こなきじじいの話

 Gさんが学生だった頃の体験。

 友人であるKくんの家で仲間たちと飲んでいたときのこと。


 珍しく話題が尽きかけて、ふとした拍子にしばらくの沈黙が訪れた。

 すると、いつも騒がしいKくんが、おしゃべりの虫が騒いだのか唐突に昔話を始めた。




 Kくんはある山田舎出身だという。

 そこでおじいさんと両親の4人暮らしをしていたそうだが、いつの頃からかおじいさんに痴呆が進みはじめた。


 次第にいうことが矛盾し、癇癪を頻発に起こすようになり、家に帰ると両親の疲弊した顔がならび、陰鬱な空気が立ち込めるようになった。



 ある日、家に1人でいるとおじいさんが呼びつけてきた。

 また癇癪を起こされるのが嫌でKくんが急いで駆けつけたところ、おじいさんはいつもとは違って落ち着いていた。


 いままでのルーティンとは違う異常な雰囲気にKくんが蹴落とされていると、おじいさんが口火を切った。


「K、いいか? 昔川釣りに連れていった山道があるだろ? あそこには近づいちゃいかん」

「返事が欲しくて声をかけてくるヤツがいる」

「いったとしても、絶対に返事はしちゃならん」


 地元でも人の寄りつかない山道。それはあまり整備されていないからであって、特にそれらしい話はなかった。


 どういうことか詳細を聞こうにも、おじいさんはまたいつも通りの状態になったので、なにも聞けなかった。



 それからしばらくして、おじいさんが失踪した。

 おじいさんが徘徊して捜索を保護されること何度かあった。だが、今度ばかりは見つからなかった。




 それからまたしばらくして、どことなく両親の顔から陰りが消えて、徐々に昔の頃のような余裕がみえてきた。そんなときのことだった。


 Kくんが地元の友達と談笑していたときに、会話の流れからふと『おじいさんが近づくなといっていた山道』のことを話した。

 友達も『声をかけてくるモノ』については全く知らない様子で、時期が時期だからそこに肝試しにいってみないかという流れになった。


 夜になって実際に件の山道にいってみると、人気がないぶん不気味な感じがするが、それだけだった。


 なにも起きないから帰ろうとしたそのとき、後ろから声をかけられた。


 皆が我先に逃げたところで、なんとか落ち合って話をまとめたところ「いきなり『おーい、おーい』と聞き覚えのない声をかけられて、ビックリして逃げた」というのだ。


「返事をしなくてよかった」と皆が口を揃えるなか、Kくんだけ震えが止まらなかったそうだ。




「ぼくだけ聞こえてたものが違ったんだよ。なんていってるか分からなかった」

「でもね、明らかにいなくなった爺さんの声だったんだ。」

「爺さんの声をね、蝉の鳴き声みたいにぐちゃぐちゃにした声だったんだよ」


 話を聞き終えて皆が黙り込むなか、なにが可笑しいのかKくんは笑い声をこらえていたという。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る