ちぐはぐ

「これってさ、いわゆる『枯れ尾花』ってやつだと思いたいんだけど・・・」


 言い訳がましく話し始めた、知り合いのOさんの体験。




 夜中、Oさんは唐突に目を覚ました。

 時刻を確認し、水を飲み、一階に降りてお手洗いを済ませると、再び壁際のベッドで横になった。


 数分後、ようやくうとうとし始めたとき。


 足音がした。


 部屋のそと、廊下のどこかからだった。


 奇妙なことに、足音がしたのはそこの一点だけだった。

 そのうえ聞こえてきたのは『トントン』や『ぴたぴた』ではなく、フローリングの床を硬い足の裏で擦ったときの『カサッ』という独特な音だった。


 意識がフッと覚め、思わず身体に力が入る。


 ただ、音がしたのは一度だけだった。

 だから(これは気のせいかもしれない・・・)と自分に言い聞かせるように目を瞑った。




『カチャ・・・』


 今度は下の階からドアノブを回す音がした。

 これが『カチャン』と回しきった音ではない。

 この『カチャ』は、明らかにノブを回しかけところで手を離した音なのだ。




 完全に意識が覚めきり、強ばった身体でドアをみつめる。


(家族の誰かがトイレに行っただけかもしれない)


 そんな淡い期待を抱いて、やがてやって来る眠気を待った。しかし、またあの『カサッ』という音がした。






 そこで違和感に気づく。




 二階の自室。目の前の階段を降りると突き当たりにトイレがある。




 だが、足音がしたのは二階からだった。





 目が覚めきったせいかもしれない。

 いま、暗闇のなかに浮かび上がるドア一枚を隔てて、『足音』と『ドアノブの音』がする。


 扉の向こうにナニカが確実にいるのだ。

 その姿は分からない。


 暗闇しかみえないなか、遠い場所、微かな物音が、耳が痛くなるほど鮮明に聞こえてくる。そして、それがどこからするのか分かってしまうのだ。




 しかし、それは一階で聞こえたと思った次は、二階の廊下からした。

 そして、それが二階の奥で聞こえたと思えば、今度は自分の部屋のまえで聞こえた。



 あきらかに場所が順序だって聞こえてこない。

 家の廊下全体、“ちぐはぐ”な場所から聞こえてくる。



 だからこそ恐ろしい。

 次の物音がどこからするか分からない。

 家のどこから来るのか。

 想像力が無闇に、無限に広がっていく。







『カチャン・・・』






 ベッドのうえで身構えているOさんの後ろ。壁の向こう。空中からそれは聞こえた。


 そこでOさんの意識は途絶えた。




「あれから、いまもろくに眠れてないんだよ」


「いったい、うちにはナニが入ってきたのかね?」


 Oさんは暗い隈にどろんとした眼でそう締めくくった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る