そんなお人形の動画

 正直にいうと、私は今回の話をあまり書きたくなかった。

 私がこの話を取材していたときに、言葉の節々から『殺気』めいたものを感じたからだ。まるで焼きごてを突きつけられ、いまにも火傷しそうな感覚につきまとわれた。


 なので以下の話は毒を希釈するため、ところどころボカしてある。あくまでも都市伝説として読んでいただきたい。






 2023年の8月現在、テレビやネットで『SDGs』、『ジェンダー』、といった言葉がよくならび、それらに対して『ポリコレ』という概念も浮上してきた。


 そんななかで、ある西洋人形を題材にした某映画が、先述したワードの煮凝りのようなネット界隈で様々な賛否を呼んでいる。


 映画好きの知り合いであるRさんと話しているとき、件の映画の話題を取り上げたところ、彼女の顔が露骨に歪んだ。


 普段、私と彼女は政治的な会話をしてこなかったため、うかつにも彼女の好まない話題を振ってしまったことを後悔して、その場で謝罪した。



 しかし、帰ってきた返事は予想に反していた。

 彼女はその手の話が嫌いなのではなく、あの某西洋人形が、というか西洋人形一般が嫌いだというのだ。






 Rさんがまだ小さかった頃。

 祖父母の家に帰省したとき、祖母につれられて近所のレンタルビデオ店に向かった。

 そこで当時流行っていた女児向けのアニメのビデオを何本か借りたという。


 家に帰ってさっそくビデオを見始めると、数日間で全て見終わってしまった。

 暇だったのでビデオを一から見直そうとすると、借りた覚えもなく、ラベルも全く貼られていない黒いビデオがレンタル袋のなかにあった。



 おばあちゃんが借りたのかな? と思いつつも、これでいいかとデッキにそのビデオを差し込んだ。


 テレビ画面に数秒の砂嵐が吹きすさんだあと、昔のビデオ特有の水色に古ぼけた背景と一緒に、手書きの文字列が出てきた。

 タイトル画面のようだった。


 独特のフォント具合と、外国語(Rさんいわく英語のようだった)で書かれたそれは、なんと読むのか当時の彼女は分からなかった。


 ただ数字の“2”だけが出ていたのは確実に覚えているそうだ。


 テープの調子が悪いのか、焼いた映像の状態が悪いのか、タイトル画面のまま、映像が波打ってから唐突に軽快な音楽が流れてきた。




 さっそく画面に出てきたのは、手のひらサイズの愛くるしい西洋風のお人形たちが五~六人。

 ドールハウスらしきハリボテに囲まれてお喋りしていた。

 ただ、その話し声は不明瞭で、子供の可愛らしい喚き声や呻き声のようだった。



 それは、いわゆるストップアニメーションというものであった。

 当時のRさんは気に止めていなかったが、思い返せば、楽しそうに喋る人形それぞれの首の動き、瞬き、その他、手・肩・足までの些細なふるまいまでもが、ほんの数秒の映像に納められていた。

 それこそ、彼女らがまるで生きているかのようなクオリティだったそうだ。



 さて、そんな彼女らのアクションからして、みんなでピクニックに出かける様子だった。


 卓上に置かれた一抱えほどの大きさをしたドールハウスから、彼女らは一列になって飛び出ると、画面にドールハウスだけが残る。

 するとカメラがそのまま横に動く。

 そこには机に突っ伏して眠っているオジサンがいた。

 彼は腕を組んでおり、顔はおでこと睫毛、鼻の筋しか見えなかった。

 それをまるで山やアスレチックのように、人形たちがオジサンの背中のうえや、腕のなかにたむろしている。



 ある者は公園の砂場のように彼のワイシャツの袖をいじくる。

 またある者は大きな動物を扱うかのごとく、体を引き気味にしながら彼の髪をそっと撫でる。



 そのあとは画面が引き、卓上に突っ伏すオジサンとドールハウスが並んでいる。


 そこではオジサンの腕から頭を、人形たちが手を繋いで円をつくった状態で登り降りしながら踊っている。

 そして、ドールハウスのほうは扉が少しだけ開いており、そこからお人形が一人、顔だけを覗かせていた。


 顔を覗かせるその子は、はじめてそこでみる人形だった。


 歌らしき歓声をあげながら楽しそうに踊り続ける人形たちと、一人だけ動くことなく、瞼を閉じることもなく、扉からじっとこちらを見つめている人形。


 そんなシーンだけがずっと続いていた。





 最初は面白がっていたRさんも、そんなシーンがいつまでも続くと飽きてきた。

 なので早送りボタンを押した。




 キュルキュルキュル! と、画面のなかの時空が歪み、人形たちはカクカクと頭を激しく揺らしながら踊り続ける。

 そしてドールハウスの扉から顔だけを覗かせる彼女も、時折カックリ、カックリと首を動かしていた。

 ただ、オジサンだけはずっと眠り続けていた。


 そんな状態が何十秒も続いた。



 流石に気味が悪くなったRさんは、ビデオを取り出してレンタル袋の奥底に突っ込んだ。

 その後、そのお人形の映像をみることなく、彼女の帰省は終わりを迎えた。



 早送りの世界でもこちらをじっとみつめ続けている人形の顔がトラウマになり、Rさんは西洋人形の類いが嫌いになったという。






 さて、問題はここからである。


 成長していく過程で、件の映像の細部をRさんは忘れてしまっていた。

 どんな曲が流れていただの、ドールハウスのなかに何があったかや、オジサンはどんなデザインの服を着ていたか、・・・などは、もう思い出せない。



 ただ、日常でなにかの切っ掛けがあると、例えばお人形のCMをみたときなど、脳裏で人形たちが踊る光景と、あの一人だけ瞼を閉じない者の視線を思い出すことがあった。


 思い出しても、その都度「変なビデオだったなあ」などといった言葉で再び記憶に蓋をしておしまいだった。







 大学生の頃、Rさんのご親戚に不幸があった。

 葬儀はしめやかに執り行われたが、その最中でこんな話が流れてきた。


 亡くなった男性は、日頃から無理をしすぎたのか、寝不足でいたところ、仮眠をとっている最中に亡くなったというのだ。



 そこでRさんの脳裏で点と点がつながり、あのお人形の映像が浮かんできた。




 ああ!

 あの机に突っ伏していたオジサンは眠っていたんじゃない!死んでいたんだ!


 そしてアイツは、

 あの扉からこっちをずっとみていたアイツは


 死んでいるオジサンでなにかをしたいのに

 自分たちを撮っているカメラが

 邪魔で邪魔で邪魔で邪魔でしかたなくて

 こっちを睨んでいたんだな




 そんな答えが浮かぶと同時に、会場のどこかから視線を感じたような気がして、Rさんは気持ち悪くなったという。






「わたしね、もう一回あのビデオをみたいんですよ」


 前後の噛み合わない発言に、私は声が出ず、息を吸う音だけを漏らした。


「それに、タイトル? に“2”って数字があったと話しましたよね? だから、あの動画は“1”と“3”もあるはずなんです」







「だから私は映画好きになったんですよ」




 黒いまなこでこちらをじっ・・・と見つめながら語りかけてきた彼女が恐ろしすぎて、私はそれ以来連絡をとっていない。


 それはすなわち、彼女の「あなたも『そんなお人形の動画』をみたことないですか?」という問いに、返事をしていないまま今に至る。




 最後に

 これを読んだあなたが、例え『そんなお人形の動画』に関する情報を持っていたとしても、私はそれを受けとる気は一切ない。

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