼鏡やコンタクトにする勇気はないそうだ。

 そんな彼から聞かせてもらった体験である。

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