賞与寿司
会社員のAさんには、Bさんという快活で面倒見のいい上司がいたという。
ある飲み会でのこと。
「唐揚げにレモンをかけるのは~~~」云々の話から『好物の食べ方』の話になった。
誰もが酔い回り、議論もヒートアップするなか、いつもなら快活にヤジを飛ばすはずのBさんが、端っこで静かに酒を飲んでいた。
それ気づいたAさんが声をかけてみると、Bさんはおちょこをグイと飲み干して「みんなと違ってそう面白い話じゃないんだけどな」・・・と語り始めた。
Bさんの実家はたいそう古く、まるで屋敷のようだったという。特に印象に残っているのは仏間だった。盆時になると親戚一同が仏間に集結するほど広く作られていたそうだ。
ただ、印象に残っているのは広さだけが原因ではなかった。
こどもの頃から食い意地の張っていたBさんは、よく仏間に忍び込んでは仏壇のお供え物を(ごめん!)と失敬していたという。そして、あとからバレて怒られるのがお決まりだったそうだ。
あるとき、性懲りもなく仏間に忍び込むと仏壇には『お寿司』が備えられていたという。
赤身のキラキラしたネタに艶々のシャリ。 暗がりの仏間では宝石のように輝いていた。
いくら涼しい仏間といえど、夏場においておくと腐ってしまう。
だからいつも通り、しかし、いつもより急いで口に運んだ。
「その寿司の味が忘れられなくてねえ・・・そんときから寿司が好物なわけよ」
そしていつも通り黙ってシラを切っていたのだが、いつもとは違っておとがめが全くなかった。
おかしいなあ~と思いつつも、いつの間にかそんなことは忘れてしまっていた。 そして、やはり寿司以外に手を出すと、なぜだかそっちはバレてしまう。
だからそれ以降は「今日も寿司だったらバレないのになあ」とぼやいていたそうだ。
寿司が仏壇に供えられることはほとんどなかった。なので出てくるときは無性になって食いついたという。
「でもな、あるとき気づいちゃったんだよ。仏壇に寿司が供えられてると、近いうちに親戚の葬式があるんだよね」
その因果関係に気づいた年頃になってからは、Bさんがお供え物を失敬する悪癖はなくなっていた。
そして、一度だけ供えられていた寿司を無視したのだが、結局数日後に葬式があった。
だから、ちょっと後ろめたい気持ちはあるんだけど、仏壇に寿司が出たら食べるようにしていたそうだ。
「もうかれこれ数年は仏壇の寿司をみてなかったのよ」
「なんだけど、このまえ、いま住んでる家の仏壇に誰も供えたおぼえのないキンキンに冷えた冷や酒があったのよ」
「なんとなくなんだけど、俺もいい年だからもう寿司は出てこないんじゃないかなあ・・・って」
気づけばAさんだけではなく、誰もがBさんの話に聞き入っていた。
しんと静まり返ったところで、Bさんはまたおちょこをグイと飲み干すと
「・・・っちゅう俺の作り話なわけよガハハハ」と笑い飛ばした。
なんだよ作り話かよなどと笑い声とヤジが飛んだあと、別の話題が出てきて夜も更けていった。
「それから数日たたずして、Bさん、亡くなったんですよ」
思えばいつもと違っておとなしかったBさん。
どこか無理をした感じの笑い声をあげて「作り話だ」と豪語した帰り道では「今度“コレ”出たら回らない寿司でも行こうや」といっていた。
「あんな話のあとじゃ嫌ですよ~」とみんなは笑って嫌がるので、「全部おれの奢りだったら来るだろ」というので、今度みんなで寿司を食べにいく約束をしていた。
通夜の席で誰かがこういった。
「Bさん、悟ってたんじゃないかなあ」
「だから最後にみんなで寿司をたべたかったのかなあ」
それを聞いた誰もが、卓上に出された寿司をまえに涙したという。
Aさんはいまでも“ボーナス”の時期が近づくと、一緒に最後の寿司を食べに行けなかったBさんのことを思い出すそうだ。
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